自動毀損装置

環状線を抜けるファミリアかレクサスか、そのあたりの車種のトランクの中で、両手両足をガムテープと多目的ロープで縛られたまま横たわっている。睡眠導入剤を飲まされたようだが、たいして強くない梅酒のソーダ割り一杯で効いてしまう薬なら、一口飲んで味が違うと気づくんじゃないか。重たく震える頬への暴力、硬く継ぎ接ぎされた舗装の凸部が車輪を浮かせる力、それが血肉を、鎖骨を、腰を、膝を、踝を強く張る。ひとのからだを木琴みたいに扱うな。だがひとが木琴なのではなく現に俺が、俺だけが楽器で、しかも実際はそれ以下の、これから損なわれるものとして扱われている。どういう理由でこんなことになったのか、誰がこんなことをしたのか、いつ眠らされたのかを考えながら、いや考えるより手前のところで息をして、息ができず、暑さとも寒さともつかない不快な温度と湿度の最中に横たわっている。やがてトランクがひらいて視界が黄色く染まって、とうに高速道路を降りたこと、目隠しをされていること、今が朝であること、ここは海であること、それも都会の生臭いコンクリートの岸辺であることを知るが、同時にもっと重要なことも知る、否応なく知ってしまう。それが合図。そうして継ぎ接ぎにされたゴミ袋の塊のまま、虫のようにねじられて転がされて、カラスの脚や三ツ矢サイダーのボトルや冷蔵庫の部品が浮かぶ波間へ突き落されるのと同じ頃、複数の関節を破壊された俺は廃材で組み上げられた檻の中で、火をつけられる。腹に貼りつけられたレシートによれば、ホームセンターでガムテープと多目的ロープと一緒に購入した固形燃料とチャッカマンを使用し、上半身はシャツとウィンドブレーカー、下半身は裸のままで、野球場と中学校に挟まれた空地、上物の一戸建てを放火で損失したうえに父親と母親と娘二人が死んで十年来、買い手のつかない土地で燃やされている。燃やされる理由には土地か金の事情が絡んでいるのかもしれないが、十年来のことだから今となっては真相もはっきりせず断定することは難しい。とにかく込み入った事情だったがそんなことはお構いなしに生臭く焦げ始めて、あぶくのような火ぶくれをぶつぶつと浮かべて、遠目から見れば蛆が潜り込んでいるように見えなくもないが、もちろんそんな遠目は存在せず人知れず燃焼は進み、脂の臭いを絡ませて炭化し、灰になり、粉塵となって舞い上がり、風に吹かれて、肺に潜り込み、沈殿し、俺は呼吸器を繋がれて総合病院のベッドの上にいる。口元を覆うリザーバーマスクから伸びるチューブの、細く長く伸びる先端が多目的ロープのように喉に巻きついているような、そういう錯覚に襲われながら。電気工の俺は石綿を吸い続け煙草を吸い続けていたからブリングマン指数は逓増の一途をたどり、必然的に肺は石灰のように硬化していた。吸うより吐くのが難しい、ほとんどできていない気がして、しかしその、気がするという部分が呼吸の不能に相応して不明瞭になっていく。蘇生措置の承諾書へのサインを拒んだ俺は、遠からぬうちに瞳孔の散大と心音、呼吸の停止を確認されて、安置所へ降りるエレベーターを運ばれていく。ネームプレートは外されシーツは剥がされ、中途半端に灰になったからだを昇天させるための事務的な手続きが開始されることになる。たとえば官報。「上記の者は令和元年9月10日午前11時46分にお台場海浜公園で解体作業中の作業員が護岸部海底付近に沈んでいるのを発見し、昭和49年5月24日午後19時10分に日本国有鉄道函館本線美唄駅から東方約800m地点にて下半身のみ発見され、平成18年12月28日に東京都立鹿西病院にて呼吸不全による死亡が確認された者です」遠からず荼毘にふされて煙になるというのに、書面になったり地下に潜ったり天に昇ったり、せわしないな。おとぎ話のお姫様も言っていたな「これ以上は無理だから月に還ります」って。「遺体は毀損し遺骨は再利用するので心当たりのある方が福祉課まで申し出る必要はありません」身分制度は続く。最も高貴な煙だけが、月まで届く。

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