冒険者ギルドでクエストを

「遅いよ、もう~!」


 戻ってくるなり、ミラリーは涙目で抗議してきた。オレは素直に謝って、買って来た衣服が包まれた袋を渡してやった。岩陰でそれを素早く取り出すと、ミラリーは素早く着込む。

 やがて、岩陰から、上も下も布面積の少ない姿ではあるが、ミラリーが歩み出てきた。


「ねえ、ちょっと……」


 が、ミラリーはものすごく真っ赤な顔でこちらをじろりと睨んでいた。服の好みが合わなかったのだろうか。そう言われたって、ミラリーの好みなんか知らないし、今回服を選んだのはヨミだ。

 オレに抗議されても困る。ああ、ちなみに、ヨミとは店で別れた。

 ヨミが気に入ったという服をそのままチョイスして買って帰って来た。


 やはりというか、なんというか、胸付近だけを覆う程度の布地で、肩は出ているし、胸元も谷間が見えるし、ヘソ出しはやっぱり基本だった。

 スカートも短くて、膝上何センチと計るより、腰下から計ったほうが早いような気がする超ミニスカートであった。

 風でも吹こうものなら、ぱんつがすぐに見えてしまうんじゃないだろうか。ヨミという小娘は結構、大胆な服装を好むらしい。


「服の好みなんか、オレには分からないから、適当に選んでもらったんだよ。文句言うなって」

「そうじゃないってば!」


 ミラリーは、スカートのすそをきゅっと、握り、下に引っ張って隠そうとしている。ちょっと涙目にもなっていて、紅葉を散らしたような顔でこちらを上目遣いに睨んでくる姿は、なかなか萌える。


「ぱ……ぱんつ、ないんだけど」

「は?」

「だから、ぱんつがないから……、その、見えちゃうでしょ!」


 ミラリーの言葉の意味が、一瞬理解できなかったが、オレは前傾姿勢を取って、スカートを押さえるミラリーの様子に、合点がいった。


「い、いや待て! だって男のオレに、女の下着を買うのは流石に無理だって!」

「それなら、せめてロングスカート買ってくるとか方法はあったじゃん~! アルト、わざと狙ってない!?」

「違う、誤解だぁッ!」


 オレは暫く弁明のために、ミラリーから顔を背けて説明をすることになるのだった。

 結局、オレのシャツをミラリーに貸し与え、袖を腰に巻いて、お尻側を覆うように隠させることで、ミラリーとオレは、やっと港町に入ることができたのであった。

 ミラリーは、街までやってくると、オレに待つように言いつけて、改めて自分の服(って言うか下着)を買いに行って、万全の状態を整えなおした。

 気が付けば、もう日が暮れ始めていて、オレとミラリーは簡単に食事だけ摂って宿屋の一室を借りたのである。


「……しかし、ミラリーの……ってか、ミラリアン? の戦闘能力は凄いと思うが、変身するたびに服がなくなるんじゃ面倒だし、服も買いなおさないといけないなら出費がかさむな」


 オレはミラリーと二人、ベッドに腰かけて、今後の問題点を話し合っていた。

 オレ自身が全く戦闘能力がないから、これから二人で冒険していくにしても、ミラリアンの力に縋るしかない。だが、その度に毎度オールヌードになるのは色々とややこしいことになる。


「変身する前に、服、脱いだら?」

「……かっこ悪い」

「すっぽんぽんになるよりマシだろ」

「う……それはそうだけど」

「脱いだ服は、預かっといてやるから……。オレには変身を見られても問題ないんだろ?」


 オレは単純に効率的な意見を述べただけだが、ミラリーは恥ずかしそうに俯いた。


「それって、アルトにいっつも、私のぱんつ、渡すってこと?」

「……そこを意識するなよ。こっちだって気を遣ってんのに」


 敢えてそういうところを考えないように、意識しないように提案したというのに、ミラリーはしっかりと掘り下げてきた。

 まぁ年頃の娘が、自分の下着を男に手渡すというのは、そーとーな辱めになることだろう。


「じゃあ、私がどんなぱんつ履いてるのかも、分かっちゃうじゃん……」

「し、仕方ないだろ。そんなにまじまじ見ないから、我慢してくれないか?」

「ううーん」


 ミラリーは大きな胸の前で、腕組みをして唸った。そして吹っ切れたのか大きく溜息を吐き出して、観念の声をあげた。


「じゃあ、分かった。アルトにだけ、だからね」

「お、おう」

「ちなみに、黒だから」

「え?」

「ぱんつ、黒だから」


 何を思ったか、ミラリーは自分の今履いている下着を堂々とこちらに宣言して、自分の下腹部をちょいちょいと指さしていた。


「先に教えといた方が、なんか恥ずかしくなくなると思って」

「お、オレが恥ずかしくなるんだけど!」

「あはは! じゃあ、勝負は私の勝ちだね!」


 ミラリーはそう言うと、明るく笑って見せた。どうやら、今回の件に関しては、これで決着がついたということだろう。

 意外に開けっぴろげな対応をしてくれたミラリーにオレは内心、ほっとしていた。これで変にもめて、パーティーを解散なんかになると、オレはこの異世界で孤独にやっていかなくちゃならない。それは正直心細いのだ。


「じゃあ、明日からの予定を考えようよ」

「そうだな。記憶の手がかりを探すためにも、情報を集めないと」

「うんうん。だから、『クエスト』掲示板をギルドに見に行こう」

「クエスト?」


 なんとなく想像はつく。ゲームなんかでよくある『クエスト』なら、そこで依頼を受けて、問題を解決して報酬を獲得するやつのことだろう。

 なんとも奇妙だけれども、この異世界はファンタジー世界というより、ゲームチックな世界、と言うのが的確かもしれない。

 そうなると、オレが以前に仮説を立てた、『ガチャ』的ソーシャルゲームの発想は間違っていないかもしれない。


「ギルドは、大きな町なら絶対にある施設でね、ここでいろんな依頼を受けて、冒険に行くんだよ。報酬も貰えるし、情報も手に入る。まずは明日、ギルドに行こう!」


 ミラリーの提案に、オレは頷く。いよいよ、本格的に異世界冒険になるのだろう。

 ひょっとすると、その冒険を通じて、経験値的なものが手に入り、オレも成長をしていけるのかもしれない。

 そう思える理由が、ひとつあったのだ。


 ――オレの能力『書籍化』は、完全じゃないと思い知ったのだ。ひょっとすると、今後レベルアップを重ねることでスキルとして解放され、オレの『書籍化』は完成されていくのかもしれない。


 そして、翌朝のことだ。

 オレとミラリーは、ギルドという施設にやってきていた。

 目抜き通りを真っすぐ進み、突き当たった場所にそれは建っていた。煉瓦造りの建造物で周囲にはなにやら紋様が描かれた旗が立ててあり、公的な場であるというのを窺わせるには十分な印象だった。

 大扉を開き、中に入ると、かなり広い。

 現代人のオレからすると、ここはハローワーク的な場所という印象で定着した。

 周囲には多数の冒険者らしい人々が、何やら張り紙とにらめっこをしたり、受付で担当者と相談やら口論やらをしているのが目につく。


「どこに行けばいいんだ?」

「こっちこっち」


 ミラリーはオレの手を引いて、大きなボードの前まで連れてくる。そこには複数の張り紙が張っている。


「掲示板は、冒険者のランクに合わせて用意されてるから、依頼の内容も確認しやすくなってるよ」

「ほー? ここはどの程度のランクなんだ?」

「ここは一番簡単な駆け出し冒険者のための掲示板。人探しとか、物探しとか。モンスター退治とは無縁の場所」

「なるほど」


 オレは頷いて、張り紙をひとつ眺めてみた。なんと、あろうことか、その依頼書に描かれている文字は日本語であった。

 普通に読める。

 だが、ミラリーも含め、他の冒険者もその文字を読み解けていることから、この文字はオレの『書籍化』の文庫本と同じような仕組みなのだろうと想像できた。

 異世界人のための都合のいい設定なのかもしれないが、考えてみれば、オレの言葉が自動翻訳されてヨミなんかと会話できたことから、意思疎通に必要な技術は、不思議なチカラでどうにかなっているのだろう。

 便利で大変結構。


「何々~? 『ウチのネコが迷子になりました』。『逃げた妻を連れ戻して』。『恋人募集』。……どれもこれもぱっとしないな」

「アルト、私、もしかして結婚してたりするかな?」

 ミラリーは、『逃げた妻を取り戻して』の張り紙を見つめながら、妙にまじめな声で訊ねて来たので、オレは「違うと思うよ」と突っ込んでおいた。

 正直言って、ミラリーが既婚者だとは思えない。あくまでオレの中の常識に照らし合わせてではあるが。


「人探し以外のだと……『釣り竿がなくなった』。『下着泥棒を捕まえて』。『薬草を持ってきて』。……この『薬草を持ってきて』は、序盤にありがちなクエストじゃないか」

「そんなのやる暇があるなら、モンスター退治したほうが儲かるよ?」

「……お前は実際ゴブリン退治をこなしてたもんな」


 オレとミラリーは、人探しの依頼書を色々と見て回ったものの、どうにもピンとくる依頼はなかった。ミラリーのような女性を探しているような依頼書がないのだ。

 オレはともかくとして、ミラリーはこのチドリの町では人探しされるような人間じゃないのかもしれない。つまり、ミラリーはこの辺りの人間じゃないと推測ができる。

 尤も、ミラリーの特殊能力を考えると、この辺りの人間じゃないというより、オレ同様に異世界人の可能性のほうが強いけれども。


「ところでミラリー。これ、オレたちが依頼書を張り出す、ということはできないのか?」

「え? できるよ。あっちの受付に行って書類を申請すればいいんだもん」

「なら、いっそのこと、記憶喪失を治す方法を探してますって張り紙貼って、待ってたらどうだ?」


 オレの素朴な疑問に、ミラリーは「ぽかん」と口を開いたまま、目ん玉を丸くした。

 まさか、こいつ。その手段を思いつきもしてなかったのか。


「ダメで元々だし、クエスト申請してみようか!」


 ミラリーは明るく声を上げて、またオレの手を引っ張って受付まで連れていく。

 受付まで行くと、カウンターの女性がニコニコした業務的な笑顔を浮かべて、オレたちにお辞儀をした。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご相談ですか?」

「ちょっとクエストを張り出したいの。記憶喪失の治療法、求む! みたいな」

「記憶喪失の治療ですね、それでしたら、ランクB以上の高難度クエストに設定されます。その分、報酬額も大きくなりますし、手数料も高額になりますよ」


 と、ニッコリ言われて、オレとミラリーは顔を見合わせた。

 オレが視線で、「手持ちの資金は?」と訊ねると、ミラリーの視線は「ぱんつに消えた」と告げていた。


 黒のパンツはそれなりに高額らしい。


 結局のところ、オレとミラリーは、すごすごと受付から引き下がり、まずは何でもいいから潤沢な資金を用意するため、働こうと気持ちを重ね合わせたのである。


「……ランクBって、そんな厄介なのか。どらどら、どんなのがある?」


 オレがランクBの掲示板を眺めに行くと、そこにはなるほど、確かに一筋縄ではいかないような、中級か上級向けっぽい内容の張り紙が多い。

 どこぞの海域に現れる海魔を倒せ、とか、十年に一度しか咲かない幻の花を摘んでこい、とか。


「あー、なるほど、こりゃあ確かに難しそうだ」


 やっぱり、まずは薬草集めかな、とオレが最下級の掲示板に足を向けようとした時だ。


「ちょっとー! なんで討伐完了になってるの!」


 と、甲高い声が耳に飛び込んで来た。他にもざわざわと騒がしいギルド内では何やら大きな声で揉めている人間もいるが、その一際高い女の声にオレは聞き覚えがあったのだ。

 だから、つい、その声のほうに顔を向けてしまった。


「つい先ほど、連絡があって、ジャイアント・ガルーダが何者かに討伐されていると報告があったんですよ」

「ええー! だって、クエスト受けたのあたしだよ! せっかく色々準備してきたのにー!」


 ジャイアント・ガルーダ。

 その名前に、オレは聞き覚えがある。昨日、ミラリアンがぶちのめした巨大な猛禽類のモンスターがそれだったはずだ。

 そして、なにやら張り紙を突き付けて文句をやかましく吐き出しているのも、また昨日出逢った少女だった。


「ヨミ」

「あっ、昨日の人! えっと、アルトくん」


 オレは受付と揉めている少女、ヨミに声をかけてやった。ミラリーも後ろからオレを窺っていた。たぶん、ヨミが揉めている内容が耳に入って、他人ごとではないと思ったんだろう。

 そんなミラリーの服装を見たヨミは、オレの顔をもう一度見てから、ミラリーを見る。


「あー! その服! なるほど、このお姉さんがアルトくんの恋人?」

「えっ?」


 ヨミの言葉に、ミラリーが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になったので、オレは慌てて訂正をするとともに、ミラリーに昨日、服を買った時のことを説明するはめになった。


「ヨミ、別に恋人用の服じゃないって言っただろ。ミラリー、この子はヨミ。昨日、お前の服選びの時に協力してくれたんだ」

「そうなんだ。妙な縁だね」

「……で、ヨミ。何をここでひと悶着していたんだ?」


 オレたちとヨミは、話が長くなりそうだと思い、受付から離れて、ギルドの広間に用意されているテーブル席に落ち着いた。

 ヨミが依頼書をオレたちに見せ、頬を膨らませる。


「コレ。昨日クエスト受注したのに、今日来てみたら、そのクエストは無効になったって言うんだよ」

 その依頼書は『ジャイアント・ガルーダ討伐』というシンプルだが、非常に高難度のクエストであった。ランクは、オレが先ほど眺めていたBと同様だった。


「最近金欠だったから、これでひと稼ぎして服を買うつもりだったのに」

 ヨミの事情は呑み込めたが、オレは彼女がジャイアント・ガルーダを倒せるような熟練冒険者には見えなかったので、正直なところ、怪訝な顔をしていた。


「お前、これBランクのクエストだぞ? どうやってジャイアント・ガルーダを倒すつもりだったんだ?」

「え? そのくらいなら、あたしなら余裕だよ。なにせ、あたしは超スゴスゴ冒険者だからね」


 とても頭が悪そうな発言内容に、オレは更に怪訝な顔になった。

 なにせ、このヨミという少女の見た目は、どう見ても熟練冒険者という風貌をしていない。武器らしいものも持っていないし、昨日出会った時同様の、露出の高い服装で防具も身に着けていない様子だ。胸も小さいし、十五歳くらいの小娘にしか見えない。


「……まぁ、どっちにしても、そのジャイアント・ガルーダはもう討伐しちゃったからなあ、昨日」

「そうみたい。どこの誰だろう、冒険者マナーがなってないんだからさー!」

「ごめんなさい……」


 プンスコと言わせているヨミに、ミラリーは頭を下げた。


「ん? なんでお姉さんが謝るの?」

「それ倒したの、私なんだー……」

「……まじで?」

「まじで」


 暫しの沈黙のあと、ミラリーが討伐の証として道具袋から、巨大な猛禽類の羽を見せると、ヨミは甲高い声を出すこともなく、絶句した。

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