第5話偽物じゃない。あえて言うなら本物に近いもの。

恐らく、もう二度と戦国せんごくに扮したタイム魔神は現れないだろう。

垂れ下がる髪型は、もう出尽くしたような気がする。

そこにどんな意味があるのかは知らないが、それを考えている場合じゃなかった。


まずは、わかりやすのから消していこう。


安土あづち! 縄文じょうもん! 弥生やよい! 平安へいあん! 鎌倉かまくら! 南北朝なんぼくちょう! 桃山ももやま! 江戸えど! そのペア、ちょっとこっちに来て」

わかりやすいのは、この八組。

手招きして呼んでみると、戦っていた鎌倉かまくらペアもすんなり応じてくれていた。


「うん、縄文じょうもんちゃんは分かりやすいよ」

弥生やよいもそうだし。弥生やよいが分からないと、致命的だし」

隣で頷く飛鳥あすか奈良ならの二人。お互いの相手を放置して、当然のように会話に参加してきた。

まあ、一応この二組もどっちが本物かわかってるけど、この際後回しだ。


安土あづちの偽物! お前のそれ。白犬じゃなくて、狛犬だから! ていうか、大きさ違い過ぎるだろ! 可愛さのかけらもない! アウト!」

縄文じょうもんちゃんのにせもの! キミのそれ。肉じゃないよ! 魚だよ!」

弥生やよいのまがいもの! きみの持ってるそれ。稲じゃないし! 麦だし!」

案の定、僕に続いて本物の二人は喜々としてツッコミを入れている。


「じゃあ、そっちの黙ってる方の飛鳥あすか奈良ならは偽物という事で」


――偽物を言い当てた途端、偽物たちはニヤリと笑いながら黒い霧となって消えていく。


若干、残った本物の安土あづちが寂しそうだったが、今は気にしていられない。


飛鳥あすかの場合、意見を取り入れた方が本物だ。そして、そっちが積極的にツッコミをいれていたから間違いないだろう。


奈良ならの方はもっとわかりやすい。

腰についてるシカせんべいが、何故かオカキになっていた。そしてこっちも、本物が積極的にツッコミを入れていた。


タイム魔神は、見た目を同じにしても、性質や性格までは似せる事をしていない。

これは、タイム魔神の口から『最難関に設定したものは、見たままを忠実に再現した』という言葉が出たから間違いないだろう。


――最難関で見たままを忠実に再現したのなら、それは外見という事だ。もし、性質や性格まで似せてたのなら、『本人を忠実に再現した』と言ったに違いない。


でも、そうは言わなかった。

だから、あとは注意深く見ていけばわかる。そして、まだまだ簡単なのが続いている。


平安へいあん! 偽物と並んでひな壇に飾っておいてもいいけど、偽物はそっちの男雛だ!」

鎌倉かまくら! 偽物は白拍子の方! その代表、静御前だからね。そもそも鎧きてないし! ていうか薙刀と扇子でよく戦ってたな! 牛若丸と弁慶か!」

南北朝なんぼくちょう! 昨日会ったのは北山文化っぽい方! 頭に金の鳳凰がのってる方ね。東山文化風もいいよ。銀閣寺好きだよ! 文化に優劣なんてないから! でも、昨日会ったのがそうだから! 顕現したのがオラオラ感満載の北山文化だっただけだから。そんなにへこむなよ、オイ!」

この二人はやりづらい。文化色の対比で来るなんてずるすぎる!


桃山ももやま! 顔、白く塗りすぎ! それじゃあ今の歌舞伎役者になっちゃうよ。時代考証なってないでしょ、それ!」

江戸えど! それはたぶん芸妓だ! 詳しくは知らないけど。見た目、派手なかんざしが一本もないんじゃないか! 魔神といえ、神だから、髪にさすのが許せないのか?」

一気に言い当てたここまでは、間違えないようがないほど変わっている。


そして言い当てた途端、さっきと違いうっすらと笑みを浮かべて消えていくタイム魔神の分身たち。まるで、『この後はそうはいかんぞ』と言っているかのようだった。

しかし、全てがそうだという訳ではない。中には手を振っている者までいた。


短期間とはいえ、時代娘クレイオとタイム魔神の分身たちの交流はあったのだろう。

戦うもの。仲良くなるもの。それはそれぞれの個性なのだろう。

ただ……。まさかそれほどまでに仲良くなるものとは思えなかった。


まるで愛し合う二人の仲を、むりやり引き裂いたような気分にさせてくれた平安へいあんたち。

男雛が消えたあとも、平安へいあんは、涙を浮かべながらそこに手を差し伸べていた。

――だが、その手の先にはもう誰もいない。


その事実をどう受け入れたのかわからない。突如、崩れるように泣き伏して、やがて食堂から消えていた。


――ごめん。なんだか、ごめん……。

いいようのない罪悪感が体中を駆け巡る。でも、今はそれに支配されるわけにはいかない。


まだ、タイム魔神の分身は残ってるんだ。


――さて、ここからは慎重に見ていかないと。


残るは昭和しょうわ大正たいしょう明治めいじ


そして……。古墳こふんだ。


「とりあえず、昭和しょうわ大正たいしょう明治めいじ古墳こふんのペアは何か喋ってくれないかな」

見た目が完全に同じのこの四組。

話して違和感を見つけるしかないだろう。


昭和しょうわちゃんがいいよ。昭和しょうわちゃんにしなよ。おかしいから! 話し方おかしいから!」

隣で飛鳥あすかが指さしていた。


「じゃあ、昭和しょうわで」

飛鳥あすかには何か考えがあるのだろう。どちらにせよ、昭和しょうわ大正たいしょうの二択しかない。


さっきから真剣に話し合っている明治めいじは反応してくれそうにないし、古墳こふんは論外だ。


ただ、飛鳥あすかの言い方はひどすぎる。案の定、昭和しょうわの二人は詰め寄ってきた。


「せからしか! わしが本物じゃけん!」

「タイム魔神と呼ばれたこの私も、何の因果か時代娘クレイオの真似事……」


――ほんの一瞬、自分の耳を疑ってしまった。


「はい、偽物だし!」

奈良ならが、偽物の頭をはたいて消していた。消える瞬間、後悔の念を最前面に押し出していたのは、仕方がないだろう。


隣で笑い転げる飛鳥あすか。多分、全てが楽しいに違いない。


――とりあえず、飛鳥あすかは当分ほっておこう。


「次は、大正たいしょうだし、わかりやすいし」

今度は自分の番だというかのように、奈良ならの方でも勧めてきた。


――飛鳥あすか奈良なら。いつも何かと張り合っているのだろう。


「じゃあ、大正たいしょうで」

呼ばれた途端、凛とした姿で一歩前に出てくる二人。


二人共、桜色の着物に赤いはかまという服装。

長い黒髪に、赤いリボンがよく映えている。

刀を持っているのは、何か意味があるのだろうか?


「そうですね……。やはり戦うべきなのでしょう。勝利のポーズを決めるのは、もちろん私ですけど」

「ふっふっふ。甘いでござるよ。管理人殿、騙されてはいかんでござる」

「うん。昨日会ってなかったら分からなかったよ。でも、ござるはないな。大正時代っぽくない。よし! 次はもちろん、明治めいじだ!」

頭をはたくと――ぎゃふんという言葉を残し――、大正たいしょうに扮したタイム魔神の分身は消えていった。


――あと二組。

なんだかわけのわからないうちに始まったこの騒動も、これで終わる。

最後に残った二組のうち、より見分けがつきそうな方を選んだのは、おそらく可能性の問題だろう。

いや、正直言って、古墳時代は不可能に近い。


「その必要はないぜよ、こっちが本物ぜよ。信じるぜよ。本物はうそをつかんぜよ」


――なんだ? 謎かけか?


挑戦的な笑顔をしつつ、片方の明治めいじが親指でもう一人を指し示していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る