半魚人とヨミと、『実験』
金欠! リアルでも異世界でも金は天下の回りものである。
とにかく金がないと生活できないのは、どっちも同じで懐事情がみそっかすな我々は何でもいいからクエストをこなして、まずは資金を調達しなくてはならない状況にあった。
オレとミラリー。そして、妙な縁で知り合ったヨミと共に、Bランクのクエストボードを見つめてどれがいいかと考えていた。
ヨミはBランクくらいならいけると、随分余裕の表情だったが、オレはBランクどころか駆け出し冒険者用のクエストすらこなしたことがないし、戦闘能力は皆無と言っても過言ではない。
ミラリーも変身をしてミラリアンになれば、おそらくBランクは楽勝だろう。なにせ、Bランクの討伐対象だったジャイアント・ガルーダを仕留めた実績があるのだから。
「しかし……ヨミ。お前、本当にBランクをこなせるような実力があるのか?」
「フッフーン? あたしを舐めておるねー? あたしはそんじょそこらの冒険者とは違うのだよー」
絵にかいたようなドヤ顔でヨミはニコニコと笑顔を見せた。そうは言うものの、様子だけを確認してもまるで歴戦の冒険者という雰囲気が出ていない。完全に調子に乗っている小娘にしか見えない。
ヨミは銀色の髪をキラキラと輝かせ、ぴょんと跳ねると、掲示板の上の方に張り付けてあった依頼書を手に取った。
「これにしよ!」
オレがその依頼書を覗き込むと、そこには『半魚人の島を攻略しろ』と書いてある。
このチドリの町の外側に広がる海原に一つ小さな島があるらしく、そこに半魚人が住み着いているらしい。奴らは度々船を襲っては強盗を働くのだと書いてある。この脅威を除外するため、半魚人の島に行き、半魚人を駆除すること。これがクエストらしい。
「半魚人の島って……。厄介そうなクエストに見えるが?」
「半魚人なんて、海の中に居なかったら、大した相手じゃないよ?」
ヨミは何でもなさそう言った。オレは不安から、ヨミではなく、ミラリーのほうに視線を投げる。
「ヨミちゃんの言う通り、半魚人は陸にいる間なら、動作は遅いしどうにかなる相手だけど、水中だと苦戦するかも」
「なら、その島から出さないように、撃滅する必要があるのか」
「半魚人は昼間は水中で生活しているけど、夜は陸に上がってるから、夜襲を仕掛けるのがいいね!」
オレはミラリーから簡単に半魚人の説明を受けた。
大きさは成人男性と同じくらいの身長をしていて、全身は固くヌメつく鱗に覆われている。
それから、知能も人間には劣るものの、道具を使って住居を建てるくらいはするらしい。中には人間と和解できる種もいるそうだ。今回の半魚人は海賊行為をしているので、和解は通じないだろうと補足された。
戦闘能力もそれなりのものはあるが、陸上に上がっているうちは動作が鈍るらしく、半魚人退治は夜、陸上で行うのがセオリーなのだとか。見た目は、オレのイメージ通りで合っているなら、頭部が魚で体は人間のように二足歩行する感じのようだ。
「問題は、数がどれだけいるかだな」
「島の大きさを調べてみたけど、そんなに大きな島じゃないよ。せいぜい二十くらい居れば多い方じゃないかな」
「二十って……結構な数じゃないか? ほんとに行けるの?」
こっちは三人……いや、オレは戦闘なんてできないし、実質二人。しかも一人は現状ただの小娘にしか見えないヨミと、エッチなお姉さんのミラリーだけだ。あ、このページはミラリーには見せられないな。
「平気だってば。あたし一人でも行けると思う」
「マジかよ。お前、そんなに強いのか? 武器も何もなさそうだけど……。魔法使い?」
武器が要らない戦闘要因なんて、ファンタジー世界では魔法使いくらいしか思いつかなかった。尤も、ヨミは杖とかステッキみたいなものすら持っていないが。
「魔法なんか使えないよ。使ってみたいなとは思うけど」
「あー、分かる。魔法使ってみたいよね!」
「だしょー?」
なんだか、妙なところでヨミとミラリーは意気投合した。口には出さなかったが、オレも同意はする。せっかくファンタジー異世界に来たのだから、そういう特殊性を味わいたいと思った。
オレはピクニックに行くような状況の女子二人の間で、やっぱり不安を拭えないままだった。
そんなオレの表情を読んだのか、ミラリーがこしょこしょとオレに耳打ちをしてきた。
「大丈夫、半魚人二十匹くらいなら、ミラリアンでやっつけられるよ」
万一、ヨミが本当に使い物にならない場合でも、平気だよ、とミラリーはウインクをしてみせた。オレは耳打ちされた耳朶がこそばゆくて、少しばかり頬を赤らめてしまった。
半魚人二十匹と戦隊ヒーローが戦うのは、ちょっと特撮っぽくて見て見たくもあるが、オレはこのヨミという少女に対して、一つの可能性を考えていた。
そしてオレたちは、依頼主の元へと挨拶に行き、半魚人の島を攻略する契約を取り付けてきた。小舟を貸してやるから早急に頼むと、商船を運営しているらしい中年のオッサンが沿岸に括りつけて碇泊させていた小さな舟のところまで連れて来てくれた。
オレたちは一刻も早く金が欲しいので、その日の夜、作戦を決行することにしたのだ。
夜、満天の星空の下、オレたちは穏やかな波をかき分けて出港した。オールで漕いで移動する小さな舟というか、ボートである。
オレは船を漕ぎながら、二人の会話を聞いていた。
「ねえねえ、ヨミちゃんがこの服選んだんだよね?」
「うん。可愛いよ、ミラリーちゃん」
「えー、そっかな! ありがとう、嬉しいよ。ヨミちゃんも、その服可愛い。同じ店のヤツだよね?」
「うん、あたし、あそこの店好きなんだ~!」
ガールズトークである。
これから戦いに向かうような空気感はなかった。思い返すと、確かにヨミと、ミラリーの服装は少し似ている。
二人とも、ミニスカートでへそ出しだし。だからこそ、こんな女子二人が、うちのパーティーの戦闘要員なんて信じられない。
オレが思い描いていたファンタジー世界は、無骨な鎧に身を包み、大きな剣や斧を担いで戦う印象があったからだ。
まさか、変身して拳闘で戦うヒロインが現れるなんて予想していなかった。
もっとこう……普通で良いと思うのだ。
オレの特殊能力だって、こんな異様な能力ではなく、普通にステータスがカンストしてて、ポコンと一発殴ればモンスターを倒せるような、そんな能力で良かったと思う。
あとは、それっぽくヒロインと交友を深めて、それっぽく冒険したり、スローライフしてれば、異世界転生はオールライトだと思います。
なのに、なんなんだ、この能力は――。
この仲間は――。
オレは、つい先ほどの『魔法』の話題に関して、盛り上がった時、ヨミという少女の発言に共感をしていた。ミラリーもだ。
もしかすると、このヨミという少女も……、オレたちと『同じタイプ』なのではないだろうか。
この剣と魔法の異世界ファンタジーには似つかわしくない『能力』を持っている、そういうタイプ……。もっと言うと、記憶喪失の可能性もある。この符号はなんなんだろうね。
「あ、見えてきた。島だ」
ヨミが明るい声を上げる。真っ暗な夜の海に浮かび上がる孤島は、ぽつぽつと灯りが灯っている場所がある。そこに半魚人が住んでいるのかもしれない。
「半魚人は魚眼だから、視力が悪いんだ。もうちょっと接近してもバレないよね」
ミラリーが確認するよう言う。オレはこくりと顎を落とした。
「あ、いるいるいるいる」
島にゆっくりと近づいていく最中、ヨミが闇の向こうを見つめて囁くように言った。
「よく見えるね」
「目は良いんだよね。じゃあ、ここでストップね」
ミラリーは島のほうをじいっと見ていたが、ヨミのように、すぐには半魚人の姿を捉えられなかったようだ。ヨミは、ここで舟を止めるように言うと、姿勢を低くしたまま、島の方角を睨んでいる。
ここから島まで、まだ二百メートルはあるように思える。半魚人の姿は豆粒みたいだし、奴らの居住地もミニチュアのような距離感だ。
「どうするの、ヨミちゃん」
ミラリーは怪訝な顔をして、ヨミがどう動くつもりなのか、気になっている様子だ。
あれほど自信満々だったヨミの、冒険者としての実力――。いかほどのものであるか、彼女も興味があったのだろう。
「まっかせてちょーよ」
不敵な発言をすると、ヨミは、何やら奇妙な動作を取った。
体を捻って、右手を自分の首の後ろのほうに持っていく。まるで、何か背負っているものを取り出すような仕草だった。
カチャッ――。
静かに響いた硬質的な音に、ミラリーが目を丸くして、息を呑んだ。
そして目の前で発生したことを疑うように、眼をしぱしぱとしばたたかせた。
どんな手品を使ったのかいつの間にか、ヨミの右手には銃器が握られていたのである。
長い銃身、スコープ付きのその銃器は、スナイパーライフルで間違いない。
「えっ、えっ。それどうやって出したのっ?」
ミラリーの驚愕の声に、ヨミはなんでもないような声で返事した。
「次元のポケットにしまってるんだよ。見えないホルスターみたいなもの」
「な、なにそれ……」
ミラリーの驚きを無視して、ヨミは、スコープを覗き込み、照準を整えていく。
そして、おもむろにトリガーを引くと、渇いた「ダァン」という銃声が潮騒の中に響いた。
「よし、一匹!」
ヨミは嬉しそうな声を上げて、ぺろりと唇を舐めた。そしてすかさず、照準を移動させると、無駄な動きなど一切なく引き金を引く――。
二発目の銃声が響き、どうやら、半魚人の二匹目の頭部を銃弾が貫いたらしい。
「いーねー、いい感じー」
「うそ、やっつけられてるのっ?」
当惑しているミラリーと対照的に、調子に乗っているヨミは、スコープを覗き込み、三匹目の獲物を捜していた。
この暗闇でも、きちんと敵を捉えられる視力と、エイミング技術は、ミラリーの度肝を抜くのも当然だろう。なにせ、こちらは波に揺れる海上の舟から狙撃しているのだ。
「へへへ。どこから撃たれてるのか気がついてないね。逃がさないよ~」
ダァン、ダァンと銃声が響き、こちらからは確認できないが、正確に半魚人を撃ち貫いているらしい。視力悪く、動きが鈍くなっている半魚人たちは、ヨミに対して恰好の的であった。
合間にリロードを挟み、慌てふためく標的を狙い撃ちにするヨミは、最後の仕上げと言わんばかりに、次元のホルスターにスナイパーライフルをしまい込むと、今度は別の銃器を取り出した。
それはもう、ゴテゴテとした重火器で、所謂ロケットランチャーで間違いなかった。肩に担ぐように構えると、ヨミが「フィーバーだー!」とテンション上がりまくった様子で、その照準を半魚人の住処らしき建物に向けた。
ガチン、と重い金属音がして、ドゴンという衝撃音が鼓膜を震わせる。そのあと、ヒュルルル……と打ち上げ花火のような音がしたかと思えば、真っ暗だった孤島に、明るい火炎の柱が立ち上った。
ドゴォォォン、と空気を震わせる爆発音がビリビリと肌を叩いた。発射されたロケットが、見事に半魚人の住処に直撃していたのだ。
――『クエスト・クリア』――。
そんなコングラッチュレーションなメッセージが表示されていそうな光景が広がっている。爆発を背景に、小舟に揺られる三人は無事に半魚人を撃滅したのであった。
――疑念が確信に変わった。
ヨミも、おそらくこの世界の人間じゃない。あれは剣と魔法の世界観の武装ではない。魔法にあこがれを持つ、特殊能力を持っている少女――。
彼女は恐らく、FPSの世界の住人で間違いないだろう。
この世界は、膨れ上がった人口の整理のために、異世界転生をさせられた者たちの、サラダボールなのだ。
「……それにしても……アルト、いい加減に起きなよ」
ミラリーが呆れたような声を出しながら、オレを揺すり起こす。
「くぁぁ……」
オレは欠伸をしながら伸びをした。目を開くと、オールを握っているミラリーがこちらをジト目で睨んでいる。
「よくこの音で眠りこけていられるね」
「ああ……うん。ちょっとした叙述トリックの実験だったのさ」
「じょじゅ……なに……?」
眉を寄せて、ミラリーはオレをまじまじと見ていた。
オレはこの夜、舟に乗り込んでから今まで、うつらうつらとしていた。
一度もオールなんて、握っていない。
……『舟』を漕いでいたって?
ああ、そうだ。オレは『コックリ、コックリと船を漕いでいた』のだ。オレの能力の実験のために。
実験としては上手くいったのかは、オレには判断できない。
だが、なるほど……この『文庫本』のチカラは……使いようによっては意味合いを変えることもできるだろう。
なにせ、読者はそれぞれ、独自の視点で文字を読み解いていくのだから。
「小説というのは……単なる物語を描いた文字の羅列ってわけじゃないんだな。特にこの『物語』に関しては」
にたり、とオレは面白そうに笑った。
書籍化できない異世界転生 花井有人 @ALTO
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