初戦闘と、ヒロイン

 夢はでっかく。

 ではないが、オレは空白ページに、ドドンと、『書籍化 決定』を書きなぐった。

 これで、この『文庫本』が書籍化するなら、オレがここに直接書くことで、オレの思い通りの未来を、『文字通り』に『描ける』ということになる。


「ど、どうだァ! これで書籍化だぁ! 見てるか、KADOKAWA-ッ!」


 オレの雄叫びは、天に高く響いた――ような気がしたが、横で見ていたミラリーは、ジト目をしてこちらを見ていた。


「……それ、なんて書いたの?」

「は? 見ればわかるだろ、『書籍化 決定』だよ」

「書籍化決定の、意味も分からないけど、それ、文字なの?」

「はい?」


 ミラリーが怪訝な顔をして、オレの書いた字を、見ている。

 オレは改めて自分の字を覗き込んだ。うん、間違いなく、『書籍化 決定』と読める。確かにオレの字は綺麗とは言い難いが読めないまではいかない。

 日本人なら誰が見ても『書籍化 決定』と読めるだろう――。


 ――日本人なら?


「まさか、ミラリーは日本語が読めない?」

「日本語? どこの言葉?」

「いや、ちょっとまて、それはオカシイ。だって、オレの文庫本を見て、ミラリーは意味を理解していたよな。オレがミラリーのこと、エッチなお姉さんだと思っているのを把握したよね?」


 オレはつい先ほど、ミラリーが自分の文庫本の中身を覗き見て、内容をきちんと把握しているのを確認している。

 『文庫本』の文字は、日本語だ。オレには少なくとも、日本語として、記載されていると認識されている。

 その文字を見て、ミラリーは内容をきちんと把握していたはずだ。


「えぇ? アルトのその本に書いてあるの、この国の公用語だよ。ニホンゴ、じゃないよ。それは絶対」

「えぇっ? オレから見ると、この文庫に記入された自動書記は、日本語で書かれているように見えるぞ」


 何度目を凝らしても、オレには『文庫本』の文字が日本語にしか見えない。見えないが、ミラリーも嘘を言っているように見えない。


「もしや……この文庫本に自動書記された文字は、見る人間に合わせて、文字が違って見えてるのか?」


 その仮定で考えると、ミラリーも、オレも、文庫本の文字を理解できている理由の説明にはなる。

 だが、オレが自分の手で文字を書いた日本語の『書籍化 決定』は、ミラリーからすると、文字と認識できない奇妙な図形にしか捉えられなかった。そういうことになる。


「じゃあ、この文庫本に、オレが直接文字を書き記しても、自動書記の『特殊な文字』と認識しないから、無意味ってことか?」


 なんてことだ。だったら、自由自在に物語を好きに作り上げていくようなこともできないじゃないか!


「……そうか、つまりこういうことか。ミラリーからすると、今オレが書いた『文字』は、文字にすらなってない」


 オレは一番分かりやすい状況説明を思いついた。

 それこそ、オレの能力『第四の壁』に触れる方法で、だ。


 いいか、諸君。今この『書籍化できない異世界転生』を君たちは『横書き』で見ているだろうか?

 それを『縦書き』にして読んでみて欲しい。

 その状態で、オレが『書籍化 決定』と書きなぐったページをもう一度見てくれ。


 ――文字に見えるか?

 見えないだろう? ミラリーの視点からすれば、オレの書いた文字は、文字に見えていない。つまり、そういう視点で見えているのだ。


 なんてことだ、これじゃやっぱりこの作品、書籍化できねぇじゃねえかッ!


「な、なんか良く分かんないけど、アルトのその本に文字を書いても意味がないってことかな?」

「そ、そうみたい」


 なんなの、この能力、ぶっちゃけメリットがいまいち分からない!

 ねえ、もし、これが数千万PV行ったとしてもさ、どうやって書籍化するの? おしえて、担当者さん、編集者さん。オレも考えとくから。


「落ち込んでいるところ悪いけど、もう出発しよう? 大丈夫だよ、戦いは私に任せて、アルトはアルトでできることをこれから見付けて行けばいいんだから」


 ミラリーは落ち込むオレに、手を差し出して、立ち上がらせてくれた。

 情けないやら、恥ずかしいやらで、オレはその手を取りながら、ミラリーの優しさに目を潤ませていた。

 こんないい子、日本にいないよ、多分。少なくともオレの傍には居なかった!


 いいさいいさ、頑張る。オレのこのぶっ壊れスキルだって、いつかどこかで役に立つ。オレはそう思います。ミラリーの言葉を信じます。


 こうして、オレは結局なんの取柄もないサラリーマンのまんま、異世界での冒険の一歩を踏み出した。

 オードリーの村から歩き出したオレたちは進路をチドリの町へと取り、広い森のわき道を進み始める。

 濃ゆい緑の香りは、オレの少年だったときの心を刺激するような気がした。

 遠足だとか、探検。そんなワクワク感だ。

 先を歩くミラリーは、軽やかに歩みを進めていく。中々の足の速さだと思ったが、これが冒険者という人間の足腰なのだろう。オレはちょっとばかり意識的に早く歩かないと、ミラリーに置いて行かれそうに思った。

 それから、森の中を進んでいくと、ゆっくりと視界が晴れてきた。

 森を抜けると、そこは潮の香りが漂う海岸線に繋がっていた。


「海か!」

「うん、チドリは港町だから。人も多いし、情報も沢山。仕事も余るくらいあるはずだから、食い扶持には困らないと思うよっ」

「そうか~。オレでもできる仕事があればいいけど」

「大丈夫。アルトって結構心配性だね」

「……ミラリーが呑気なんじゃないの?」

「えー? 酷いよ。私、デキる女だよ?」


 目をシイタケみたいにして、キンキラさせてのドヤ顔を作るミラリーに、オレはどこか救われた気分になった。

 不思議と、難しいことを考えるのがバカバカしいと思わせてくれる、そんな感じだった。

 オレはこれまでブラック企業で染みついた、固い『意識』がミラリーによって、やんわり揉み解されていくみたいな感覚を持っていたのかもしれない。


「これから、楽しいこと、たくさんあるよ!」

「そう、だな。そうだよなっ!」


 ミラリーはふわりと舞うようにステップを踏む。それはもう、ファンタジーの世界で間違いがなかった。

 オレは、この世界なら、祝福された人生を送れるかもしれない、なんてチョロアマなことを考えた。


 が――。


 ぶわぁっ――!

 凄まじい突風がオレと、ミラリーを襲った。

 なんだ、と思わず顔を庇ったまま、周りを見回すと、オレは陰の中にいると気が付いた。

 さっきまでいい天気だったはずだと、空を見上げて、顎がぼろんと外れてしまった。


「な、ななな、なん、ななん……?」

「ジャイアント・ガルーダ!」


 オレとミラリーの上空に、巨大な全長三メートルはある猛禽類がバサバサと翼をはためかせて飛んでいたのである。


「ご、ゴブリンどころの相手じゃねえッ」


 オレはいきなりの遭遇戦に、ゲロでも吐き出すかというほどに青ざめていた。巨大な身体、鋭い爪、固い嘴(くちばし)、逞しい翼……!

 どこを見ても、丸腰のオレとミラリーで太刀打ちできるような相手じゃないと一目で分かるッ!

 ミラリーはジャイアント・ガルーダと言ったが、どのくらいのモンスターなんだ。これは、序盤で出てくるモンスターじゃないよねッ?


「アルト、逃げて!」


 ミラリーが叫ぶように言った。オレはいきなりことで、戸惑って、とっさの判断ができない。

 巨大な猛禽類は、爪をオレに向けて振り下ろすように、飛び掛かって来た。


(し、死ぬ)


 ……ぐんっ。


「!?」


 オレは自分の意思とは無関係に、何かに身体を引っ張られた。そのおかげで、オレは間一髪、ジャイアント・ガルーダの爪を回避できたが、そのままもんどりうって倒れ込んだ。


「いってえ」

 ちょっと手を擦りむいただけだが、予期せぬ動きにオレはもう何が何やら分からない。


「アルト、平気ッ?」

「お、おおう」


 ミラリーが遠くからオレに声をかけた。転んだせいで、ミラリーとの距離が開いた。敵は、それで標的を今度こそ、オレに絞ったらしい。ギロリと黄色の目玉がこっちを睨みつけてくる。


「アルト、一度森まで下がって! 森の木の下なら、ガルーダは襲ってこない!」

「お、お前はっ?」

「私は、なんとかなるから! はやくっ」


 ミラリーは森に引き返せと甲高く叫んだ。ガルーダも高く鳴いた。もうオレは考えている余裕がない。

 言われるままに森に引き返すように駆け出した。


「ぬおおおおっ」

 これまでの人生で最大の全力疾走をしていると言っても過言じゃない。心臓が破裂しそうなほどにオレは走っていた。火事場の馬鹿力というヤツだろうか。自分でも驚くくらいの速度でオレは逃げた。

 後ろから凄まじい気配が迫ってくるのが分かる。振り向くヒマもないほどに、オレは森だけを見つめて駆けた。


「ひんぎいいいいいっ」


 ぎゅああああっ! と、現実では聞くことがないだろう悍(おぞ)ましいモンスターの声を耳にして、オレは恐怖を覚えずにいられない。

 死んでたまるかこんちくしょー!


 死に物狂いの全力疾走をする背後から、突如、凄まじい爆風がオレを襲った。ガルーダの巻き起こす突風だろうか。オレはその強風にあおられて、足がもつれて倒れた。

 もう、立ち上がれない。足がすくんでいる。走り過ぎて震えている。もう森は目の前なのに。


 オレは恐怖に滲んだ顔で、振り向いた。迫りくる凶鳥が飛び掛かってくるだろうと思い込み、泣きべそかきそうな表情だった、と思う。


 だが、オレが見た光景は、それを裏切っていた。

 ジャイアント・ガルーダは、オレに飛び掛かるどころか、空中で激しくのたうち回るように飛び回っていたのだ。

 バタバタと翼を暴れさせ、落ち葉みたいに、羽を散らし、何かにもがいていた。


 オレは、何事だとその様子を慌てながらも凝視した。

 すると、ガルーダが悶絶している原因を発見できた。


 なんと、ガルーダの背に、何かが乗っている。それを引きはがそうとして、ガルーダは暴れているのだ。


「なんだ、ダレだ?」

 それは人のように見える。

 巨大な怪鳥の背中に張り付く姿は、陽の光を反射させてキラキラと輝いている。まるで、純白の鎧に身を包んだ騎士のような姿のその人物は、ガルーダをそのまま地面に叩きつけようとしている様子だ。

 ガルーダはすさまじい声を上げ、純白の騎士を落とそうとするが、いよいよ力負けしたのか、騎士の殴りつけた一撃で、地面に墜落した。


 どずん、と凄まじい振動を起こし、ガルーダは完全に気絶していた。


「……た、たすかった」


 オレはぽかんと、そのまま起き上がれず、様子を見ていた。

 ガルーダの背中から、スっと立ち上がった純白の騎士のシルエットはスリムで、美しさが際立っていた。流線形のその姿は丸みがあって未来的なデザインだと印象づいた。

 ……もっと言うと、それは中世ファンタジー世界に出てくる鎧の騎士、というよりは――。


「特撮ヒーロー?」


 そう。仮面ナイトー、とでも言うべきだろうか。まるで特撮のヒーローのような姿をしている。フルフェイスのマスク。妙に細かい線の入ったスーツ。光る拳と宝石みたいなものが埋め込まれている胸部――。

 胸部。

 おっぱい。

 そのヒーローにはおっぱいがあった。


 よくよく落ち着いてみれば、スーツが描く身体のラインは、女性らしい。


「え? 女性……?」

「ぎく」

「ミラリー、だよな?」

「ぎくっ」


 その胸の形は、ミラリーで間違いない。そして声で分かった。


「ミラリー」

「……はい」


 その純白のヒーロー……いや、ヒロインは、ミラリーで間違いなかった。

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