第17話 よろしく
「あ……、えーっと……」
さすがに初対面で勢いが良すぎたのか、漆谷さんは若干引き気味だ。僕もさすがに初対面で勉強を教えてやると言われたら引くかもしれない。同性でもそんなふうに思うんだから、異性なら尚更だろう。
「タク、ちょっと落ち着いて」
「おっとすまん。調子に乗り過ぎたかも……。まぁわからないところがあったらいつでも聞いてくれていいから」
「それなら……、はい」
タクを牽制すると、なんとか漆谷さんも落ち着いた。
「あー、間に合った……!」
そこにちょうど割って入ってきたのはヒロだ。どうやら一時間目の講義は受けるみたいだ。講義が始まるチャイムも鳴って、先生も教室へと入ってきた。「おはよう」と挨拶すると僕を見つけたヒロが隣へと腰かけ、マジカル☆ミカちゃんの筆記用具を鞄から取り出している。そしてそのうちに講義が始まった。
「おい、どうしたんだいっちー?」
一時間目の講義が終わったあと、タクが声を掛けてきた。講義の間、なんとなく寒気がするから両腕をさすっていたからかもしれない。……今はなんともないんだけど、なんだったんだろう。
「何かあったの?」
「いや……、なんかさっきまで背中が寒かった気がしたんだけどね……」
講義中に後ろから、久住さんの変な笑い声も聞こえてきていた気もする。ヒロがちらりと後ろを振り返って眉間に皺を寄せている。釣られて僕も後ろに目を向けると、鼻息荒く笑みを浮かべた久住さんと目が合ってしまった。
「ごちそうさまでした」
「……はい?」
久住さんの言葉にわけがわからずオウム返しをしてしまう。何のことなのか尋ねようとすると、横からヒロの言葉が滑り込んできた。
「……腐臭がする」
ポツリと呟いたヒロの言葉に、久住さんの笑顔が引っ込む。
「……何の事かしら?」
視線を逸らしているけれど、何かやましいことでもあるんだろうか。というか『ふしゅう』ってなんだろう……。周囲を見回して匂いを嗅いでみるけれど、もちろん変な匂いはしない。腐った匂いではなさそうだ……。
「タク……、『ふしゅう』って何?」
「えっ? なんだそりゃ。なんでそんな単語がいきなり出てくんだよ。腐臭って……、腐った匂いのことだろ? ……とくにそんな匂いはしねぇけど」
こっそりとタクに聞いてみるけれど、僕と同じ答えしか返ってこなかった。タクは僕を挟んで反対側の席だし、ヒロの言葉は聞こえてなかったのかもしれない。……僕の聞き違いの可能性も出てきたぞ。……うん、もう気にしないようにしよう。
「まぁまぁ、誰にも迷惑はかけてませんし、いいんじゃないですか」
とりなすような漆谷さんの言葉に、ヒロも渋々といった表情だ。
「そ……、そうよね。自分で楽しむ分にはいいじゃない」
言い訳をするように呟く久住さんに、ヒロがぎこちないながらも頷いている。
「あ……、うん。ぼくも他人のこと言えないし……、ごめんね」
何かよくわからないけれど、ひとまず和解がなされたようだ。せっかくだし皆仲良くしたいよね。ひと悶着あったものの、ここまできてようやく自己紹介が始まった。
「えーっと、ぼくは
「あたしは
「よろしく」
最初会った頃に見せていた挙動不審な態度も鳴りを潜めているのか、ヒロが普通に受け応えをしている。うんうん、やっぱり人は成長するものだよね。
「私は
「えっと……、その……、よろしく……」
と思ったのも一瞬だけだった。漆谷さんの自己紹介のあとはいつも通り挙動不審だった。僕らの時と違って相手が異性だからか、挙動不審度がいつもより上に見える。明後日の方向を向いてあたふたするヒロを見て、久住さんの表情が硬いものに変わる。
「ちょっと……、なんであたしの時と反応が違うのよ」
「あっはっはっは!」
タクが爆笑しているけれど、これは僕も笑わずにはいられない。可愛い子を見て恥ずかしがる心理は僕もわかるけれど、ヒロの場合はどっちかというと逆だよね。
「俺たち初めて会った時もヒロは挙動不審だったよな」
「いや、ちょっ……、変なのは認めるけど……、挙動不審は言い過ぎじゃない?」
「いやいやいや、あれは誰がどう見ても完全に挙動不審者だった。……なあいっちー?」
なんとか反論しようとするヒロをばっさり切り捨てて僕に同意を求めてくる。
「あはは……、まぁ、概ね同意かな」
濁しながらも否定しないでいると、ヒロががっくりと肩を落としている。
「うふふふ。……あ、じゃあ私の時の反応が普通で、樹里が特別ってことになるのかな」
面白いものを見つけたとでも言うように笑みが広がってくる漆谷さん。一方で特別と言われた久住さんは目を丸くしている。
「はぁ!? あ、あたしが特別? ……冗談でしょ!?」
「ええぇぇ、……それはちょっと」
お互いが反発し合ってるようにも感じるけれど、そこまで険悪な雰囲気は感じない。
「あははは、まぁいいじゃない樹里」
漆谷さんが宥めているけれど、とりあえずこの場は落ち着いたんじゃないだろうか。早くしないと休憩時間が終わりそうだ。次の教室に行くためにもこの場を締めることにした。
「うん。久住さんと漆谷さんも、改めてよろしく」
そう言って片付けた荷物を持って椅子から立ち上がる。
「おっしゃ、みんなよろしく!」
「……しょうがないわね」
「よ、よろしく……」
みんなで教室を出たところで鳴ったチャイムに、僕らは慌てて駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます