肝練り大銀河やぶ医者スナイパー
西紀貫之
肝練り大銀河やぶ医者スナイパー
第1話『太陽に向かって撃て!』
序幕。あるいは、幕間。
大銀河の肝練り
射線上にいる星々も巻き込み、銀河の果ての果てへと撃ち出す。当然、住んでいる者も何もかもが、マテリアルとなって吹き飛んでいく。回転しながら長い間撃ち出されるそれは、広がる渦で、直線ではない。大銀河の水平面を走り抜ける災厄そのものだ。
しかし、大銀河帝国アコンカグアの貴族たちは、この肝練り砲の射線上に星を構えることを忠誠の証としている。
貴族たちは肝練り砲のまわりに間隔を狭めて主星を配置し、ひしめく大貴族たちによる密集星系を形作っている。
「女王のもと、みな謳歌せよ!」
「避けてはならん!」
「逃げてはならん!」
「滅びる星は運が良い!」
「塵となり銀河の果てに流されど悲しんではならぬ!」
「
「ああ、よか制度じゃ!」
滅亡と背中合わせの繁栄を以て、貴族たちは忠誠の証としているのだ。
女王が求めてもいないというのに。
そんな戦乱冷めやらぬ時分。
大銀河はやはり、眠ることを知らない。
でも、さまざまな
昼と夜、表と裏、正義と悪、そして内と外。
さまざまな貌を持つ生き物がつむぐのは、光なのか闇なのか――。
***
木造平屋六十坪、藪崎診療所はほとんど人の住まない辺境の星、地球の海沿いにあった。
総人口は二百人ほどで、採掘と宇宙船用の孟宗竹の収穫で賑わった面影は、まるでない。大銀河辺境の貴族さまがこさえた古い人工恒星にしがみつくように周回している、水だけは豊富なへんぴな星。その更にへんぴな場所にあったのだ。
そんな藪崎診療所の脇に作られた、ただ広いと言うだけの、赤土むき出しの宇宙港に向けて、一台の自家用船が重力に逆らう力場を調整して着陸しようとしていた。
田舎でへんぴな地球に相応しからぬ巡航用のエメラルドボディと、超空間ジャンプが可能なシカトエンジン搭載の円錐ノズルがゆっくりと降下する中、診療所からそれを迎えるようにひとりの男が現われた。
宇宙船の出す圧のせいで起こる低い耳鳴りに、眠そうな目を擦りながら小指で耳の穴をグリグリと掃除している白衣の男。医者に見えなくもないけれど、くすんだ濃緑のズボンにランニングシャツの上に白衣を腕まくりに着ているだけで、裸足にサンダルに加え蓬髪無精髭の壮年エイジとくれば、身を持ち崩した軍医にしか見えなかった。
――『先生、おはようございます』
宇宙船から声が聞こえてきた。
この船を操縦している乗組員の声だ。操縦しているのは、宇宙船同様、この星はおろか中古の恒星にしがみつくシステム惑星に相応しからぬ高級戦闘用アンドールメイトの少女だった。人と全く変わらぬ機械の体を持ち、送受信用の長い銀髪を揺らし、
彼女は
――『では、今日もよろしくお願いいたします』
着陸と同時に目の前に光とともに出現したアンドールメイトに、医者崩れもとい、崩れ医者の男は、深いため息でお出迎え。
「ほんとに
「先生、毎日のように聞かないでください。とうぜん働きます。ご主人さまの補佐が仕事であり、ご主人さまの仕事がお医者さまであるのなら、看護婦として献身するのが、鳳型巡検アンドールメイト№ヘ・128『アゲハ』64号改五の使命であります」
「そっかー」
そんな遣り取りも、今日で五度目にのぼっていた。
この医者の名は、藪崎ハヤテ。田舎であり実家の藪崎診療所を継いだ、退役軍人だそうだ。
このアンドールメイトの少女の名は、アゲハ。最高級汎用鳳型巡検アンドールメイト№ヘ-128『アゲハ』64号改五の名前が示す通り、遍く銀河を巡り検分する巡検師に随伴する護衛なのだが、故あって今は看護婦をやることになっているらしい。
「ま、いいか。……うちでやることは、分かってるようだし」
「当然です。この巡検のアゲハに隠し立てできることはありません。ムラクモネットの特レベルを侮らないでください」
「まあ、なんだ。帰るに帰れないわけだもんな」
「……そういうことです」
故あって。
ハヤテも脛に傷を持つどころか、叩けばいくらでも埃が出てくる系統の人間だけに、無碍にも出来ない。
「よし、じゃあ診察開始までの作業と事務は頼むぞ」
「了解いたしました!」
ビシっと直立し、右手を胸に敬愛のポーズを撮るアゲハ。
「通常の診察とは他に、保険金詐欺を働くためのすべての裏工作もお任せください!」
「声がでけえええええええええええ!」
***
従軍経験からの医療知識のみの『やぶ医者』、元スナイパー。
叢雲ネットに接続した『看護婦』、元戦闘用アンドールメイト。
表と裏、内と外、そして正義と悪。
すべて綯い交ぜの貌が織りなす闇を、一発の狙撃が打ち払う(そう、主に保険金で)。
それが大銀河のやぶ医者スナイパーの仕事である。
そして今日も、ひとりの患者がその診療所のドアを叩くのだ――。
すべての始まりが、たぶんそれだった。
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