第2話
俺は小さい頃から虐待を受けていた。
何度も何度も体に痣が出来ては、それを隠すように手首まで袖のある服を着て学校に登校していた。
どんなに痛くても、どんなに辛くても。
他の誰かに心配されるよりマシだったから。
優しくされた事なんて無かった。
家では父が、学校では先生が。俺を板挟みにして、崖に立たせて一言言うんだ。
「聞き飽きた」
俺は、何かある度に謝っていた。
だって、いつも悪いのは俺だったから。
そうやって毎日謝っていたら、先生にまで愛想を尽かれた。
本当は俺は、先生に気付いて欲しかった。
口には出せないけれど、助けて欲しかった。
その思いは、遂には届かなかった。
家では殴られ、学校では叱られる。
おじいちゃんおばあちゃんの家は遠く、小学生では到底辿り着く事は不可能だった。
居場所なんて、何処にもなかった。
優しくされた事なんて、一度も無かった。
† † † †
「・・・お邪魔します」
「うん。今ストーブ付けるからちょっと待ってね」
「はい」
元自宅からは車で15分程度離れている、長方形のワンルームマンション5階に彼女の部屋はあった。
居住スペースは大体8畳程。
一番奥にベッドを横に置いて、僅かな空間にメタルラックを置いている。
部屋の中心にはコタツが出され、左に二人掛けソファ、右に46V型の液晶テレビ。
左手前にタンス、右手前にはストーブ。
左手前にはクローゼットがある。
玄関付近左に二つ扉があり、奥がトイレ、手前が風呂。
右手にはキッチンがある。
全体で12畳程の部屋だった。
「あったかい飲み物飲む?ココアでいい?」
「あ、はい。・・・すみません」
コートをハンガーに掛け、ストーブを焚いた後に彼女はキッチンへと向かう。
コートの下は茶色いニットを着ていたみたいだ。
パンツはストレッチジーンズで、体のラインがはっきりと分かる。そのまま釣られるように視線は上へ行き・・・。
俺は顔が熱くなって、咄嗟に顔を背けた。
・・・目のやり場に困る。
「テレビ付けて座ってていいよ。・・・どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないです。すみません」
「・・・そう?」
怪訝な目を向ける百々瀬さんから目を逸らし、ソファの左側に腰を下ろす。
コンロがチッチッチ・・・と声を上げ、鍋に火を掛ける。
水か牛乳を温めているのだろう。
そのまま視線は目の前のコタツに移り、テレビのリモコンを探す。
「・・・うちのと一緒だ」
左角にあったそれを持ち、慣れた手つきで電源を入れた。
何故だか分からないけれど、ぽろっと出てしまった『うち』という、ただそれだけの言葉が、俺の胸の奥を突き刺したように感じた。
俺は本当にここに居て良いのだろうか。
意識外の言葉から、ふとこんな疑問が浮かび上がる。
きっと、いや、当然ずっとここに留まる事なんて出来ないんだ。
そのうち彼女も面倒になって、俺を・・・。
・・・。
本当に俺は、嫌なやつだ。
「出来たよ。熱いから気を付けてね」
バラエティ番組の笑い声は聴覚器官を素通りしていたのに、彼女の呼びかけには心臓が跳ね上がるほど驚いた。
「は、はいっ、すみません」
「隣、座るね」
「はい」
彼女は青と白のマグカップをコタツに置いて、猫柄のマグカップにそのまま口を付けた。
ずずずと空気を含みながらココアを啜る彼女は、横から垂れてきた髪が邪魔くさいのか、それを人差し指で耳に掛ける。
その一連の動作に女性らしさを感じてしまうのは、きっと男の
そんなアンニュイな横顔に魅せられ、見惚れた俺に、彼女は横目を向けて問う。
「どうかした?」
「い、いえ。なんでもないです。・・・すみません」
「そ?ならいいけど。それにしても君、謝りすぎだよ?」
「あ、え、あっ・・・すみません」
「あはは、ほらまた謝ってる」
「あ・・・」
指摘されて気が付いた。
確かに俺は語尾に謝罪を付けがちだ。
何故だろう。それが長い間の習慣だったから、だろうか。
「謝罪はそんな簡単に聞きたくないな。返事をするときだって、『はい、すみません』じゃなくて、『はい』だけの方が私的には心地いいかな」
「そう・・・ですよね。すみ・・・はい」
「うん」
彼女は満足そうに微笑んだ。
俺は照れ臭くって、顔を隠すように少しだけ俯いた。
「ココア、いただきます」
「うん、どうぞ」
「そろそろ、さっきの話の続き、しよっか」
「はい」
言いながら彼女はマグカップをコタツに置く。
右に倣えで俺もマグカップを置いた。
彼女がそう切り出す十数分間は、ロケをしながら茶の間に笑いを届ける芸人さんの達者なトークに頬を緩め、立ち寄った商店街のホカホカした肉まんがおいしそうだねと他愛ない会話をして、緊張もやがて解けていた。
彼女の家に来るまでの約15分。
俺と彼女は、今俺が抱えている問題について話し合っていた。
窓に映る景色、君の横顔。 渡良瀬りお @wataraserio
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