第2話の1『衛星軌道上のネバネバ』

 ワープを終えたシルバーソードは、アンドロメダ星系の割と栄えた地区に出た。並走してきた赤い宇宙船には、往診依頼をしてきた少女が乗っている。

 少女というにはやや青年期に差し掛かっている若い女性で、名前はビアンカ。彼女は自家用機からアゲハに通信をつなげると、「あれなんですけど」と自分の住む星を指し示す。


「なんだこりゃ」


 アゲハの隣に座るハヤテが思わず落とし穴ピットホールから身を乗り出す。

 一見、青い惑星をほんのり赤いガスが取り囲んでいるように見えるが、そのガスは、よ~く観測してみるとウニウニと動いているではないか。いやあ、なんか気持ち悪い。


「スライム星人のようですね」


 アゲハがやや息を飲みながらコメントするも、その規模たるや『星人』というには大きすぎた。いや、広すぎたといってもよかった。星を丸々ひとつ包み込むほどの生き物、そりゃおどろく。


「もともとアルファケンタウリあたりに住んでいたらしいのですが、このたび主星が寿命を迎えたため、移住してきたスライム星人のホンダさんです」

「あんなでかい人がいきなり移住ですかいな」


 ハヤテの呟きはもっともで、外国人にはああいった外見の人たちも多いというのは知っていたのだろうが、それにしてもでかすぎたため、果たして自分の管轄なのかどうかすら怪しく思えてきたのは仕方がないと思う。


「あれ見えますか?」


 ビアンカが通信越しにスライム星人のホンダさんの映像、星の北半球側の一点を拡大して見せる。


「あの点々模様の奥、黒い影に見えるところなんですが」

「ああ、あれですね。なんか大きい塊が見えますが――」


 と、そこまで言ってアゲハは息を飲んだ。ハヤテも「まさか」と顎を外しかける。


「ホンダさんが飲み込んでしまったこの星域に散らばっていた宇宙ゴミスペースデブリなんです。ホンダさんが取りこんでしまい、大きさは差し渡し一万一千数百メートル、総重量となるともう途方もない重さです」

「スライム星人なら、消化吸収できるのでは?」


 おずおずといった風にアゲハが申し出るが、そもそも便秘という自己申告――他己申告――だったので、どうやら消化吸収に滞りがあったために、ああなってしまっているんだろうなと、ハヤテはウーンと唸る。


「こりゃあご本人に問診するのが筋だけどョオ、そのお、お嬢さん」

「ビアンカです」

「ビアンカさん、このスライム星人のホンダさんとは、お話はできるんでしょうかねえ」

「移住受入れのときは男爵さまが通信したらしいのですが、ここまで大きく塊ってしまうと意思の疎通も難しいようで」


 ちょっとまってよと、アゲハが右手で差し挟む。


「あの、大きく塊ってって?」

「ホンダさんは、少し前まではホンダさんたちだったのです」

「どーゆーこっちゃいな」


 ハヤテの呻きももっともだった。


 そこでビアンカは「経緯を説明すると長くなるのですが」と前置きして、ことの流れを説明し始める。それをまとめると、このような話になるらしい。ややこしい政治的判断を除き、まとめる。


「つまり、最初は十万人ほどのスライム星人さんが集合体として宇宙を飛んできて衛星軌道上で移住準備をしていたが、大戦の影響から出た大量の宇宙ゴミスペースデブリが舞う中で待っていたら、いつのまにかひとりにまとまってしまっていたと?」とハヤテ。

「もみくちゃになってしまったので、防衛本能が働いたのかもしれません。過去にそう言う事例が報告されています」とアゲハ。


 もみくちゃにされてくっついていたらひとつになってしまう種族らしい。寡聞にして初顔合わせとなるけれど、世の中いろんな人がいるものだ。


「本来なら宇宙ゴミスペースデブリなんかは飲み込んで消化しちゃうのですが、食べ合わせが悪かったのか、くっつきすぎたのが悪かったのか、ああやって消化不良と便秘を患っているようで」

「それでも消化して自分の体をあそこまで大きく成長させているとは」


 とアゲハは見ているが、ハヤテは「デブふとっただけじゃないの?」という言葉を飲み込んで我慢する。デブリだけに。


「くっつきあうのも栄養が必要なようで。なもので、今はホンダさんであるところのスライム星人さんが、こうして困っているのでなんとかしてほしいなあと」


 ビアンカがおずおずとそういうと、ハヤテはジト目でモニター先の彼女をじっと見る。


「それだけェ? というか、他の医者は? いるだろうよ、この星にだって」

「それが」


 はっはっは、とビアンカは笑う。

 ごまかしの笑ではなく、開き直りの類だろう。


「実は住民の皆さん、少し上に行ったところの田舎星に避難しておりまして」

「避難」


 悪い予感がした。

 ハヤテは通信ではなく肉声でアゲハに囁く。


「悪い予感がする」

「先生、私もです」


 アゲハが素早く、アンドロメダ地区のこの星に、まるで包むように寄り添うスライム星人の演繹えんえきしてみる。

 答えはすぐに出た。


「あのう、ビアンカさん」

「なんでしょうか」

「もしかして、ホンダさんとやらは大きくなりすぎて、この星に燃えながら落っこちていく危険が?」

「ご明察!」

「帰るぞ、アゲハ」

「了解」


 指示を出すや、シルバーソードが回頭する。こうなったら星が崩壊する恐れがある。大質量の塊が互いに引き合い崩壊を助長し合う、ロッシュの崩壊現象が起きる可能性も高い。どんな現象かは辞書で調べてみよう。


「大質量に挟まれるなら、美女のおっぱいと俺は決めてるんでね」

「そんな目で私の記憶媒体おっぱいを!?」

「両手で隠せるくらいのは大質量とはいわんのだ」

「これでも鉄より重いですよ?」

「まじかー」


 くだらないことを言い合いながら徐々に去りゆくシルバーソードに、ビアンカの宇宙船が伸縮アームを伸ばしで縋り付く。


「ままま、そこを何とか!」

「離せ! くそ、ワープ準備だアゲハ! 巻き込まれても面白くねェ! お嬢さんもとっとと逃げな。なあに、スライム星人なら崩壊の中でも耐えるだろうよ。そのあとゆっくり治してもらえばいい」

「あの星にはまだ私の家族がいるんです!」


 宇宙船ビアンカの腕を振りほどこうとしたシルバーソードが、ぴたりと止まる。


「避難しないのですか? 私の試算ではもう一週間ももたないと思うのですが。でも逃げる時間としては充分ではないかと」


 とのアゲハの言葉に、「いや待て」とハヤテ。


「アゲハ、大銀河肝練りキャノンの予想弾道を表示させてくれ」

「――!」


 即座に予想弾道が表示される。

 見事に肝練り砲の射線上にある。射線といっても途方もない太さの砲身なのだが、ほぼそのど真ん中にある。いざ肝練り砲が発射された場合、数パーセントの確率で星が吹き飛ぶだろう。


「住民の脱出が早いわけだ。あと、残ってるビアンカ嬢の家族とやらは、あれか、男爵一家ってことか」

「左様にございます」


 ビアンカはうなだれた。申し開きもないということだろうけれど、覚悟が決まった顔をしている。


「肝練り砲の射線から逃げたら、貴族社会では二度と大きい顔はできないか。いやはや、大変だねえ貴族さまも」


 言葉は皮肉に満ちてるが、ハヤテはアゲハに再回頭指示を出す。ビアンカの宇宙船もその動きに腕を緩める。


「アゲハ、スライムさんから透けて見える宿便を解析」

「――終了。大戦艦クラスの装甲や部品などですね。平均的なスライム星人の消化吸収では相当の時間がかかるでしょう。消化不良の形跡も見られます」

「健康保険適用だな」


 にんまりと笑うハヤテ。たぶんもっと悪いことを考えている。


「お医者さま、見ていただけるのですか!?」

「いやー、往診料の点数高いんですが、どうっすかねえ……。あとスライム星人のホンダさん? 支払い能力があるかどうかも……」


 右手の親指と人差し指で丸を作り、手の甲を下に。のジェスチャー。


「……それはもう、わが男爵家が責任を以てお支払いいたしますわ」

「よござんしょ!」


 パンと手を打つ薮崎ハヤテ。調子がいい。

 アンドロメダは田舎にあるが、由緒正しいだけに金払いはいいという話は散見するらしく、ワープや初期費用、手間賃、その他の見積もりを素早く提示しては送りつける。


「とにもかくにも、人命がかかってるなら、これ即ち医者の役目。まかせてくだせェ」


 とは言いつつも、膨大な量のセロガンを投与したところでどうしようもないだろう。解決策は考えなければならない。


「うう、しかしこの額は……ううーん」

「何を悩んでいますか、ビアンカさん。男爵さまならチョチョイのチョイでしょう」


 とらぬタヌキのなんとやらで、もうホクホクな顔をしている。

 わかりやすすぎる。

 治療プランはおそらくカミさんまかせとなるだろう。


「短期間で、ホンダさんが抱えた宿便を何とかしつつ、ロッシュの崩壊を阻止し、星を――男爵サマ一家の命を救うか。ん、まあ面白ぇ話だ」


 ハヤテは手を打つ。


「なんにせよ、承知仕りましたぜ、お嬢さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る