第2話 異世界


気がつけば、俺は草原に立っていた。


自由に吹く風は涼しくて、久しぶりに浴びた太陽の光はどこか心地いい――小川は光を反射させてキラキラと輝いている。

そんな好天気の中なもんだから、つい眠くなってくる。


……そう言えば、最近徹夜続きで寝ていなかったなぁ。この草原に足いっぱい伸ばして寝たら気持ち良いんだろうなぁ……。


「……って、そんな状況じゃないだろ! 」


ガバッと起き上がる。

いや、あまりにも状況が意味不明過ぎて、現実逃避しそうになった。

冷静に考えてみよう。

ここは、どこだ?


一番可能性が高いのは、VRの中だな。しかし、俺はこんなフィールドには居なかったし、このフィールド自体知らない。そもそもログインした記憶が無い。

いや、もしかしたら俺の記憶違いなのかもしれない。


だけど、何だか引っかかるんだよな。

……こう、良過ぎるというか、感じ過ぎるというか。

あ、そうだ、分かったぞ。つまり、あれだ、リアル過ぎるんだ。

何が言いたいかと言うと。

VR技術は日々進化しており、最初の十五年前に比べたら、圧倒的にリアルだ。

しかし、どうしても越えられない壁は存在する。


例えば――データ量。

VRゲームとは、謂わば作られた世界で、そのためにはデータが必要だ。だけど、それに必要なデータ量は膨大。削れるとこは削らなければならない。

地面なんてその尤もたる物だ。地面は遠い所から見たら、ただの土色のプレートにしか見えない。だが、近くで触ってみれば、その地面を構成している土や泥、その他諸々を感じられる。

だけど、VRゲームであれば、地面はただの地面だ。近くで触ってみても、土色のプレートでしかない。

という風に、現実とゲームでは大きな差がある。


だというのに、どうだろう?

このフィールドは現実と大差ないように思える。草をむしっても、消えることはなく、地面を掘れば泥や砂利が出てくる。

今までのゲーム界の常識からすると、考えられないことだ。

……つまり、これは、アレか。

アップデート?

どこぞの天才科学者が、天才的な開発で、ゲームの世界を現実と同じレベルに引き上げてみせたのか……!


……そんな訳が無い。

いきないそんな開発がされるのが不可解だし、運営がプレイヤーに通知無くしてアップデートをする筈がない。

いや、けど、それくらいしか考えられないよな。

……まさか、異世界に来てしまったとか?


「いや、ないない。いくら俺が引きこもりだとしても、現実と空想の区別くらいつくさ」


意味不明な状況に混乱しぱっなしな俺は、少しでも落ち着くために取りあえず、そこの綺麗な小川の元に向かった。


「うわ、すごい綺麗な……」


川に行ったことなんて、ずいぶん昔のことで覚えていないのだが、それでもこの小川は綺麗な川だと確信出来た。

太陽の光をキラキラ反射させて光る小川、少し注意深く覗き込んでみると、そこで悠々と泳いでいる小魚が見えた。

そして――水の鏡で自分の顔を確認出来た。


「……え? 」


それは、俺の顔だった。いや、正確に言うのなら、十五年前の俺の顔だった。

自慢ではないが――本当に自慢ではない――俺はもう二十九歳、若い子から見れば俺はもうオッサンだろう。事実、顔の所々に無精髭が生えていたし、最近自分の枕が臭かった。

そんな俺だが、何故か若返っていた。

無意識に頬に手を当てる。

その線の細い顔立ちは、どこからどう見ても若かりし頃の俺、両親が死んで引きこもる前の俺だった……。


「……え? 」


口からはもう一度疑問の声が漏れ出た。

いや、けど、しょうがないと思うよ。俺のゲームのアバターとは似ても似つかないもん。ああ、俺が心血を注いで作成したナイスガイだったアレは何処に……?


「…………」


取りあえず、落ち着こう。

混乱しているだけでは、何も始まらない。

取りあえず、ちゃんと観察してみる。


「……ふむ」


不本意なことだが女だと言われても納得の出来る中性的な顔立ちと、短いと落ち着かず、伸ばし続けてきたせいか耳元を完全に覆った黒髪、日本人にしては中々珍しいと言える赤茶色の瞳。

ふーん、俺って昔はこんな顔だったんだぁ(汗)……。

……え? マジで? マジで若返ってる?

どう反応すれば良いのだろうか……?


更に観察してみると、服装がゲームの服装と同じだった。

今の俺の服装は。

藍色の何も特徴の無いシャツに、漆黒のポケット無しなズボン。そして、これまた黒色の丈夫そうなブーツを履いている。

そして、その半身には真っ赤な太陽を表現している着物があった。

綺麗に半分、和と洋を分けている和洋折衷の服装。

首元にはアクセサリーのように見える黒色の勾玉を下がっていた。


一見ただの珍妙な衣服に見えるが、どれもこれも初心者はおろかベテランでさえ手に入れることは困難な、レア物だ。というか、服装が珍妙なのは、それが一番装備して良い効果があっただけで、断じて俺の美的センスの結果ではないことを分かって欲しいものだ。

そして。

前からは見えない後ろ腰に横向きになるように掛けられているのは、俺がいつも愛用している彼岸花

下手をすれば今の自分の身長を越えてしまえるような、大きな太刀。

俺はその刀身を赤く染まった鞘から引き抜く。


「…………」


やはり。

その刀は――どこまでも美しかった。実用性に全てを優先したかのように、装飾の一切無い刀。故にその刀は美しいのだと俺は思う。

ただ人を斬る――その一心で鍛たれたこの刀は、それが電脳世界における偽りの命だったとしても、……人を魅了させてしまうのだろう。


それが、俺の愛剣彼岸花だった。

刀身の横幅自体は細く短いが、それでも大太刀だけあって中々の重量だ。まあ、俺はゲームでかなり鍛えているから、羽のような軽さだが。


…………ふむ。

やっぱり、俺の身体能力はゲームと同じみたいだ。

試しに一回飛んでみたが、現実の俺ではどう足掻いても不可能な――ていうかオリンピック選手でも無理な高さまで飛べた。

流石はゲームキャラ。

さて、どうにかここがどこか分からないものか……いや、ここがゲームの中とも確認しなければならない。

何かあったっけな……あ、そう言えば、ゲームだと簡単に分かる手段があったな。


「メニュー」


そう呟いた瞬間、目の前にパッと宙に浮いた形で画面のようなモノが現れた。

一瞬だけ驚いたが、もう慣れたもので適当に操作する。

メール欄を見てみたが、運営からの通知は無かった。これで、俺がただ知らなかっただけ、という可能性は消えた。まあ、ありえないけど。

けれど、これでここがゲームの中ということだけは分かった。


「……そうか」


多大な安心感を抱いた俺と、何故か少しだけ残念に思ってしまった俺がいた。何故だろう……? そう思って考えてみたが、


答えは簡単だった。

……俺は、もう一度始めたかったんだろう。暗く優しい小さな世界に一人で引きこもらずに、厳しくも明るい外に出たかったのかもしれない。


「……無い物ねだりだな、こりゃあ」


取りあえず、これ以上色々と考えるのが面倒だ。一旦ログアウトするか。

そう思ってメニューを操作したが、しかし――

「…………んん? え? あれ? あれあれ? 」


……ログアウトボタンが無い。これじゃあ、ゲームから出ることが出来ない。

いや、マジでどうしよう? 俺家族いないから、ログアウト出来なかったら、割りと本気で困るんだけど……。


「……はぁ」


またバグか……。

まったく勘弁して欲しい。勝手にアバターが過去の自分に変わるし、ログアウトも出来ないなんて……どこのデスゲームだって話だ。


運営に抗議しておこう。俺はメニューのメール画面を開こうとして……また気づいた。――メール機能が無い。


「ふざけんなっ‼ 」


どれだけ問題を起こせば、気が済むんだ運営は⁉

こんなミスをするなんて、ふざけるにも程がある!

そもそも今までバグなんて一度も出たことが無いのに、何故今頃になって、こんな致命的なバグが何度も起こるんだよ!


…………いや。

…………本当にそうなのか?

ここまで運営がミスることなんてあり得るのか? 一度なら未だしも、こう何度もバグなんて起きるものなのか? それに、もしバグだったとしても、このリアル過ぎる世界は本当にゲームなのか?


……しょうがない。

一応もう一つだけゲームなのかそうじゃないのか判別出来る手段がある。痛いのはいやだったからやりたくなかったんだけどなぁ……。


しょうがないか。

俺はとあるスキルで一本の短剣を実体化させる。

投げやすいように加工された投擲剣。

それを俺は自分の左腕に――突き刺した。


「~~‼ 」


痛ったぁあ~!

ちょっと強く突き刺し過ぎた。刀身が肉の内部まで入ってる。それに、血がドクドクと流れている。


「くぅ……! 」


歯をギシギシを噛み締める。

本気で痛かった……! ていうか、今も滅茶苦茶痛い……ヤバい、泣きそう。

俺は痛みを必死に我慢しながら短剣を腕から引き抜いて、傷口にポーションを振り掛ける。

短剣によって空いた傷口が、淡い燐光と共に見事に塞がっていく――


傷口が完全に治る様を見届けて、俺は短剣をボックスの中に片付けた。と言っても、ただ非実体化させただけで、本当に箱の中に入れた訳ではないけど。


「……ふぅ」


さて。

状況を再確認しよう。俺が短剣で突き刺した左腕は、痛みを感じた。突き刺さるような痛み……! そして、パッカリ空いた傷口に、そこからドクドクと流れた血液。


現実世界であれば、剣を刺したら傷が出来てそこから血が流れるのは当たり前なのだが、生憎ゲームはそうじゃない。

痛みは感じないし、傷口も出来ないし、血だって流れない。


当たり前だ。ゲームで遊びに来たのに、わざわざ痛い思いを感じる必要なんてない。現実世界のように、転げれば傷が出来て、そこから血が流れて、普通に痛い――そんなゲームをしたいと誰が思う?


普通は思わない、誰だって思わない。

だからこそ、この状況は不自然だ。

痛みだけだったら、まだバグだと誤魔化せたかもしれない。しかし、痛みだけではなく、傷まで出来ていた。

流石に、それでゲームだとは思えない。

つまり、……何だ?


――本当に異世界に来てしまったということか?


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