第十六話 アシュベルの幼少期

友達ができてしまった・・・

先程のカリーナの言葉が頭の中で反響していた。

このくすぐったいような気持ちは一体?


このまで同年齢の友達が、エレナには居なかった。

辺境の村で暮らしていたせいもあるし、クアドラが城からの追っ手から

エレナを守るために外部との接触を持たせなかった事も原因の一つだ。


不思議な感覚。

大切なものをもらった気がする。


「ヒメちゃんに友達かー。」

今のやり取りを聞いていたアシュベルが感慨深そうに頷いている。

先程の二人の笑顔が思い出されて、嬉しくなる。

人は悲しいかな、この時代無条件で対等の立場に立つことはほとんどない。

貴族、魔力、これらが人間を狂わせることもあるのだ。

あの少女カリーナの父親は子爵の位。質実剛健で曲がったことが嫌いな御仁だった覚えがある。

それ故出世からは縁遠く、彼の才覚にあった役職には就かせてもらえない。

どこにでもある話だ。


カリーナの言動から彼女は父譲りの性格を受け継いだのだろう。


アシュベルは意図せず幼少期を思い出してしまう。





彼は上級貴族の出身だったが、母親が妾という立場にあったのだ。

それが何を意味するかというと、5人の兄たちの嫌がらせ・・いやいじめと言っていいだろう。

父親の館に引き取られたばかりに、母親とは全く会わせてもらえなかった。

日々兄たちのいじめがエスカレートしても、父親はまるでアシュベルに無関心。

そう、アシュベルだけに言葉もかけず、まるで存在していないかのような

態度をとっていた。

それは館中に伝染し、メイドや使用人たちまでアシュベルを邪険に扱い、蔑んだ。


それが5歳まで続いた・・。


5歳を迎えたある日、彼は火のマナを授かった。


その日から生活は嘘のように変わった。

母親はまるで聖母のごとく正妻よりも豪華な部屋を用意され、

これまでアシュベルを遠ざけていた父親は兄たちを退けると、剣士や学士、音楽家まで揃え

英才教育を施した。

これまで邪険に扱っていたメイドや使用人までもがアシュベルにひれ伏す。

この状態は一体なんなんだ。

気持ちが悪い・・。

吐きそうなほどの嫌悪が遅い、夜になると呼吸が苦しくなることもあった。


ひとつの出来事で変わる周りの態度。

自分の出生や中身は変わっていないと言うのに、何がそこまで人を変えてしまうのか。


この館から早く出なければ、自分も恐ろしいモンスターになってしまう。

そんな気がしてならなかった。


だから彼は、それらの状況を逆手に取り、剣でも学位でも兄より先に上へ上り詰めたのだ。

そして自らの名声を世間に知らしめ、前歴のない出世を果たし家を出た。

アシュベルが館を立てたと知ると、兄達はこぞって彼に会いに来た。

だが、彼には既に兄達にあう理由が、見当たらなかった。



アシュベルは常に微笑みを浮かべている。

それは、彼自身にも外せない仮面となって張り付いてしまっているのかもしれない。

この仮面は数年たった今でも外れてはくれない。


人が小さなきっかけで、恐ろしいモンスターに変わってしまうという

事実を知ってしまったが故に。





「ヒメちゃん、いい友人関係を築けるといいね」

これはアシュベルがエレナに贈る心からの言葉。

珍しく神妙な彼に違和感を感じて、口を開いたエレナだったが。

「・・・うん」

今はこれが最良の返事だと思った。




この数日、剣に魔法の勉強に多忙ながら、女子トークというものに花を咲かせ、

カリーナと親睦を深めたエレナが以前より笑うようになったとアシュベルは感じていた。

カリーナは土のマナの持ち主でその瞳は、よくよく見ると黄金の輝きを秘めていた。

「光にかざすと分かるんだけど、ほとんどの人が気づいてくれないのよー」

少し不満げに語る。

確かに他のマナの持ち主ははっきりとしたした色をその瞳に宿している。


本来マナはこの世に生を受けた時には、その身に存在しているのだが。

覚醒するのは通常5歳前後と云われている。

その時に瞳の色も徐々に変化していく。


カリーナの場合誰もそれに気づかず本人は分かっていても、うまく伝えることができず

最終的に土魔力を使った5歳児をメイドが見つけ

覚醒していたとわかったのだが、それが覚醒してから半年も経っていたという。


「ね、エレナ、訓練の後剣の相手してくれる?」

少し申し訳なさそうにカリーナが言う。

「あたしそこそこ自信あったんだけど、訓練の時リュカとやりあったら自信なくしちゃって・・」

「リュカさん・・」

あの人はいつも本気じゃない気がする。

カリーナは決して剣が弱い訳ではない、むしろ小さい頃に名将と名高い伯父からた叩き込まれた事もあり

真っすぐで鋭い剣裁きの印象がある。


リュカが本気を出したら、どんな感じなんだろう。


「私も剣の練習したいから、ここで後で落ち合おう」





夕暮れ前、タオルを顔に押し付けカリーナがくしゃくしゃの顔で座り込む。

「ふわぁー、エレナ体力あり過ぎー」

カリーナとは正反対にエレナは涼しい顔で小首を傾げている。

「小さい頃おじい様に山に放り込まれた経験が活きてるのかしら・・」

この時は勿論クアドラがエレナに気付かれずに見守っていたのだが。


エレナの天然なのか真剣なのか、その言葉にカリーナが噴き出す。


「練習有難う、あたし汗流しに行くけど、エレナどうする?」

「わたしはもう少し練習していくから」

「オッケー、エレナは頑張り屋さんだから無理しすぎないでね!じゃあお先!」

タオルをふりふりさせながらカリーナは立ち去っていく。


さて、一旦解除した集中力を、目をつむり高めていく。

もっと周りを見てもっと間合いを感じてもっと相手の動きを予測して・・・。


私の場合細い剣では一瞬の隙が命取りだ。

何かあった時、素早く動けるように・・いやそれでは駄目だ、その前に動く。

エレナは木刀を構えたまま、空間を認識するように五感を周囲に巡らせる。


目を開け数人の刺客を想定し、剣を構え疾走する。

この前のように人質がいたとしたら。

上から不意に襲われたら。

同時に攻撃されたら。

・・・矢を射られたら。

そう想定しながら木刀を振りぬく。

風を切る音が何十回何百回と繰り返される。



昨日の練習より早く今日の練習より早く今より早く、

私の限界より早く・・・!


その時。


エレナの木刀は無意識に彼女の真後ろに振りぬかれた。


木刀の先端の先、若干青ざめた顔をしたリュカの姿があった。


今エレナの中にリュカの姿がぼんやりと見える。

現実と虚構。

虚構の中で木刀を振り続けた彼女の意識が、現実にまだ対応できていない。

荒い息遣いがどこからか聞こえてくる。

何かが彼女の額から伝って顎へ伝っていく。


「あのー、これいい加減下げもらえる?」

リュカが鼻先すれすれに突きつけられている木刀の先端を、トントンとつついて見せせた。

それでも彼女の集中力が、途切れる気配はない。


これは私の息遣いだ・・。

気付くとポタポタと汗が地面に落ちっている。

そうか、この額から流れているのは私の汗だ・・・。


そこで自身の木刀がリュカを捉えているのを初めて認識した。

「あれ、リュカさん何故そこに。」

現実を取り戻した筈のエレナだが、瞳がまだどこか遠くを見ている。

「今何時だと思っているの。」

リュカが木刀を握り力ずくで下に下げさせる。



「あ」

エレナが小さな声を思わず出した。

瞳がすぅっと現実に戻ってきた、それでも彼女の緊張感が解かれることはない。

一度矢を射られてから、一人でいる時などは特に張り詰めた状態が身についてしまっている。


改めてリュカが彼女を眺める。

あまり汗をかかかないエレナにしては全身水を浴びたかのように

汗が滴っている。

薄手の服が肌に張り付くほどに・・下着が薄っすら・・

リュカは咄嗟に横を向いた。

断じて見てない・・・いや目に入ったが、不可抗力だ。


くしゅんっ


エレナがくしゃみをすると。

「まだ夜は冷え込むのに、そんな汗かいてるからだ」

リュカは自分が来ていた上着を彼女にぼふっと投げつける。

「すみません、洗ってお返しします。」

色々な意味で着て欲しい、リュカはため息をついた。


しかし、こんな時間まで自主練とは・・。

何時間も木刀を振っていたというのか、強くなるために、小さなマナを補うために。

それでも、強力なマナの持ち主には到底敵わないというのに・・・。

歴史の観点からも小さな魔法剣士が偉業を成し遂げた話なんて聞いたことがない、一番にはなれないのだ、所詮少しくらい名を挙げても歴史の影に埋もれていくだけの存在、どう足掻こうがそれくらいの価値しか

ないのだ。

諦めてしまえば楽になれるのに、何故彼女はこれほどまでに固執するのか。


そうだ、もっと適当に練習すればいい。


魔法剣士というだけで、将来は安泰なのだから。


いっそ努力なんてやめてしまえばいい。



僕がそうしたように。

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