第18話 呼び名

「あー、終わった終わったー」


 二時間目の講義が終わったとたん、タクが大きく伸びをして力を抜いている。水曜日は午前中で全部の講義が終わるから、緊張感が一気に緩むのもわかる。


「お疲れー」


 そんなヒロに投げやりにねぎらいの言葉を掛けているのは久住さんだ。二時間目の授業のために教室を移動したけれど、結局一時間目と同じ五人で固まって授業を受けていた。大学ともなると、同じ高校に通っていた知り合いというのも少なくなるようである。


「うっし、腹減ったしみんなで食堂行こうぜ、食堂。あ、そういえば樹里じゅりちゃんとあやめちゃんもどう? せっかくこうして知り合えたんだし、ちょっとここらで友好を深めるのもいいと思うんだ」


 息もつかせぬ勢いでしゃべるタクに、僕たち四人の視線が集まる。……にしてもさすがタクだね。いきなり名前呼びは僕にはできそうにないよ。


「えーっと、あー……」


「あはは」


 苦笑いを浮かべながら顔を見合わせる二人。さすがに初対面で『ちゃん』付けの名前呼びされても困るんだろう。

 一方のタクと言えば『うん? どうしたんだ?』といった表情だ。本人は何もわかっていない気がする。


「すごいね……、タクは」


「だね……」


 思わず感心するヒロに僕も同意だ。


「なんだよお前ら……。俺らがタク、いっちー、ヒロって呼び合ってんのに、なんか不公平だろ? どうせ言い出せないだろうから俺が代表して提案を出したんだ。むしろありがたく思ってほしいくらいだぜ」


「へぇ……」


 両腕を組んでふんぞり返るタクに思わず変な声が漏れる。


「ふむ……、そう言われれば……、そうかもしれないわね」


「だろ?」


 久住さんから上がった声に条件反射で返すタク。でもその表情はとてもいいドヤ顔だ。何故だかわからないけれど腹が立つ顔立ちだ。


「だったら、私が『アヤ』で、樹里は……『じゅり』かしら?」


「……あたしだけ名前のまんまじゃない」


 不満顔の久住さんに、タクがニヤリと笑みを浮かべると。


「じゃあ俺があだ名を付けようか?」


「……樹里で結構です!」


 その一言に後ずさりしながら叫ぶ久住さんであった。




 結局名前呼びに関しては『樹里』と『アヤ』になった。この年でちゃん付けで呼ばれるのは恥ずかしいからやめて、との樹里の一言が決め手だ。その気持ちは僕にも痛いほどわかる。……いや、すずから『誠ちゃん』と呼ばれるのはもう慣れたけれど、いまだに母さんにはちゃん付けで呼ばれるからね。……いつになったらやめてくれるんだろう。


「さーて、今日は何食おうかなー。昨日はカツカレー食ったし、今日はラーメンにでも行こうか……」


 迷うタクの横を、ヒロは迷いなくまっすぐ丼のカウンターへと向かっていく。


「あたしは日替わりでいいかな」


「私も日替わりで」


 樹里とアヤは定食カウンターへと向かったようだ。僕も日替わりに決めると二人の後をついていく。

 食堂には五人で行くことになった。タクとヒロは一人暮らしということで、食費を抑えるのであれば食堂一択らしい。それは樹里も同じとのことだった。アヤは実家暮らしとのことだけれど、家まではそこそこの距離があるらしく、食べに帰るには少々お腹が空き過ぎるとのこと。


 まだ迷っているタクを放置して、先に座席を取りに行ったヒロの元に三人で向かう。


「あ、あれじゃない?」


 お昼の時間帯に五人が座れるスペースはそれほど多くないと思いつつヒロを探していると、後ろの樹里から声が上がった。

 ちょうど指さす方を見ると、座って僕たちを待つヒロに、二人の男が親しげに話し掛けているように見える。……と思ったら、以前絡んできたやつらだった。前言撤回。

 ヒロは何も言い返せないようで、六人掛けのテーブルの片側真ん中に座って俯いたままだ。


「あれトッキー今日は一人みたいだな」


「こないだ一緒にいたお友達はどうしたんだ?」


「あっははは! もしかしてお友達じゃなくなったとか?」


「ぶはっ! それウケるー!」


 会話が聞こえてくる距離まで近づくと、樹里が足早にヒロへと近づいていく。まさかスピードを上げるとは思っておらず、僕とアヤは思わず顔を見合わせつつも後を追いかけた。


「お待たせヒロ」


 二人の男を半ば押しのけるようにしてヒロの隣へと座る樹里。


「へっ……?」


 呆けた声を上げたのは、ヒロに絡んでいた男の一人だ。樹里へと向けられた目が大きく見開かれていき、何か声を上げようとしたところに今度はアヤが割り込む。


「ごめんね、ヒロくん。待ったかな?」


 ヒロの隣、樹里の反対側へと腰を落ち着けると、ヒロへとほほ笑む。


「……はぁっ!?」


 男二人は何が起こったのかわからずに、樹里とアヤの二人を交互に見比べるだけだ。友人がいないはずのヒロの両端に、女の子が座っている状況が理解できないらしい。


「あっ、……えーっと、そんなに待っては……、ないかな。……ありがと」


 若干アヤから離れつつ樹里へと近づいていくヒロだけれど、そっちは平気なんだ。

 にしても今回は僕の出番はなさそうだ。


「お待たせ」


 一言だけ声を掛けると、ヒロの反対側へと腰掛ける。


「まったく……、何なのよ、さっきの奴らは……」


 何も言わずに去っていく二人に、樹里は憮然とした表情で文句を垂れている。


「……ごめんね? 同じ高校の人たちなんだけど」


「まぁ、どこにでもいるわよね。……ああいうやつらって」


 樹里は憤りながらもお箸をとってお昼ご飯を食べ始める。


「――ちょっ! おまっ、ヒロどういうことだってばよ!? なんでヒロがそんなうらやま――真ん中の位置に座ってるわけ!? そこは俺が座るポジショ――俺たち三人いつも一緒じゃなかったのかよ!?」


 そこに遅れて到着したタクが、欲望をダダ洩れにしてツッコミを入れるのだった。

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隣のお姉さんは大学生2 m-kawa @m-kawa

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