その五十一 駆け落ち

 「誘拐?」


 僕は、ただ言葉の意味を確かめるため、オウム返しにその言葉を繰り返した。


 「俺と駆け落ちしてくれ」


 カウルは、片手を僕の肩にかけた。


 「俺が姿を消せば、子爵家の名目は無くなる。もちろん、相手は激怒するだろうけど、それは俺一人の素行のせいになって、ランドワール家とロマノフェレン家との間の問題にはならないはずだ。貴族の放蕩人がネットアイドルと恋仲になって失踪したなんて、スキャンダルになるだろうけど、世間の目を俺たちに注目させれば、ロマノフェレン家も矛を収めざるを得ないだろう」


 駆け落ち、そう言われて、僕はその状況を理解するため想像を巡らせていたので、カウルの言葉が虚ろに響く。この世界、どこに行っても僕にとっては異郷だ。どこでも良くて、どこでも無い世界に行って、カウルと二人きりで隠れ住む生活。


 カウルは伯爵家の人間ではなく、僕もエルフでも死の天使でもない一人の女の子として暮らせる場所。追っ手の影に怯えなければいけないし、喧嘩したり、病気になったりするかも知れないけど、つかの間でもいいから平穏を幸せだと感じられる生活。


 生活のために働き、二人でささやかな食卓を囲み、二人で夜の生活……。ん?


 む、無理! カウル、顔が近過ぎるってば!


 僕の肩にかけられているカウルの手に力が入る。僕は顔が火照って火を噴きそう。また、目がチカチカする。僕は、必死で顔を背け、握られていない方の手でカウルの胸を押し退けようとした。


 「君が心を開いてくれるのを俺は待つよ。でも、今は時間が無いんだ。だから、俺は君を誘拐することにした。無理駆け落ちってこと。すでに、オシリスが手はずを整えてくれている」


 「オシリスが?」


 「宮廷魔術士というのはあの男の隠れ蓑の一つ。別の顔は、御使の守護四闘将の一人だと、彼はそう自分で言ったよ。詳しいことは知らないけど、君の過去に関係する人物らしい」





 巨大なくちばしにキリンのように長い首を持った翼竜が城の裏庭にいた。長い翼を畳んだ四本の脚で立って、僕たちを見下ろしている。デカい。とにかく巨大で、目とくちばしの下の喉が動いていなければ、博物館の恐竜の模型にしか見えない。カウルに連れられるまま、僕はその裏庭に出ていた。


 「ケツァールに乗るのは初めて?」


 翼竜の姿に驚いている僕に、カウルは悪戯っぽく笑った。僕はブンブンと首を横に振った。まさか、乗るの? これに?


 「エディバラ殿下、お急ぎを。あの女に気付かれぬうちに」


 くちばしに繋いだ手綱を持ったオシリスがそう言った。彼でさえ翼竜の前では赤い服を着た小人のように見える。


 「オシリスいいの? 本当にこんなことして」


 すれ違いざま僕は、そうオシリスに尋ねた。僕、カウルに会いたいと頼んだけど、こんな展開になるなんて思ってもみなかった。


 「言っただろう。これは、誘拐だって。キョウは、黙って俺についてきて」


 無言のオシリスに代わってカウルがそう言って、僕の手を引っ張っぱり、片手と両足で翼竜の前脚によじ登ろうとした。


 『かわいらしいマスター、こわがらないで』


 恐怖で尻込みしている僕に翼竜が語りかけた。


 「しゃべれるの?」と僕。


 「誰が?」とカウル。


 「今、この子が声を出したでしょ」


 「この子って、ケツァールのこと? 竜はしゃべったりしないよ」


 ケツァールは、巨大なくちばしの横に付いている不釣り合いなほど小さな目で笑って、僕のために這いつくばって体を屈めてくれた。


 「驚いたな。ケツァールが、こんなに身を低くするなんて」


 カウルは、ケツァールの首と翼の付け根にまたがって、僕をさし招いた。


 「おいで、キョウ。ケツァールも君を歓迎しているようだ」


 『よいたびをたのしんでね、かわいらしいマスター』


 カウルの背中にしがみついて背中に乗った僕に翼竜は僕にだけ聞こえる声でそう言った。いつの間にイフはカウルの腕の中に収まっている。翼竜は後ろ脚で立って、巨大な翼を広げた。ドカドカと助走の振動に全身を激しく揺さぶられた後、僕たちは翼竜の背中で大空に舞い上がっていた。

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