書籍化不可能な、『違和感』

 港町チドリ。

 オレが最初に立ち寄ったオードリーの村なんか比べ物にならない賑わった街で、正面入り口から中に脚を運ぶと、すぐに賑わいだメインストリートが出迎えてくれた。

 広い道の両脇に、宿、食事処、雑貨屋、食品売り場に――。


「おおおっ、マジであるじゃん! 武具屋!」


 オレは思わず声を上げて武具屋に飛びついた。こればかりはファンタジー世界じゃないと出くわせない店ではなかろうか。

 看板を見付けて、オレは扉を開けると、そこには少し暗めの照明に照らされた店内が広がる。思ったよりも店は広く、剣や、弓矢、斧や槍なんか色々と置いてある。


「すげえ、マジもんだ」

「あたりめえだ、ウチの武器がなまくらだとでも思ったのか」


 オレが感激の声を上げていると、これまた頑固爺みたいな店主がギロリとこちらを睨んで、ドスをきかせた声で凄んだ。


「いや、違うって。オレはマジで感激してんだよ。こんな立派な武具屋が本当にあるんだなってさ」

「ハッ、口は達者みてえだな。ウチくらいの店はどこでもあるだろうに。どこから来た?」

「あー、えっと。オードリーの村」


 恐らく店の主人は、オレに対して『どこの生まれだ』と聞いたつもりだろう。だが、オレはそういう意図と分かっていながら、回答した。

 異世界から来た、なんて、大抵の場合理解されないもんだからだ。


「ハッ、じゃあ田舎モンってことか。それなら、ここではしゃぐのも分かるってもんだ」

 がはは、と豪快に笑う爺さんに、オレは適当に合わせておいた。自分に扱える武器なんか、見ておいてもいいかなあと思ったが、残念ながらオレの今の手持ち資金はミラリーの金だ。

 オレのために使うわけにもいかないし、ミラリーの服を先に用意する必要がある。


「ゴメン、爺さん。実は、田舎から出て来たばっかで、この街が分かってないんだ。服を売ってる店捜してたんだけど、わかるかい?」

「なんだ、客じゃねえのか。まぁ、武器を扱うような体格してないもんなあ。服が欲しいなら、この大通りをひとつ奥に入った通りが衣服店が並んでるよ」

「ありがとう。金に余裕が出来たら、ここで護身用のナイフくらいは買うから、勘弁してくれ」

「期待しねえで待ってる」


 そう言って、爺さんはシッシ、と掌を振った。口は悪いが根は良い人間だと思った。オレの暮らしていた社会とは真逆だ。

 口調だけは丁寧だが、まるで心のこもらない接客をするのがウチの会社だった。うーん、ブラック。

 もう前世のことなんか考えない方がいい。オレはこの世界で、生きていくのだから!


 とりあえず、オレのミッションはミラリーの服を用意することだ。

 爺さんに教えてもらったように、大通りの一つ奥に入った道を歩くと、そこはファッションストリートだった。

 何やら色々な衣服店が軒を連ねていて、豪勢な店構えを築いているではないか。これは所謂ブランド物の店が立ち並んでいる流行の最先端なのではないかと考えた。


 オレはいくつかフラフラと店頭を覗き込んでは店の様子を確認し、身を引くということを繰り返していた。

 さっさと入れ。そう言いたいことだろうが、その店に踏み込むのはなかなか敷居が高い。

 なぜなら、オレが入らなくてはならない店は、女物の服の店なのだから。


 ミラリーの着ていた服装を考えると、ヘソ出しスタイルの、短いスカートが良いのかもしれない。

 通りを歩く女性を盗み見ていたが、なるほど、この世界の女性のファッションはオレの世界とはまるで違う。


 皆様方、テレビゲームはよく遊ぶだろうか?

 オレはそれなりにゲームが好きなほうだ。所謂ソーシャルゲームだって、気に入ったらそこそこ課金する程度には、ゲームをする。

 で、だ。

 そのソシャゲをするとき、課金と言えば、ガチャになるだろう。大抵その場合、お気に入りのキャラが出るまで回すもんだ。

 で、獲得した美少女キャラのイラストを見て、歓喜するわけだが……。

 イラストは随分可愛い美少女キャラが描かれるものの、その肌の露出度が高くなっていると思わないか?

 だからこそ、課金するという人間だっているだろう。

 だが、現実にあんな露出をしている女性が居たら、あっという間にネットに晒されることだろう。

 脇を見せ、胸元を覗かせ、太ももを晒し――そんな女性が居たら、痴女設定されても文句言えないと思う。

 だが、それがこの世界ではリアルなのだ。

 道行く女性はみな、露出度が妙に高い。眩しい。胸の谷間は見えるし、スリットが凄いところまで上がっていて、もうそれ角度次第で、見えるんじゃないかというスカートだったり、へそ出しなんかは当たり前で、君たちお腹壊さない? と心配したくなるのだ。


 そう言う服が並ぶこの通りの店で、オレは買い物をしなくちゃならないのだ。

 もう何でもいいから、買いやすいところでぱぱっと済ませてミラリーのところに戻るしかない。


「よ、よし。か、買うぞ……」

「どしたの、お兄さん?」

「ぎょえーっ」


 オレは昭和時代のような声を上げて転げた。せっかく覚悟を決めて一歩踏み出そうとしたというのに、不意打ちで背後から声をかけられたのだ。

 オレはバクバク言っている心臓を黙らせようともがきながら、声の主を見上げた。

 最初に目に入ったのは、細い脚。黒のニーソをはいていて、太もも付近でタイトな搾りと肉のふくらみが、柔らかそうなピチピチの肌を見せつけてくれた。

 そして、さらには短いスカート。もうあとほんの少しオレが視線を下から覗き込んでいたら、その内側の神秘は確認出来たことだろう。

 ミラリーと同じくらいのミニスカートだった。

 そして、やっぱりヘソが出ている。ヘソ出しは基本なのだろうか?

 そこから白い腹部を上がっていくと、ジャケットの下にインナーを着込んでいる胸が確認できた。

 確かな膨らみはあるものの、それは少々控えめで、ミラリーみたいに露骨な主張をしていない。胸元にはお洒落の為か、可愛らしいリボンを結わえていた。


「だ、だいじょぶ?」


 オレが転げてパクパクしているのを心配そうに声をかけてきた。その少女は、またミラリーとは別のタイプの美少女だった。

 銀色の髪はショートボブで綺麗に切りそろえられていて、大きな菫色の瞳がきょろきょろと動いている。


「だいじょうぶ」

 オレは平静を保ちながら、なんとか立ち上がった。

 相手は小柄だった。幼くも見える。ミラリーよりは確実に下だろう。十四、五歳くらいだろうか。

 以前もオレは思わず告白したが、妹系タイプの少女が好みだ。この目の前の子はまさにそういうタイプだと思った。まぁ要するに、オレのツボを見事に抉り抜いた美少女と言って良いだろう。


「あたし、そこのお店、入りたいんだけど」

 オレが正面に立っていてマゴマゴしていたので、見かねて声をかけたということか。


「ていうか、お兄さん。ここ、女の子の店だよ?」

「う……分かってるよ……」

「買い物に来たの?」

 銀髪の妹系美少女が、きょとんとした顔でこちらを覗き込んでくる。そんな純粋そうな目でオレを見ないでくれ……。お兄ちゃんは、ヘンタイさんじゃないんだ!


「い、いや実は知り合いの女の子に、服を買ってくるように頼まれたんだけど……。男のオレでは、店に入り辛くてね」


 嘘ではないが、こんな話をすぐに信用して貰えるものだろうか。リアルだったら、すぐにオレは、ポリスメンを呼ばれていても不思議じゃない。


「あ、そーなんだ。なら、あたしが付き合ったげようか?」

「え」

「いやー、実はね、あたしココのお店好きで、良く見に来るんだけど、見に来るだけで買わないもんだから、店員さんに睨まれてて。お金が溜まったらちゃんと買うつもりなんだけど、今日も覗き見に来ただけなんだ」


 てっへー★ と、言わんばかりに頬を染めて舌を出す銀髪の少女は、明るい雰囲気がまろび出ている。


「ええと、つまり、オレの買い物に付き合ってくれる代わりに、君のウィンドウショッピングのカモフラージュをするってことか?」

「そうそう。いいじゃん、じゃん」

「オレは助かるんだが……いいのか?」

「うんうん。堂々と試着もできそうだし!


 なるほど、つまり、男に服を買ってもらうためにやって来たカップルみたいな状況を見せれば、堂々と自分が興味ある服を試着もできるということか。


「じゃあ、頼めるかな」

「やったー! うえーい!」


 と、こちらの言葉も半分程度のところで、そいつはさっさと店の中には飛び込んでいった。

 オレも慌ててつつその後ろを追った。なんとも奇妙なめぐりあわせだが、どうにか服を問題なく買うことができそうだ。


「あっ、ヨミ! あんたまた来たの? 冷やかしなら出て行けって言ったでしょ」

 と、いきなり店員らしき女性に、銀髪娘は注意を受けていた。本当にブラックリストに載っているほどの常習犯だったのだろう。

「えー、いーじゃーん。それに今日はちゃぁんと買いに来たもんね」

「えー? 本当に?」


 訝しむ店員の前にオレは進み出て、銀髪娘のフォローに入った。


「あ、はい。まぁ買うのはオレだけど」

 ――正確に言うと、ミラリーだが。

「ほらねー。とゆーわけで、行こ行こっ」


 と、ヨミ、と呼ばれた少女はオレの手を引っ掴んで店内にノシノシと入っていくのだった。

 それから暫くまるで付き合っているカップルのように、ヨミが試着してはあれじゃないこれじゃないと引っ張りまわされることになった。

 どの服も、ぶっちゃけ同じようにしか見えなかったオレには、ヨミのファッションショーに対する感想をひねり出すのに苦労した。



 ――多分、今頃、ミラリーは「えっくちっ」とはだかんぼうで、くしゃみでもしていることだろう……。早く戻ってやるべきなのだろうが、ヨミは暫くオレを利用しては試着を徹底的に楽しむのだった。


 オレはヨミの服選びに適当に付き合いながら、『文庫本』を読み返していた。それでひとつ気が付いたことがあった。前々回の章だ。


(ん……なんだ、この違和感?)


 前々回の章『初戦闘と、ヒロイン』。

 オレはもう一度そのページを読み返すが、何か『違和感』があることに気が付いた。

 そして、その正体が何なのか理解して、ハっとした。

 小説なら必ず必要になるものだ。前々回の章では、その部分が露骨に示唆されていたから、その違和感が際立ったのだ。

 そもそも、『アレ』がないことに気が付いてから、最初から文庫本を見直したが、どうしようもなく基本的なモノが抜け落ちている。

 オレはこの『文庫本』の書籍化した場合を想定して、明確に、欠けているものがあることに気が付いてしまった。

 それが、何の意味を示すのか――。このページの時のオレには分からないままだった――。


 ただはっきりと分かったのは、この異世界転生は書籍化することがさらに困難になるだろうということだった。

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