第1話の5『ベルクファスト六道型対魍魎多層式徹甲ライフル「アラハバキ」』

 ネルコに見送られてボイルドが簡易宇宙服を着こみ、人工恒星に向け、ヘリコプターに乗ったのが、朝の九時半だった。いつもと変わらぬ様子で充電池を搭載し、使いきりタイプのワープチケットを片手に飛び立つ姿は、それでも固い笑顔だったかもしれない。

 こののちの、十時十三分。自分は大事故にあうのだ。お弁当を作ってもらったが、食べることなく散るだろうか。


「装備はいつも通り。いつもの航路。いつものリズムで。大丈夫、ゲンさんとこのパネルから、しっかり一発、仕事はする。もし自力でやれたら救難信号を。駄目なときは自動のやつに頼ってほしい。大事故になるが、見た目ほど派手じゃない。あとは、あなたの体力次第だ」


 とてもいい加減で投げっぱなしなハヤテの言葉だったが、しかし確かに打ち抜くという言葉が、彼の心に期待と不安をもたらしていたのは考えられる。分かってはいても、後遺症をきたすほどの、その恒星間近の場所で宇宙線にさらされなければならないのだ。

 DNAや頭脳体への損傷もあると思えるし、どう考えても不安しかない。それでも彼がやろうと考えたのは、好きな人との、子供が持てる新しい生活があるかもしれないという希望からだったろう。


「遠い未来には、みんな変わらない体で生きられる時代が来るものかなあ。どうだろうなあ」


 お弁当箱を小脇に置き直し、シュレディンガーワープの態勢に入る。薄緑の被膜がヘリを覆い、世界の観測から離れること一瞬。


「くるといいなあ」


 そこは、視界いっぱいに広がる光の玉。遮光フィルター越しでもなお明るい、人工恒星のすぐそばだった。すぐそばではないのだが、すぐそばのように感じる。このくらいなら、温度も耐えられる。


「パネル展開。……後はよろしく頼みますよ、お医者さん」




***




 

「ワープ確認。――探査。恒星外周部、充電プラント」


 素早い探査で、ボイルドのヘリコプターがワープした先を追跡したオクさんに、エグゼリカは「ほいほーい」とコーヒーを飲み干し合図を出す。ミルクと砂糖を多めに入れたものだ。朝の目覚めにはコレが効くのだ。

 しかしさすが田舎のど田舎の辺境の端っこ。船自体少ないので、ワープアウトした船がどこにいるか謎一目瞭然だった。


「十時は過ぎてるわね。よーし、じゃあ営業の挨拶がてら、このままランデブーと行きますか」

「お仕事の邪魔になるのではないか? 充電作業は危険が伴う仕事だ。こっちから事故を起こしたりしたら、大目玉だぞ」

「船越しの通信だったら大丈夫でしょう。名刺を渡すわけでもないし」

「了解。こちらもワープする」


 オクさんの操作で、船がシュレディンガーワープに入る。ここからは経費で落ちるだろうという目算だった。財布は節約したい。


「領域展開。……遮光フィルター展開。出た。人工恒星『テラス』とあるな。いちおう名前が付いてるのか」

「よーし、じゃあいっちょ連絡を取りますか。彼我の距離は?」

「ちょいむこうかな」


 共通信号で宇宙船オクさんと、ボイルドのヘリコプターを繋げる。


「おはようございます。ゴードン総合生命のエグゼリカです。この地区担当ということで、ご挨拶に参りました。逢田ボイルドさんでよろしいでしょうか」


 通信は思いのほかすぐに繋がった。


「保険会社の人? ああ、はい、逢田です。逢田ボイルドです」

「契約者ご本人さまですね。いつもお世話になっております」

「はあ」


 営業的な遣り取りの中で、オクさんはお客さまに聞こえない会話でエグゼリカに「声に緊張が感じられる」と耳打ちする。緊張するのは当たり前だろう。こんな超ど田舎で人とばったり出くわしたのだ。しかも充電に出かけた先で。あたりまえの話だった。


「オクさん、周囲を警戒。他に宇宙船はないわね?」

「なし。――ネット網にも航行中の物は皆無だ。ホントに皆無だ。すごいな、しかし。私の故郷でもここまで何もないのはないぞ」


 エグゼリカはパンフレット片手にボイルドの回線に語りかける。


「お客様の加入してあるプランですと、ご葬儀アップロードまでの短いスパンです。もし三生さんかいほど生まれ直し、今と同じ職に就くという場合、掛け金がお得なプランもございます。充電中と思いながら御声掛け失礼と存じますが――」

「は、はぁ……」


 ボイルドの声からは、やはり明らかな困惑が見受けられたと、あとならば感じられただろう。それもそのはず、時刻は十時ちょい。彼の宇宙船が狙撃されるのが十時十三分。あと二分そこそこしかない。


「あの、今は取り込み中でして」


 そこで「そうですか、わかりました」とエグゼリカはボイルドに素直に折れると、「オクさん、中継星まで後退。後日改めてご挨拶に伺うわ」と申しつける。今は近くにいる、あなたを見ていますと思わせるだけでいいという判断だった。オクさんも「うむ」と船を離しにかかる。


「ではボイルドさん、後ほど改めてご挨拶に伺います。よろしいでしょうか」


 と、エグゼリカがいった直後だったと思う。


「リカ! 耐衝撃防御!」

「何事!?」


 ついぞ感じたことのない揺れだった。

 覚えているのは衝撃と、オクさんの苦鳴と、彼女自身の悲鳴だった。




***




 少し前。

 陽光充電パネルの上で反射防止シートをかぶりながら、五時間以上も伏した姿勢で息を潜めている男の姿があった。

 簡易宇宙服ではない。

 軍用の装甲服だった。


「きたか」


 言葉には出さない。

 ヘルメットだけはオーソドックスな作業用の物。

 ハヤテだった。

 ハヤテは上を見上げる。かつては『宇宙には上も下もない』という迷信があったというが、こうしてみればそれも分かる。星の上だけで生活していたら、この宇宙に上下があるのには気がつけないだろう。

 宇宙という概念が希薄な、宇宙に出ることも出来ていない未開の保護惑星生物ならば、もしかしたら信じてしまうかもしれない。

 ゆっくり息を吐く。

 水平よりも、やや左に傾いているパネルのクセを体で覚えつつ、ハヤテは時間通りに現われたボイルドのヘリコプターの小さなきらめきを肉眼で確認し、遮光バイザーを下ろす。


「――ふぅ」


 ハヤテは大きく大きく息を吐き、シートの下で添い寝をしていた物を手探りで引き寄せる。

 パネルとシートの間から、旧式の超徹甲ライフルの砲身バレルが現われる。先細りする白銀の長い四角柱のような砲身に、照星と照門が刻まれている。更に手前には、長距離狙撃用の光学式ナチュラルスコープ。実に過去の大戦中、もっとも人を殺したという銃の後継機、それを改造したハヤテの愛銃。


「ベルクファスト六道りくどう型対魍魎多層式徹甲ライフル『アラハバキ』」


 思い出すように呟く。

 かつて使っていたものを手入れに手入れを重ねた、自分自身の一部のような銃だという。

 すべての座標を把握するネットサービスと連携すれば、数万キロの狙撃すらも可能とされる銃だった。

 しかし、今回は証拠を残さぬよう、ネットに繋ぐことはできない。

 なので、今回は証拠を遺さぬよう、何時間も前に狙撃地点にいる。

 このシートは通常の索敵から彼を隠すだろう。

 このパネルは彼を支え守るだろう。


「ふぅ……………………」


 伏射の姿勢で、スコープを覗き込む。

 頑丈なパネルは彼の体と重心を盤石に支えている。

 銃弾は一発。衝撃で蒸発する炭素弾だ。


「………………」


 スコープの向こうで、しかしハヤテは見てはいけないものを見た。

 ワープアウトしてきたオクさんの船だった。今は彼女らの名前こそ知らないが、その船が、乗組員が、ゴードン総合生命の所属であることは明らかだった。

 狙撃手の境地に入っていなかったら、呻いていただろう。

 しかしチャンスはいちど。

 その時間まで、あと僅かだった。

 頼れるのは、己が腕のみ。

 実に三千有余メートル先の、ビー玉ほどのポイント狙撃スナイプ。常識では考えられない。


「――宇宙はいい。地上とは違い、コリオリも考えず、まっすぐに、まっすぐに跳ぶ。上も下もない。まっすぐに」


 それは、呪文のようなものだった。

 しかし、狙撃するポイントが、ゴードン総合生命の宇宙船の影に隠れてしまう。ランデブーのためだろう。

 だがしかし、ハヤテは大きく大きく息を吐く。


「我が大尊、願わくは正中真処を射させ給え。避けはせぬ、逃げもせぬ、我が一意専心は必ずや的を射るであろう」


 声には出さず、心の中で唱える。

 彼我の距離を、弾丸は音よりも早く飛ぶ。それでも、ラグはある。そのすべてを勘という経験に裏打ちされた才能に乗せ、感で支え、観に促される形で引き金を引いた。


 ――かみよご照覧あれ!


 ことりと引き金が引かれ、瞬間、すさまじい衝撃がパネルを通し宇宙に放たれる。火薬式の衝撃と排煙を押さえ込む機構を以てしても、狙撃の繊細さを保つには外に逃がす必要がある。

 最低限の、痕跡。

 それもシートとともに回収されるはずだ。


「……細工は流々、あとは仕上げをご覧じろ」


 弾丸は一直線に飛ぶ。

 狙い過たず、それは吸い込まれるようにゴードン総合生命の宇宙船へ。その推進剤タンクを掠めるように劈くのであった。


「…………――」


 ハヤテは、感じた。

 手応えを、だろう。

 見よ、掠めた銃弾は砕け散り、満タンの有害で新鮮な放射燃料を縦横無尽に振り巻き、姿勢制御も出来ぬままヘリを巻き込み衝突している。


「あとは、アンタの運次第。だがまあ、みんな死ぬことはないだろう」


 ハヤテはパネルの上で大きく伸びをする。


「あーい終わり終わり! あとは回収待つ間、寝てるとしますかねえ」


 上を見ながら、彼は寝転んだ。暑くも寒くもない、パネルの上で。そこから離れると瞬時に熱死するというのに、悠々としている。


「いやあ、やっちゃったねえ、ゴードンさんよぉ」


 十時十四分。

 ふたつの救難信号がネットを駆け巡り、すぐに応答したカミさんが引き継ぎ、アゲハの宇宙船がやってくるだろう。


「おれ、なんもわるくねえよ?」


 微塵もそう思っていない呟きのあとは、軽い寝息が響いてくる。

 どこまでもつかめない男だった。

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