第十七話 未来と夜空と希望

「ねぇ。」


ふいにエレナに話しかけられ意識が平静に引き戻された。

僕の問題なのに、何を考えているんだ。

特に彼女を見ていると自分の内に潜む何かが黒々とした感情を掻き立てる。

真っすぐすぎる姿勢、まっすく過ぎる努力、真っすぐすぎる思い。

イライラする。


「リュカさんはどうしていつも本気を出さないんですか?」


ばれてる・・うまくやっていたはずなのに、うまく騙せていたのに。

リュカは驚きを隠せなかった。

教官にも訓練生達にも気取られないように行動してきた。


ばれて困ることはない・・けれどほとんど接触のないエレナに知られていたという事実、

それがリュカにとって恐れとなり、彼女への疑念が膨らんでいく。

この少女の視ているものは何なんだ、当たり前のように僕が作り出したものを

壊してみせる。


「本気・・出してるつもりだけど。」

「そうですか。」

割とあっさり引き下がるんだな、とリュカは安堵し、不思議と少し失望を覚えた。


「本気出すときは言ってください」

リュカの心臓が跳ね上がる。

「わたし一度でもいいのでリュカさんの本気の剣見てみたいんです」

全然引き下がってない・・というより僕の言葉は全力で否定されているようだ。

彼女は自分の直観にかなりの自信を持っているようだ、いや確信か。


「あのさ僕が本気出して誰か得でもするの?勉学も剣もトップクラスだし、

誰も何も不満はないでしょ、それにこういうの僕の自由だよね、君にとやかく言う権限ないと

思うんだけど。」

苛ついてしまったせいで、少々窘めようと思っただけだったのに

語気が強くなってしまったような・・気がする。



エレナが少し間をおいて話す。

「確かにわたしの完全なわがままですね。剣になると見境ないというか・・」

リュカの心に痛みが走る。

何もあんな言い方をするつもりなんてなかったのに、今日の僕は少し変だ。

さっきのエレナのあの黒い瞳。

息を飲んだ。

あの黒い瞳の中に吸い込まれそうな闇があった。

『剣になると見境ない』

確かに・・・。

あの時美しくも恐ろしい執念ともいえる鋭い光を感じたのだ。



「ところでリュカさんはこんな所で何をしてたんです?」


エレナの一言でリュカは自身の目的を思い出した。


「星を見てたんだ。星読み士になりたくて、こうしてよく星が見える夜は

観察してる。」

リュカの言葉を受けて夜空を見上げるエレナ。

最近は剣にばかり集中していたが、こうして夜空を見上げるのは久しぶりだった。

「本当だ、まるで故郷の山で見る宇宙と一緒です、懐かしい。」

「山・・?」

「狩りを終えるまでは家に帰ってはならないと、おじい様に言われて夜中になると

山は真っ暗で帰る方向を見失うんです。でも夜空を見ると進むべき道を示してくれる。」

修行の一環としてクアドラが狩りをさせていたが、出発から帰宅まで英雄クアドラが付かず離れず

エレナを見守っていたのは言うまでもない。

「そう・・なんだ」

自分が思うのもなんだが、こんな幼気な少女を真夜中まで山に放り出す・・って

割と恐ろしい家庭環境なんだな・・。


「じゃあ、リュカさんは将来星読み士になるんですね。」

「・・ああ、そのつもり。僕にはその才があるからね」

そのつもりだった。

何故なら僕は生まれた時から特別だったから。

人は宇宙を見て星が輝いているという。

けれど僕の瞳には全く違うモノに映っていた、勿論輝く星は当然のこと、その先の銀河その周りのプラズマダスト、そのさきの広がる宇宙を望遠レンズなんて使わずに視る事ができた。

星読み士になりたいものなら憧れずにはいられない稀な瞳。

その瞳でこの国一番の、いや世界一の星読み士になるつもりだった。


星読みは歴史が深く、国家でも魔法剣士に次ぐ、いやこの瞳を持っている僕ぐらいなら

同等の価値があると認められている。

そう、国家にとっては価値、それでも僕にはこの瞳が誇りだった。

天から授かった星読みの才。

星読みは未来を視る水晶玉だという者がいる、でもそれは間違っている、宇宙の明暗、その日の星の瞬き、流星の数・・・それらを加味して繊細な答えが導き出されるものが星読みの神髄。

宇宙と地上は切っても切り離せないもの・・それはお互いに呼応している。

地上の声を聴くのに、僕は宇宙を通して会話できた。

あの時までは・・・。


10歳の時高熱を出したあの夜、僕はその力のほとんどを失った。

絶望・・・もう星読み士になる気など微塵もなくなってしまった。

病状が回復しても他の星読み士より、少し視える程度。

そんな瞳ならもう、僕にはもいらない。

一番になれないなら用済みだ。


そこに召集命令が下って、気を紛らわすために僕は来た。

水色の瞳だけは5歳の時から変わらず、今は魔法剣士として生きていくのか・・

自分でも答えが出せないでいる。


「そっか!星読み士で成功したら、わたし自慢してもいいですか?」

あどけなく笑うエレナに、ふと疑問が湧いた。

「エレナ、君は何を目指しているの?」

「わたしですか?勿論人助けです。」

「あ、いや僕の言い方が悪かったかな、将来どうなりたいかって事なんだけど」

「ああ、それなら。」

満月を背にして少女は両手を広げる。

「すべての人を救いたい。」

馬鹿げていると言いたいのでしょう、と少女は苦笑する。


「他の魔法剣士よりも劣っているのはこの私が一番知っています。でも、それでも小さな一歩でも

前に進めば私は強くなれる。目の前の困った人を助ける力を身に着けられる。

振り返っている余裕なんて私には微塵もない、ただひたすら進むだけなんです。」


リュカは彼女の瞳に言葉に呑み込まれていた。


人によっては綺麗ごとに聞こえるかもしれない。

けれど、僕は知ってるんだ、彼女が誰よりも血の滲むような努力を続けていることを。

彼女の手を見ればわかる・・細い指に血豆が潰れてた跡が痛々しく残っている。


「この先もわたしは進んで進んでその先へ行くだけ、たったそれだけです。」


凛とした表情。

彼女の横顔が満月の光に照らしだされ、神々しくも見える。

それが楽しいとか天賦の才があるからだとかではなく彼女自身が選んだ指針なのだ。

僕と彼女は全くの別物だ、重ねてしまった自分が不甲斐ない。

芯がある人、この人は紛れもなくそれに該当する、対極に僕の芯はぐらぐらに

揺れているじゃないか。

勝負にもならない。


「リュカさん!」


エレナは人差し指で宇宙を指す。


「わたしはあなたに追いつけないかもしれない、でもわたし、もう一度出会う時は

あの星くらいに輝いているといいなぁ、いえ、そのくらいにはなって見せます。」


リュカが押し黙ったままエレナの手を取って軌道修正する、その先にあるひときわ輝く星、金星。

明るいうちからその輝きが地上の者たちにも届きはじめる、宵の明星と称される美しい星。


「僕もその先を行ってみたい・・・」


リュカの手に力が入る。

ほぼ無自覚だった、願望をただ口にしているだけ。

確かなのはこの少女の進む道に何もないかもしれない、けれど見なければ絶対に後悔する。

そう思った。


「手・・」


固まったままのリュカだったが、指摘され慌てて手を放そうとした時。気付いた。


彼女の木刀には今だ魔力が付与され続け、それは物理的にあり得ない事。


「星読みの瞳って、千里眼のようになんでも視えていると思われてるみたいだけど、そうではないんだよ」

唐突な話にエレナが困惑する。

「覗く・・に近いかもしれない。」

手は握られたまま、リュカは彼女を自分の方へ引き寄せる。

彼の瞳はエレナを視ている様で捉えどころのないところを視ているようだった。

やはり・・こんな事が現実にありえるのか。

他人のマナを覗いたのは初めてではなかったし、どれも似た形態をしていた、が。

彼女のそれは常軌を逸している。




スパーーーーン!




二人の手を誰かが切り離した。

「アシュベル!寝てなかったのか」

「まさか、ヒメちゃんをお守りするのが私目のお役目ですから。」

茶化すように暗がりから現れるアシュベル。


「リュカ君、俺の断りなしに気安くヒメちゃんに触らないでね」

「アシュベル様のような方がそんな下世話な想像をするとは驚きですね。」

これはなんだ、二人とも酷く機嫌が悪い。


「で、リュカ君はヒメちゃんの何を覗いちゃったのかなぁ。ここからは

俺もしっかり聞いておかないと。」

有無を言わせぬアシュベルの赤い瞳の奥が冷たく揺らめく。

分かっている、この人は俺が敵う相手なんかじゃない、でもしたり顔でエレナの

傍に付いているのを見ると勝負を挑みたくなるほど苛苛する。

ホントにおかしい、彼女に出会ってから僕の理性がしばしば崩壊しかける。


仕方なくリュカが話はじめる。

「少しは気付いていたのでしょう、確証がないだけで。

彼女のマナは僕たち凡人とは違うことを。」

アシュベルは何も言わずに話を聞いている。

エレナに至っては全く話についていけていない。



「彼女・・エレナは特別なマナの持ち主です。」


「エレナのマナは小さい。けれど密度が計り知れない程濃いのです。」



そう言いながら、リュカは腑に落ちた。最近の星々の輝きが五月蠅いほどに

訴えてくるのを。



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深淵のエレナ ロサ・ピーチ @rosapeach

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