第3話忍ぶれど、話しにでにけり、その事は

食堂に入ってすぐ、異様な光景が目についた。

ほんの少しだけ、戦国せんごくから聞いていたから、声をあげずに済んでいた。

でも、この眼で見るまでは信じられなかった。


――『拙者たちが増えたでござる。まあ、見ればわかるでござる』

ただそれだけ言って、走り出していた戦国せんごく。追いかけるのに必死で、それ以上は聞けなかった。


たぶん、それ以上は説明できなかったに違いない。でも、それ以上の説明もいらなかった。

見ればわかる。

――そう、確かにその通りだった。


それぞれの時代娘クレイオが、もう一人増えていた。


言い争う声が飛び交っている。中には、戦っている者もいる。

しかし驚くことに、一緒に仲良く話している者が数多くいた。


あっけにとられるとはこのことを言うのだろう。

ふと隣を見ると、戦国せんごくがしたり顔でこっちを見ている。

『見ればわかるといったであろう?』その顔にはそう書いてあった。


悔しいけど、言い返せない。

しかし、それ以外は何もない。昨日見た食堂のままだ。食堂をぐるりと見回してみても、特別怪しいものはなかった。


ん? なんだか、喉に小骨が引っ掛かっている気がする……。

よく見ると、明らかにおかしなものたちもちらほらいる。でも、それじゃない。


――でも、まず明らかなのを除去しておくか……。


そこに行こうと一歩踏み出したその時、ご機嫌な声と共に笑顔が二つこっちに向かってきていた。



「おはよう! 管理人さん! なんだか大変なことになってるんだよ」

「おっはよう! 精子変さん! なんだか大変なことになってるんだよ」

一瞬にして、そのイメージが伝わってきた。さっきといい、さすが時代娘クレイオというべきか。

でも、明らかに意図したその言葉は、やはり正しておかねばなるまい。


「あえて言わないけど。朝っぱらから、人聞きの悪い事言うな! 正史編纂委員会せいしへんさんいいんかいだって言っただろ? しかも、固有名詞っぽく呼ぶなよな! 漢字のイメージはちゃんと来るんだからな! 失礼すぎるだろ!」

「そのイメージって、思い込みだよ? フフ。アスカ、そんなイメージ送ってないよ? だから気になるなぁ。どんなイメージなのかなぁ。人聞きの悪いってどういう意味かなぁ? 委員会を省略しただけで、なーんで、人聞きがわるくなるのかなぁ? アスカ、とぉーっても気になるんだよ。んー?」

「うん! 気になるんだよ!」

「くそ! 飛鳥あすか! お前、絶対わざとだろ!」


相変わらず人懐っこい笑みを浮かべた飛鳥あすかが、両手を頭の後ろで組んで、もう一人の飛鳥あすかを連れてやってきた。近くまで来ると、覗き込むようなしぐさをしてくる。二人とも立ち位置を入れ変えてはいないが、それぞれ左右でうろうろしだした。


こうして間近で見ても、本当に見た目ではどっちが本物なのかわからない。


多少に使われている色の配置が違っているが、昨日見たのがどういう配置だったかなんて覚えてるはずがない。

幸いさっきのやりとりで、本物の飛鳥あすかは見分けがつく。

だからこそ、今わかった違和感の正体だけは、確かめないといけない。


「なあ、飛鳥あすか。お前ら、いつからそんな感じなんだ? なんでそうなった?」

僕の問いに、しばらく考えたあと、お互いに顔を見合わせている飛鳥あすかたち。

それでも答えは出なかったのだろう。お互いに考えを巡らせている。

――大丈夫。多分、飛鳥あすかたちなら応えてくれるはず。


「わかんないよねー」

「うん、わかんないよねー」

もう一度お互いに顔を見合わせたあと、同じ笑顔を僕に見せていた。


「じゃあ、なんでそんなに仲良しなんだ? 普通、自分に似たのがいたら、怪しいだろ? 服だって、色の区別はあっても、ほとんど変わりないじゃないか? よしんば顔が似ていても、服装とかが鎌倉かまくらたちくらい違っていたら分からなくもない。 でも、二人とも同じだよね?」

「えー? だってこんなに可愛いんだよ? この色使い、最高だよ!」

「そうだよねー。ただ、もうちょっと平安へいあんちゃんみたいに柄をいれてもいいかな?」

「ん!? そうだよ! それいいよ! 今まで考えもしなかったよ!」


――うん、やっぱりそうだ。飛鳥あすかなら、そう答えると思った。


次々と文化を取り入れた飛鳥あすか時代。良いものはいいと判断する。そして自分にないものを積極的に取り入れる文化がある。


それは、あるとないをしっかり区別しているからできることだ。


「なあ、戦国せんごく。ちょっといいか?」

「ん? なんでござるか?」

なぜか少し離れていた戦国せんごくをそばに呼ぶ。しかし、返事はするけど、近づいてくる様子はなかった。


「少し、小声で話したいんだ」

「ほほう。内密な話でござるな。甘い蜜の匂いがするでござる。――ん!? なにするでござる!? 殿中でんちゅうでござる!」

首を差し出すように耳を向けた戦国せんごく。その首を、すかさず腕で締め上げた。驚きと混乱なのか、戦国せんごくはわけのわからないことを言っていた。


おそらく、本物の彼女もそうなのだろう。


「おい、戦国せんごくの偽物。お前さっきタイム魔神が攻めてきたっていったよな? その事を、なぜ、お前だけが知っている・・・・・・・・・・・? そして、何故、お前だけ一人・・・・・・だ?」

「!?」


そう、もしタイム魔神が攻めてきたことを知っていれば、こうして和やかに過ごしているわけがない。そして、飛鳥あすかが知っているなら、隠さずに話しただろう。


一瞬、抵抗するのをやめた戦国せんごく。しかし、次の瞬間には笑っていた。


「フフフ……。思った以上に、抜け目ないですね。新しい管理人。しかし、良いのか? こうしている間にも、時代は徐々に浸食されているぞ?」

「な!? まさか!」

一瞬の隙を衝かれ、戦国せんごくだったものは、黒い霧と化して僕の腕から逃れていた。

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