第1話の1『原始的な繁殖活動ですか!?』


「生身の体が欲しいんです」


 は五番診察室に通されるやいなや、開口一番にそう切り出した。人工恒星五番目地方から三時間かけて地球にやってきたのは、若い青年期の男性。古い規格の有機機械で構成された肉体で、両親の特徴が好く表れた、とても好ましい、精悍な顔つきをしている。腕も太い。首も太い。胸板も厚い。ヘリ同様、辺境の農夫然とした偉丈夫だ。

 彼の名前はボイルド。五番惑星でジャガイモを作っている一族のひとり。

 古い椅子に腰掛けたハヤテがそれを聞きながら身を乗り出すと、ボイルドはそれに促されるように話を続ける。


「いや、は生身っちゃ生身ですが、この場合の生身というのは地上活動が著しく制限される、生身です」

「要するに、初期遺伝情報から育成された自然育成の生身ってわけだァねえ。ボイルドさん、青年期をやって何年になります?」

「四十数年です。そろそろ結婚をと思いまして」


 ははァ、なるほどねえ……とハヤテが腕組みで唸ったあたりで、診察室の勝手口から身なりを整えた最高級汎用鳳型巡検アンドールメイト№ヘ-128『アゲハ』64号改五、通称『アゲハ』が現われる。骨董品扱いの電子カルテを片手にハヤテの後ろに着くと、首をかしげながらボイルドにそっと聞く。


「宗教的理由か何かですか? 地上活動に縛り付けられるプレーン生身なんて、きょうび認可が下りることなんてあり得ませんが」

「まあ、だからこそうちみたいな診療所の出番なわけだが」


 カルテを受け取りながらハヤテはそれをボイルドに見えるように机に置く。表示は待ち受けのままだ。


「それなりの理由があるんだろう。聞かせてもらいましょうか」


 ボイルドは頷いた。


「赤ちゃんを作りたいのです」


 きっぱりと言い切った清々しいまでの赤心に、「ははあ」とハヤテは背もたれに体を預けながら嘆息。合点がいった様子だった。


「なんで赤ちゃんを作るのにプレーン生身が必要なんですか? 赤ちゃんだったらムラクモ天国に申請すれば好きな人の遺伝子データで授かることができるでしょうに」


 キョトンとしてるのはアゲハだった。

 赤ちゃんが欲しい場合は、両親となるものがムラクモ天国に申請し許諾が通り次第、遺伝情報を組み合わせた肉体が作られ、無垢なデータがダウンロードされる。申請も受け取りも地区の出張所ならどこでも可能だ。

 つまり、子供が欲しかったらこんな胡散臭い診療所ではなく、出張所の端末に行くのが普通だった。アゲハが首をかしげるのも頷けるというものだった。


「それはそうなのですが」

「アゲハ、事情があるっていっただろう」


 ボイルドはなぜ辺境ど田舎の地球――ただの地面の球としか呼ばれていないこの惑星に最先端の汎用アンドールメイトがいるのか不思議に思いながらも、「ええ、そうなんです」と彼女を見ながら頷いている。気持ちは分かる。


「実は私の妻が、ムラクモ天国クラウドヘブンの赤ちゃんではなく、自然分娩での出産を望んでいるのです」

自然分娩シゼンブンベン――?」


 乳房のデータベースにない単語に、彼女はすぐさまムラクモネットにアクセスし検索を開始。そのあまりにも古くさく、しかし予想を超えるセキュリティの高さにびっくりした。目が丸くなるあたりハヤテよりもよっぽど感情が豊か。


「出産可能な生殖器の培養は審査が困難ですが」


 と言っておいて、「まあだからこそ、ここに来たんでしょうが」と大きなため息。


「――生殖器、それも機能するものを申請しても、費用は賄えるとしてもそもそも許可が下りませんわ」


 カルテの画面に、藪崎診療所のメインコンピューターの姿が映し出され、そう告げる。


「うちの事務会計その他もろもろの、カミングスーンだ」

「カミさんとお呼びください」


 ハヤテは短く紹介すると、画面の美女もそう一礼し微笑む。長い黒髪の、面長の美女。端末のオペレーターであるので肉体は持たない彼女だが、こうして崩れ医者のハヤテを手伝っているとのこと。


「妻が、新しい命を授かりたいと」

「やはり宗教絡みで?」

「過去にそんなものが流行したのは知ってますが――」


 言いよどむボイルドだが、アゲハと、カミさんと、そしてハヤテの顔を見て、「実は」と切り出す。


「私の妻は、『謎の言葉を話す民』なんです」


 その言葉に、三人は息をのんだ。

 謎の言葉を話す民はエニグマと呼ばれている。いまこの大銀河超帝国アコンカグアに住む人類とは、別の発展を遂げた古い古い民。えらい歴史の研究家が言うには、この宇宙に住まう先住民ともいわれている。眉唾だけれども。

 言葉の違う民、謎の言葉を話す民。帝国と相容れたのは、


「エニグマか。こんな辺境にもいたとはな。いや、辺境だからこそか」


 ハヤテは頭をボリボリと。


「……エニグマにも人権が認められています。問題はありません」

「アゲハさんよ、人権にも等級がある。検索せずとも知ってるだろう? エニグマは死んでも天国ムラクモに行けない。天国にDNAが登録されなければ、そもそも子は作れない。申請許諾以前の話だ。ただでさえ寿命が長いエニグマは、俺たちみたいに人生を一時保存して区切ることなく、生まれ持った体のまま、ずっとその一生を生きる。つらいときもな。葬式も挙げられないが、生きるのだけは認める人権がな」


 彼の言葉に、今度はボイルドが視線を落として黙ってしまう。


「まあもっとも、俺が診療所を継ぐ前は生きることすら許されてなかったがな。あの戦争が終わったのが……。ええと、どんくらい前だったかな、カミさん」

「二十年前です」

「もうそんなになるのか」


 ボイルドは嘆息するハヤテについて思い出す。

 従軍経験のある、元狙撃手スナイパー。エニグマ戦争の英雄で、終戦後に実家の診療所を継ぎ、モグリの医者をやっている。

 その神懸かった狙撃で実に自然な事故を装い、患者の希望通りの保険金をもたらすのだ。姑息。ほんとに姑息。


「人権、ですよ」


 そこはきっぱりとアゲハが言い切る。


「エニグマは――」


 やや強い口調でハヤテは仕切り直した。

 今はボイルドの話を聞き、整理し、仕事をせねばならない。


「エニグマは普通に子供を作れない。だが、生殖器はある。もしエニグマの女性と結婚し、子供が欲しいと考えたら? エニグマの男性と結ばれるか、さもなくば旦那さんの方に使用可能な生殖器を備えた体を持たせることだ」


 カミさんが「そこで、話が戻ってくるわけです」と引き継ぐと「ボイルドさんが加入している保険を参照します」と、カルテが切り替わる。

 表示されるのは、大銀河アコンカグアに数多ある中の保険会社のうちひとつの契約内容だ。細かい文字で羅列されたそれを読み解けるのはカミさんとアゲハだけなのだが、ハヤテもボイルドもおおよその当たりは付けられる。


「なるほど、話は簡単ですね。宇宙で生活できないダメージを肉体が受ければ、保険金代わりに代替品が支給されます。魂に宇宙が怖いという後遺症が残れば地上でしか生きられぬ肉体は充分に支給されるでしょう」


 フフンと得意げに鼻を鳴らすアゲハ。カミさんに対抗してるのだと思うが、汎用とは言え最高級のアンドールメイトの自負でもあるのだろう。


「じゃあ具体的に、どうやって保険を下ろす?」

「んぐ」

「最高級汎用鳳型巡検アンドールメイト№ヘ-128『アゲハ』64号改五さまはムラクモネットにアクセスできるんだろう? 特Aだか特Sだかのレベルで。それでもわからんと」

「大丈夫なんでしょうか」


 ボイルドが、そっと。


「なあに、大丈夫でしょう。ここはそういうの専門ですから」

「よかった」


 そうなると、あとは『宇宙で生活できないダメージを肉体が受ける条件』と、そこに至る『方法』だった。

 そこは――とカミさんを伺うと、カルテの中からハヤテに微笑む。どうやらどうにかなりそうな感じ。


「まあうちのカミさんは知恵が回りますから」

「――トウが立ってるだけですわ」

「なによ、カミさんは長く稼働してるこの星のマザーコンピューターってだけでしょう? たまたま他に人がいないから診療所のお手伝いをしてるだけで正規の看護婦という私に比べたら……」

「アゲハ、おまえ稼働年数どんくらい?」

「三年よッ」


 エヘンと胸を張る。確かに最新型、新しい。後継機がロールアウトされるのはもう少し後なのではないだろうか。


「ともあれ安心してください、逢田ボイルドさん。基本、事故でキレイに片付けます。多少の怪我、後遺症は覚悟してくださいよ? あと、代金は先払いです」


 ハヤテは掌を上に、その開いた右手の親指と人差し指だけで輪を作る。


「なあに、足は付かないよ。ご安心あれ」

「――なお、保険は適用されますのでご安心を」


 ボイルドの「三割負担?」の問いに、カミさんは「ええ、診療所ですから」と微笑む。


「ところで先生」


 ふと顔を上げながらムラクモネットにアクセスしようとしているアゲハだが、ハヤテにそう問いかけるといったんアクセスを中止する。


「生殖器をもつ生身の体で、どうやって赤ちゃんを作るんです?」

「え?」

「え?」

「――え?」


 アゲハの問いかけに、聞かれたハヤテもボイルドも、同じフルメタルのカミさんまでもが同時に言葉を失った。


「知らないの?」と、ハヤテ。

「……知らないわ。だって、ふつう知らないでしょう?」


 あっけらかんとアゲハがいうも、聞かれたハヤテは言葉を詰まらせる。性教育の時間の始まり。


「いや、だってさ、ほら」

「――藪崎先生、アゲハさんはまだ三歳、稼働後に巡検師について飛び回り、そのようなことに疎いままなのですよ?」


 カミさんに助け船を出されるが、無知といわれたようでややムっとするアンドールメイト。しかし、俗に疎い自分を自覚するが、ネットに繋いで検索し、知ったかぶるのも違うと思い直したらしい。


「素直に聞いたんだから教えてください。ボイルドさん、逢田ボイルドさん。生身の体をほしがってるあなたなら、赤ちゃんの授かり方を知ってますよね?」


 息詰まるように「そ、そりゃあ」と言いよどむ男に、矛先が逸れたと安心し「最高級品がこのザマかよ」とハヤテもあきれ顔。


「ほんとに知らないの? アゲハさんよォ、コレ」

「指で作った丸、たしかお金の暗喩ですよね? そこに人差し指を出し入れ? なんです、それ」

「ヒント、古来より男と女が楽しむものです」


 そんなややもすれば、いや、ただの下品な仕草に「遊びで子供が?」とアゲハは小首をかしげる。


「おいおい、まさか特Aだか特Sだかのアクセス権でも子供に見せられない情報にはアクセスできねえのか? まいったな、堪忍してくれよ」

「――アゲハ、この前、ゲンさんの家のポチが子供を産んだのを知っていますか?」

「カミさんに言われなくても知っているわよ? 子犬が五匹生まれたわよね? それが何か?」

「――それと同じです」

「え?」


 目を白黒させている。さしものアンドールメイトも気がついた。


「ま、まさか、人類も!?」

「そそ、人類もだ」と、ニヤニヤしながらもういちど指の輪っかに人差し指をスコスコさせるハヤテ。よもや犬と人類が同じだとはにわかに信じられぬ様子に、ボイルドも「そんなもんなんですかねえ」と肩をすくめる。


「え!? その手の仕草って!?」

「そだよ」

「もしかして、あの、春になるとポチやジョンやメイやハナコがすごくなっちゃう、あの!?」

「そそ」

「原始的な繁殖活動ですか!?」

「よーやっと合点がいったか」


 アゲハの顔が真っ赤に染まる。


「原始的な繁殖活動ですか!?」


 もういちど叫ぶ。


凸×凹ピーを使う、あの!?」

「お、さすがに音声規制が入ったか。何叫んだんだこのアンドロイト」

「――おそらく女性器かと」

「違うわ、それはピーよ! 私がいったのは凸×凹ピー……ああ、ちがう、おち……あ~……おま……んぁ~」


 規制がかかりそうなたびに言葉を濁す。濁してるのが自分の発言であることを自覚してるので今以上に顔が紅潮する。あたりまえだが。堂々巡りだけれど、さすがにそれを三歳の乙女に強いてまで口を開かせるのは忍びなく、ハヤテが手を上げてそれを止める。


「改めて言われると、恥ずかしいものですね」

「逢田さん、すんません、うちの看護婦がとんだ失礼を」

「――試案が出来ました」


 アゲハがしどろもどろになっている間にカミさんが依頼の解決策を模索していたらしい。さすがだ。


「――ひとつ、生殖可能な新しい肉体を得るためには、逢田ボイルドさんのDNAからできる肉体を純粋な状態で培養する必要があります。――ふたつ、許可と審査のためには魂の損傷トラウマという正当性と、その影響から地上でのみ生存な肉体をという条件を提示します。――みっつ、そのために必要なのは事故による『宇宙放射線過敏症』の診断書。つまり、ジャガイモ農場の動力源である光エネルギーを回収するため、人工恒星ちかくを航行。その際にOフィルターのボンベを損壊、宇宙線に晒されれば、さしもの身体も損壊するでしょう」

「宇宙放射線に晒されるのか!? 大丈夫なんですか先生!」


 もちろん今の生身からだですが、とカミさんが区切る。


「――五つあるボンベのうちのひとつ、ヘリに繋げるユニットにある三十三ミリの隙間。そこからパイプが狙えます」

「てことで、オゾン濃度の低下は最小限……とはいかないが、かなりそれらしく抑えられるし、それなりにひどい目に会える。疑いようもなく、審査が通るくらいにはヤられる」


 そして人差し指を立てる。さっきまで下品にスコスコしていたやつだ。


「ヘリの周囲にあるエアバリアを突き破り、なおかつ三十三ミリの隙間を偶然、ゴミが掠めてしまう。そういう筋書きだな? ってことはあんまり近いと保険会社に疑われるし、可能な限り遠くから撃ち抜く」


 アゲハは「どこから?」と赤い頬をぐにぐにしながら聞く。彼女は星系内の地図を脳裏に描きながら、そんな自然な狙撃場所はどこにもないと決定づけた。

 ハヤテは「あるさ」と、カルテに表示させた一点を指す。カミさんが意を酌んで表示させたものだ。


「一番惑星のガスだまりの外側、扉一枚ぶんの光パネルの残骸がある。そこから撃つ」

「三千メートルはあるわよ?」

「知ってるさ、前に一回やってる。そんときは的も大きく、近かったけどな。でも位置衛生にアクセスしたら狙撃のログが残る。どんなに隠しても形跡は残る。だから、スタンドアローンな骨董品のライフルを使う。弾丸は手製の重鉄素弾。足が付かない」

「そんなことが可能なのか? 機械の力も借りずに全部自力で銃を撃つなんて。しかも遠いにもほどがあるこんな狭い隙間に?」

「そんな真似、私にもできませんけど」

「使えん看護婦だな」


 ムッとするアゲハを宥めるようにカミさんが「――まあまあ。それができるからこその、エニグマパニッシャーなのですから」と続ける。

 かつて戦場で恐れられた彼の渾名を。

 伝説の狙撃手の忌名を。


「まあ、そういうことだ」


 得意げなハヤテに、しかしカミさんはこう締めくくる。


「――よっつ」


 よっつ目の条件。


「――よっつ、保険の審査が『ゴードン総合生命』ということです」


 ハヤテはあんぐりと口を開ける。

 ゴードン総合生命。

 そこは補償の厚さ故に大銀河いち厳しいという、業界最大手、つまりはハヤテも舌を巻く難敵の名前だった。かなり有名、かつ、曰く付き。


「なんでかな~」


 本当に。

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