第16話 あこがれの先輩

 翌日の水曜日。今日も僕は一時間目から講義がある。すずは二時間目からなので一人で登校だ。


「お、いっちーじゃん。こんなところで会うなんて奇遇だな」


「タク。おはよう」


 学校の最寄り駅改札を出たところでバッタリとタクと出会った。


「おはようさん。いやー、俺も昨日いっちーに聞いた雑誌を探したんだけどな、ありゃやっぱりいっちーだったな。昨日も聞いた気がするけどなんで教えてくれなかったんだよ」


 唇を尖らせて背中を叩かれるが、そんなこと言われても聞かれなかったからとしか答えられない。


「いや何て言うか、自分から言うのってちょっと……」


 それにちょっと恥ずかしいのだ。あんまり言いふらしたいとも思わないし、目立ちたいわけでもない。


「えー、もっと宣伝して行こうぜ! そうすりゃお店やブランドの宣伝にもなるんじゃねーの?」


「僕自身はあんまり目立ちたくないんだけど……」


 否定的な答えを返すけれど、タクは僕の言葉を聞いて目を見開いている。


「えー、それはそれで面白いと思うんだが。ほらあれだよ、モデルってことを前面に押し出せば女の子にもモテるかもしれねーぞ。男なら一度は憧れるだろ?」


「そんなにモテてどうするんだよ……」


 いやまぁ僕だって男だし、女の子にちやほやされたくないわけじゃないけれど。そもそもすずがいるんだから僕には十分なんだよね。


「うぬぅ……、これが嫁がいる余裕と言うやつか。ずるいぞいっちー! 俺にもチャンスをくれてもいいじゃねぇか!」


「結局そこっ!?」


 最後は自分のためなのかと無意識に突っ込みが出てしまった。




 一時間目の講義が行われる教室に入ると、前方の席に久住さんの姿があった。ざっと見回してみてもヒロはまだ来ていないみたいだ。と言っても今日の一時間目から来るかどうかは知らないんだけど。


「おはようございます」


 久住さんの前の席が空いていたので、挨拶がてら席を確保する。昨日は見かけなかったけれど、隣にもう一人女の子がいる。久住さんの友人かな?


「あら、おはよう。昨日ぶりね」


 ちょっと言葉が砕けたものになってるのは、先輩であるすずがいないからかな。


「……もしかして友達?」


 隣にいる女の子が久住さんに声を掛けると、少し考える素振りの後に笑みが浮かぶ。


「んー、昨日初めて知り合ったばっかりだけどね」


 肩まで切りそろえたストレートの髪の女の子だ。久住さんの小顔と比べるとふっくらとした顔が、おっとりとした雰囲気を感じさせる。


「お、今日は一人じゃないのか。まぁ昨日の数学は必須じゃねーけどな……。俺は桐野江拓斗って言うんだ。よろしく」


「僕は黒塚誠一郎です。よろしくね」


「……あ、どうも。漆谷うるしたにあやめです」


 座りながらもペコリと礼儀正しく頭を下げる漆谷さんに、僕たちも思わず頭を下げる。頭を上げた漆谷さんが何やら首を傾げているけれどなんだろうか。笑みを深くした久住さんが、漆谷さんを指でつつきながら答えを教えてくれた。


「ほら、この間言ってた先輩の弟くん・・・が彼だよ」


「えっ? ホントに!?」


「いや弟じゃ――」


 座っていた椅子から勢いよく立ち上がると、机の上に身を乗り出して僕の顔をマジマジと見つめてきた。弟と言う言葉に反論しようと思ったけれど、漆谷さんの勢いに言葉に詰まってしまう。思わず後ずさるけれど、座っている状態だと上半身を仰け反らせることしかできない。


「すず先輩のこと知ってんの? いやまぁあれだけ可愛い先輩だし、噂になってもしょうがないっちゃしょうがないな。昨日も会ったけどすげー可愛かったしな!」


 タクが久住さんに同意を得ようと話を振ると、何を思ったのか漆谷さんが眉の間に皺を寄せて久住さんへと詰め寄った。


「ちょっと……! 昨日会ったってホント!? 教えてくれてもよかったのに……!」


 おっとりとした雰囲気も相まって、頬を膨らませる様子はなんとなく子どもっぽく見えなくもない。


「えええ……、会ったのは昨日の四時間目だから数学の講義よ? あやめも受けるの?」


「うっ……」


 答えに詰まる漆谷さんだけれど、つまりそういうことなんだろう。きっとすずと同じで数学が苦手に違いない。


「だ、大丈夫よ……。黒塚すず先輩に会えるんなら、がんばるから……」


「なぁいっちー」


 目の前の様子を見たタクが、僕にこっそりと話しかけてくる。


「うん?」


「すず先輩はモデルやってないんだよな?」


「え? ああ、うん。やってないよ」


「よくわからんが、えらく人気があるみたいだけど何だろうな? いっちー知ってる?」


 タクに聞かれるまでもなく僕も疑問に思ったところだ。だけれどまったく心当たりはない。


「あ……、ご、ごめんね」


 僕らの様子を見て気がついたのか、漆谷さんが苦笑いをしている。


「この前に食堂を探してうろうろしてたときに、親切に教えてくれたのが先輩だったの。そのあとお昼ご飯も一緒に食べて、学校についていろいろ教えてもらったんだけど……」


 話を要約すると、そのときのすずはカッコよく見えたらしい。もう一人いた先輩にもいろいろ教えてもらったみたいだけれど、そっちは野花さんかな。普段身だしなみを整えない人だから、すずが余計に目立ったのかもしれない。


「なるほどね。まぁそういうことなら俺にまかせておいてくれ! 数学なら得意だから教えてやるよ。すず先輩にも教えることもあるかもしれないし、ついでだついで」


 チャンスだと思ったのか、タクはまくしたてるようにアピールするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る