第3話 覚悟

――さて。


「……これから、どうしよう? 」


小川にある手頃に大きな石に座りながら、これからのことについて考える。

この状況で、俺がするべきことは何だろう?

例えば、雪山に遭難してしまったとする。その場合は洞窟などの寒さを凌げる場所に潜り込み、救出を待てば良いらしい。下手に歩き回る方が無謀なそうだ。

今の俺も遭難してしまったと言えるのだが、助けを待つのはそれこそ無謀というものだろう。


どこか、街があれば良いんだけどな。いや、むしろ一人でも俺と同じ人間が居てくれればそれで良い。世界中に俺一人しか居ないとかだったら、俺は自殺するぞ。いや、冗談ではなく割りと本気で。


「こんな所に居てもなぁ……」


こんな人間の文化が一つと無い大自然の中に居ても、正直どうしようもない。もし俺がサバイバル技術を修めていたら、こんな所でも生きていけるのだろうけど――生憎、俺はただのゲームオタクなのだから期待出来ない。

当てなんて全然無いけど、歩き回るべきかな?


「よし、それで行くか」


俺は適当に歩き回ることにした。

そう思って、立ち上がった瞬間――声が聞こえた気がした。

気のせいかと思った。俺が俺以外の人間を求めたせいの幻聴だと思った。


だけど、違った。

耳を澄ましていると、断片的に聞こえる悲鳴。誰かに助けを求めているような声が、重なって聞こえてくる。

そして、その声の方向からブンブンと耳障りな音が耳に入って不快感を煽る。これは、どこかで聞いたことがある気がする、多分ゲームの中で。


逃げなければ――声が聞こえて直ぐに思った。これは、絶対に厄介事だろう。しかも危険なものだ。わざわさ巻き込まれる必要は無い。

だけど、体が動かない。俺以外の人間がいる――その可能性を考えてしまったら、一度確認しておきたいと、このチャンスを逃したくないと、そう思ってしまった。

多分、ゲームのキャラの力が使えるのも、逃げようとしない一つの要因だろう。

……俺も現金な性格をしている。


「――ッ‼ 」


そして、三人の人影が見えた。多分、男二人と女一人。そのどちらも鎧や武器などで武装していた。だが、俺はそんなことに驚いた訳ではない。


女の方が――飛んでいた。いや、ジャンプするという意味の飛ぶではなく、文字通り、意味通りに飛んでいた。

これは、羽? だよな。それを使って女は飛びながら逃げていた。

そして、その後を男二人が必死に走りながら追いかけているのが見えた。


「……何、それ? 」


空を飛ぶって一体どうなってるんだ? ていうか、本当に飛んでいるのか? 俺の見間違いとかじゃなくて……駄目だ、本当に飛んでる……!


女は、鳥の羽というより、昆虫に良くある向こう先さえも見えそうな透き通った羽を使って飛んでいる。

どういう種族なんだ? 俺がやっていたゲームの中には、鳥の獣人はいても、こんな昆虫のような羽は持っていなかったぞ。


好奇心がとんでもなく煽られるが、今はそんな場合ではない。

こいつらは今……虫に追われている。それだけだったら、スルーしていたのだが、その虫がとんでもなく大きいのだ。全長一メートルは必ず超えていて、下手をすれば二メートルさえ超えているのかもしれない。


そんな巨大な虫が何匹も群れを作って三人を追っていた。三人は恐怖に顔を染めながらも、必死に逃げている。

俺はこのゲームの体のおかげで、かなり遠い距離でも見えるのだが、まだ、彼等はこちらには気づいていないようだ。


「……どうすれば……? 」


……本気で悩む。出来ることなら、助けてあげたい。今はまだ余裕を持って逃げてはいるが、それがいつまで続くか分からない。もしかしたら、その虫に殺されるかもしれない。それに多分、マトモな殺され方はしないだろう。


どう殺されるかは、予想出来ないし、出来てもしたくないのだが、その死体がとんでもなく惨いことになるだろうと分かる。


だから、助けてあげたい。……だけど、本当に助けられるかは分からない。この逃げている彼等がどれくらいの実力者かは知らないが、逃げているのだから敵わなかったのだろう。そんな相手に俺が勝てるのか?


俺はゲームの中でも屈指の実力者だ。長年寝ても覚めてもゲームをしてきたおかげで、プレイヤースキルは半端ではないレベルだと断言出来る。しかもVRゲームは、コントローラで操作するのではなく、自らその体に入ってアバターを操作をするのだから、その経験は体(脳)に刻み付いている。


それに、姿形は変わったとは言え、身体能力と装備は同じだった。ゲームと同じようにすれば、もしかしたら勝てるかもしれない。

だけど、これは夢でもVRの中でもなく、現実なのだ。


ゲームと現実は違う。死んだら死ぬ。現実はゲームのように――死んでも生き返らない。失敗は取り返しがつかない。努力しても結果は実らない。


それが現実だ。

ゲームと同じように行動すれば、酷いしっぺ返しを食らうかもしれない。この状況だ、失敗すれば下手をしなくても……死ぬ。


俺に、その覚悟があるのだろうか?

死を恐れながらも、失敗を恐れず、必ず成功するという気概を持てるだろうか?


……無理だ、そんなことは言うまでも無い。論ずる必要性をまるで感じない。

俺みたいな万年引きこもりが、たとえゲームの力を得ようとも、そんな覚悟――持てるもんか。


「誰かッ! 助けて……⁉ 」


……さっきまで微かにしか聞こえなかったのに、もう簡単に聞き取れる位置まで来ていた。この距離なら、表情が良く見える。

その酷く怯えた表情が良く見える。


「……ッ! 」


ギリッ――知らぬままに歯軋りしていた。あまりに強く歯を噛み締めたせいで、口の感覚が無くなってくる。砕けるかもしれない。

右手からはツゥーと血が流れた。


無責任な自分が『ここまで罪悪感を抱くのなら、助ければ良いのに』そう囁いてくる。

確かにそうだ、感情的な部分の自分が頷く。けれど、理性的な自分が、そんなこと出来る訳がないと、否定する。


色々な感情がグチャグチャに掻き混ざって、泣きたくないのに泣けてきて、怒る理由なんて無いのに怒鳴りたくなる。

自分でも意味が分からなかった……。


「うわぁあああああああああああ‼ 」


男の悲鳴が耳に刺さった。

遂に追い付かれてしまったようだ。


「こうなりゃ、意地だ! やってやりや

す! 」

「そうね……最後まで頑張ろう! 」


そして――戦いが始まった。

俺はそれを隠れながら、見つめる。助けようとしないのなら、逃げれば良いのに、良心が痛んでここから離れられない――そんな自分の中途半端さに……心底嫌気が差す。

意外なことに、序盤の戦いは彼等が優勢だった。


体格の大きい丈夫そうな男がその盾で仲間を守り、女は、これは魔法だろうか? 風の刃を創り出し、虫の羽を切り裂いて地面に落としている。

その地面に落ちた虫を処理するのが、もう一人の男の仕事だろう。右手に持ったナイフで息の根を止めている。


見事な連携だった。ここまで上手い連携は、ベテランでも中々難しい。互いの足りないところを補完しあい、その実力を何倍にも引き上げている。


きっと、この三人はかなりの実力者なのだろう。

このままいけば大丈夫かも、そう希望観測を抱きそうになるが……やはり現実は厳しかった。

いくらこの三人が実力者でも、明らかに多勢に無勢。


四方八方から迫る虫に、三人は少しずつ傷が出来ている。

このままだと彼等は……。

……その予想は当たった。


「ガッ! 」


ナイフ使いの男が、虫に体当たりを喰らい、吹っ飛ばされる。幸い重症には至らなかったが、体は動かない。

つまり、虫の群れ相手に彼等は二人で戦わなければいけなくなったということだ。更に、一人を守りつつ戦わなければいけない。


……絶望的な状況だった。

そんな状況で俺は……、俺は一体どうすれば、どうすれば、良いんだ⁉


「……クッ……」


迷っている内に、状況は刻一刻と悪い方向に変わっていく。

盾役の傷が格段に増えた。大事なところは鎧で守られているが、それも少し凹んでいる。女の方も、傷は増え、頭から血が流れている。

ナイフ男も、動き回ってはいるが、明らかに精彩が悪い。先程の攻撃を引きずっているのは、一目瞭然だった。


このままでは三人は死ぬかもしれない。

…………死ぬ? 俺が何もしなかったせいで、この三人は死ぬのか? あの家族みたいに死んでしまうのか?


「……そんなのダメだ、絶対にダメだ、ダメだ、ダメ、止めろ、人が死ぬのは絶対にダメなんだ……」


盾役が遂にやられた。盾は吹き飛ばされ、鎧はベコンベコンに凹んでいる。その意識があるのかも定かではない。重症だ。

盾役は倒れた――残りは貧弱な魔法使いの女だった。


「……あ、ああ、あああ……! 止めろぉおおおおおお‼ 」


気がつけば、俺は女の方に走っていた。右手に刀を持って――

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