大事なことなので二回言った

 異世界ファンタジーとは、剣と魔法の世界であって、尚且つステータスやスキルなんかがゲームチックに演出されるラノベのムーブメントを掻っ攫うジャンルなのであるが。

 そう言った世界観には絶対にそぐわない異質なキャラクターがオレの前で縮こまっていた。

 純白のピッチリとした身体のラインが描かれるスーツ。フルフェイスのマスクには大きなバイザー。胸には輝く幻想的な宝石。

 それは所謂、特撮ヒーローの姿である。


「ミラリー、なんだな、ホントに」

「うん。……ほんとは人にバレちゃいけないハズなんだけど……。アルトは問題ないみたい」

「え、バレちゃだめなの?」

「うん、そういうルールなの。ミラリアンは」

「ミラリアン?」

「そう、この姿の名前」


 オレはミラリーの語る事実に、正直まだ理解が追い付いていなかった。

 ここは剣と魔法のファンタジーで間違いないだろう。それが世界の基盤らしい。ゴブリンやらジャイアント・ガルーダやら見てもその世界観に納得する。

 だが、このミラリーはなんだ。明らかに異質だ。

 オレはますます、このミラリーという少女が、オレ同様に、死神に人事異動させられてきた異世界人じゃないかと考えた。

 だから、記憶がないし、こんな世界観ぶっ壊しの特撮キャラが出てくるのだ。きっとミラリーが元居た世界は、そういう特撮みたいなヒーローが本当に実在する世界線なのかもしれない。


「武器も持たずに、どうやってゴブリンを退治したのかと思っていたら……」

「変身して、キックとパンチで倒せるよ。大抵のモンスターは」

「そうなんだ。強いんだな、ミラリー」

「えへへ。でも、変身できるのは一日一度だけ。あんまり長い間は変身の姿を維持できないの」

「ふうん? どのくらいなら持つの?」


 お約束な設定だな、と思いながら、ミラリーの姿をまじまじと観察した。

 戦隊もののホワイトの枠組みってたまにいるけど、あんな感じだ。女性が変身するなんちゃらレンジャーホワイト。腰回りはひらりとしたミニスカートみたいになっていて、可愛らしいところもある。

 まぁ最も目を引くのは胸だが。


「三十分が限界……。だから、もうちょっとはこのままでいられるんだけど……」

「ほー。なら今のうちに、そのままチドリの町まで行っちゃおうぜ。またモンスターに襲われたらたまらん」

 もしミラリーが変身が解けてしまえばいよいよ戦闘能力がなくなる。だから変身中に、さっさと移動したほうがいいとオレは考えた。


「そ、そうだね。いそごうか」


 ミラリーも焦っている様子で、同意した。


「えっとじゃあ、アルト、私におぶさって?」

「は?」

「ミラリアンになってる間なら、私の力は何倍にも強くなっているの。アルトに合わせて移動するより、私がアルトをおんぶして、移動したほうが早いから」


 そう言うと、ミラリーは少し前かがみになってこちらに背を向けた。

 オレはそんなミラリーに、思わずドキン、と胸がなかった。


(いくら相手がスーパー戦隊系ヒロインって言っても……女の子に成人男性がおんぶって……どうよ)

 ああそうだ。ここに来て妙な男としてのプライドが反応してしまった。

 なにせこちらに背を向けるミラリーの華奢な身体のラインと言ったらなかった。腕も脚も細く、そして、柔らかそうな曲線美を見せつけている。


「どしたの、早くしないと、変身が解けちゃう」

「あ、ああ」


 ミラリーもちょっと慌てた様子だったからオレを急かした。オレは悩みながらもその声に促されるまま、ミラリーの白い背中に身体を預けた。

 ひょっとしたら、押し倒してしまうのではないかとすら思える体格差だったが――。


「よし、じゃあいくよ!」


 ひょいと、まるで赤子をおんぶするかのように簡単にオレは持ち上げられた。オレは今、ミラリーの道具袋も装備しているから、おそらく体重は八十キロを超えていることだろう。

 それを、見た目だけなら五十キロもなさそうな少女の身体をしたヒロインが悠々と持ち上げた。正直、ギャップが凄くて、オレは思わず「うひ」と悲鳴と上げたほどだ。


「ちゃんと捕まってて。急ぐから!」


 そう言うと、ミラリーは跳躍した。


「うわあッ」


 信じられない動きに、オレは今度こそ、露骨な悲鳴を上げて、ミラリーにくっついた。ほとんど無意識にミラリーの後ろから肩越しに手を回して、掴めそうなところに掌を押し付けたが――。


「やっ……アルト、そこ、ダメ!」

「んげっ、いやゴメン! 違うんだ!」


 しっかりと胸を鷲掴みにしてしまったオレは慌てて手を引いた。でもそれでワタワタと慌ててしまって、バランスを崩す。


「か、肩を握ってて!」

「あ、お、ハイ!」


 恥じらうミラリーの声に、オレはもう頷くしかなくて、細い肩に両手を乗せて掴んだ。


 ――ビュウン!


 ミラリーが軽やかに跳ぶ。

 そのジャンプは、まるでバッタのように、高く跳びあがり、潮風を感じさせてくれるスピード感もあった。優に五メートルはジャンプしているだろうか。

 この跳躍力で、先ほどの猛禽類の化物を捕えたのだろう。本当に、ミラリーは、ミラリアンという変身ヒロインなのだと実感するに至った。

 このスピードならば、あっと言う間にチドリの町に到着できるだろう。

 なんとも、オレの相棒はこんなにも特異性あふれる人物だったかと、なんだかガキんちょみたいに喜んでいる自分がいるのに気がついて、オレは思わず感動で目を輝かせていた。


「アルト! ほら! 街が見える!」


 一際高くジャンプして見せたミラリーは大きく声を上げて教えてくれた。

 眼前には青い海原が見え、その手前に漁港だろうか、船がいくつも停泊していた。更にその周囲には沢山の建造物が見える。

 人の営みが見える、賑わった街。港の町のチドリは、異国の絵画に描かれたような、そんな印象を抱かせてくれる中規模の町に見えた。


「すっげぇ……」


 決して、日本でサラリーマンをしているだけの人生では体験することができなかっただろう、その街の景色は、オレの網膜に焼き付いて、胸を高鳴らせてくれた。

 オレは、今、冒険をしているのだと、はしゃいでいた。はしゃがずにいられるものか!


「町の近くまで行ってから隠れるね!」

「このまま町に入らないのか?」

「ミラリアンの姿はできればあんまり見せたくないの!」


 そう言えば、人に正体を知られてはならない、みたいなルールがあったらしいし、実際こんな異質な姿をした人物が町中にやってきたら大騒ぎになるだろう。

 オレはミラリーの言葉に同意して、オレとミラリーは町の傍の岩陰に、一度身をひそめた。


「アルト、私、ここでまってるから……。ちょっと先に町に行っててほしいの」

「え? 変身解いてしまえば、このまま一緒に行けるだろう?」

「……だ、だから……それが私の『ちょっとした事情』、なのよ……」


 なにやらまごつくミラリーに、オレは全く腑に落ちなくて首を傾げてしまった。

 ちょっとした事情、とはどういう意味だ。変身した姿を町の人間に見られたくないのは理解できたから、その変身を解除して町に行けばいいだけだろうと思ったのに、ミラリーはそれも拒んでいる様子だった。


 ――ピロリン! ピロリン! ピロリン!


「な、なんのアラームだ?」

 まるでスマホのアラームのような電子音がどこからか聞こえた。と、共に、ミラリーの胸の宝玉が点滅を繰り返しているのに、気が付いた。


「あっ、うそっ……もう時間切れ!?」

 ミラリーは慌てだしていた。表情こそ、フルフェイスの仮面で見えないが、声は露骨に取り乱していると分かるものだった。

 突如、ミラリーの身にまとっている純白のスーツが煌々と光を放ちだし、粒子が舞い散っていく。


「や、やだっ、アルト、だめ!」

「え?」


 ぷわぁぁぁッ――……!


 不思議な光の暖かさに身を包んでいたミラリーの姿は、その光がゆっくりと弱まり、身体に纏わりつくような光の粒子の数々が剥がれて風に溶けていくようだった。

 変身が解けるのだとオレは直感した。あの胸の宝石は、変身のタイマーみたいなものだろう。いよいよ変身の時間切れということだ。

 やがて、ミラリーは光の中から、普段のミラリーの姿へと戻っていく。金色の髪と青の瞳――。

 そして、スーツ姿はたちまち――。


「へ?」

「み、みないでアルトー!」


 がばっとミラリーは身体を丸めて泣きそうな顔で訴えてきた。

 光が完全にミラリーの身体から舞い散った後……ミラリーは、ミラリーの姿へと戻っていた。

 まさに、『生まれたままの姿』で。


「な、ななな、なんで裸になる!」

「だ、だから、これがちょっとした事情なのぉっ!」


 オレは思い出した。ゴブリンの巣でミラリーに初対面した時、なぜ、彼女が全裸だったのか。

 事情がある、と彼女は言ったが……。


「へ、変身すると、来ていた服が全部消えちゃうんだよぉっ……!」

「……ウソでしょ……」

「ほ、ほんとでしょー!」


 なんという酷い変身システムだ。致命的欠陥と言っても過言じゃない。


「だから、アルト! 先に町に行って服を用意してきてーっ」


 真っ赤な顔をして身体を丸めて必死に隠さないといけないところを隠すミラリーに、オレはコクコクと頷いて、チドリの町に向かって走り出した。

 

 オレの相棒はこんなにも特異性あふれる人物だったかと、なんだかガキんちょみたいに喜んでいる自分がいるのに気がついて、オレは思わず感動で目を輝かせていた。


(このテキストはコピペですが、意味合いはまるで違います。なんて密かに思ったね)

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