恋を叶える狐のお話

烏丸 ノート

恋を叶える狐

 その日青年は、二年付き合っていた彼女に別れを告げられた。

 その前日には会社をクビになり、そのまた前日にはアパートの大家が変わり、その大家がアパートを壊し、会社を建てるといい、立ち退きの話を持ち掛けてきた。

「残酷にも、程があるぞ……」

 ボソリと呟き、アパートの玄関を開ける青年、土麻里とまり 遊鳥あすかは、残酷すぎる「今」に打ちひしがれていた。

「なんで俺ばっかなんだよ…畜生」

 歯を食いしばりながらベットに倒れ込む遊鳥。

 一眠りして、全部忘れよう。そう思い、目を閉じた時だった。

「ふむ、辛そうじゃのう。童子」

 横から聞こえてくる声に、思わず反応をした。

「辛いってどころじゃないですよ!──って、子供?いや、それより誰ですか!どうやって家入ったんですか?!」

「何を言うとんのじゃ、鍵なら空いておったぞ。不用心じゃのう。それと妾《わらわ》は子供ではない。れっきとした大人じゃ!」

 突然として遊鳥の前に現れた少女(のような大人)。

 遊鳥は後ずさりし、その少女に質問を投げかける。

「マジですか、いやいや!そんな事より何のようでうちに上がり込んだんですか!」

「それはじゃの、諸事情ぷらす、一日ごとに不幸になるおぬしを見ておれんだのと丁度修行の一環になると思ったからじゃ。よって妾がおぬしを助けてやろうと参上した迄じゃ」

「なっ、俺は幼女にまで心配される所まで落ちてしまったのか…!」

 頭を抱え、立ち上がり、壁に頭を打ち付け始める遊鳥。

 唸りながらガンガンと流血するまで壁に頭を打ち続け、後ろにいる少女を見つめ、遊鳥は少女に付いているある物を見つめた。

「なんじゃ?妾の顔になにかついておるかの」

「いや、付いてると言うかか生えてると言うか、そのなんですか?」

 あろう事か少女には狐のような耳が生えていた。

「ん、そーいえば妾の自己紹介がまだだったのう」

 耳をぴょこぴょこと動かし、少女は胸を張り、自己紹介を始めた。

「妾は仙狐、名を空矛祢あむね、神の使いのものである。主からの命で修行をしている身じゃ」

「仙狐って、狐の?」

「お稲荷様とか呼ばれてるやつじゃのう」

「な、そんなのを信じろって言うんですか?」

「そうじゃのう、じゃあそこの壁をすり抜けてみるから見ておるのじゃぞ」

 そういった”空矛祢”と名乗る少女は壁へと向かい、歩いていった。

「ほれ、どうじゃ、すり抜けられとるじゃろ」

「マジックじゃないんですか?」

「めんどくさいやつじゃのう、じゃあほれ、狐火きつねびじゃ」

 手のひらにぽっと暖かな炎を出し、遊鳥に見せる。

「これこそマジックですよ。すごいですね」

「ああ!もう!どうすれば信じるのじゃおぬし!」

「そ、そんなもん決まってるでしょーが!その、後についた尻尾もふもふを俺に触らせてください!」

「にゃっ!?し、尻尾を!?」

 驚きと共に尻尾を自らの胸に隠すように抱く空矛祢は「なぜじゃ…」と照れながら問うた。

「それは、本物には本物特有の毛並みの良さがありますからね!余裕で本物かどうかが分かるんですよ!さあ!かもん!」

「何を言うておるかわからんぞ!?おぬし、触りたいだけじゃないのか?」

「そんなことないですよ!」

「目をキラキラさせながら言っても納得できんわ!──少し、だけじゃぞ?」

 未だに顔を赤らめながら床にちょこんと座り、遊鳥の方に尻尾を向けてくる。

 出された尻尾にゆっくりと手を伸ばし、触る、空矛祢は「ふにゃっ!」と、驚いた声を出す。

 遊鳥は尻尾をもう一触りすると「これは…」と呟き無言で仙狐の尻尾を触り続けた。

 もふもふ、もふもふ、もふんもっふん。

「んにゃ?!ちょっ、おぬし、にゃっ──触りすぎじゃ馬鹿者!限度というものを知らんのか!」

「いやあ、あまりにも気持ちよかったので…すいません」

「まったく、まあこれで妾の耳や尻尾が本物と分かったであろう?」

「ええ、あの触り心地は……ですね。神の領域ですよ」

 一瞬だが、空矛祢は”神”という単語に反応し、そっぽを向きながら何やらブツブツと、言い始める。

「……!な、何を言うとんじゃ?わ、妾は神にはなれんぞぉ~?」

 顔にかかる髪を耳にかけながらニヤニヤして頬をほのかに赤く染め、チラチラと遊鳥の方を見る。

「知ってますよ?言葉の綾ですよ。神使ですもんね、仙狐様って」

 遊鳥がそう言うと「そうか…」と自分で神になれないと肯定したのに何故かしゅんと肩を落とす空矛祢。

 そのまま部屋の隅に行き、マンガにあるような”ドヨ~ン”と効果音が出そうな感じに狐火を出し、あからさまにしょげていた。

「はあ、何故神あれに使わねばならんのじゃ、四六時中女子おなごと遊んでいるようなやつが……」

 ブツブツ言いながらチラチラと遊鳥の方を見てはまた「何故あれが…」とグチグチ…。

 これは長続きするとめんどくさいな。

 そう思った遊鳥は空矛祢の頭から”神”という言葉を離れさせようと別の話題を持ちかけた。

「そ、そう言えば修行とかなんとか言ってましたけど!具体的にはどんな修行なんですか?」

 隅っこにうずくまっている空矛祢は、ブツブツ言うのをやめ、遊鳥の方を向いた。

「修行の内容って言うか、なにするのか、とか」

「ん…あー、ん?」

「え?」

「ふぁあ?」

 なんの事?と言わんばかりの顔をして、顔をかしげる空矛祢。

「え、だから彼女と別れたり、会社クビになったり、家なくなるとか言われたり、そんな不幸な俺を助けるとか──あれ、なんだか目から熱いものが…」

 遊鳥が自分で自分に鞭打った後、空矛祢は何かを思い出したかのように「あっ」と左手に右の拳をついた。

 そのまま空矛祢は遊鳥の方へ歩いて行き、肩にポンと手を置く。

 今までにない優しい声で、うずくまる遊鳥に声をかける。

「彼女と別れたり、会社をクビになったり、家を壊す言われたり、そんな不幸すぎるお主に、幸せになってもらうために妾は来たのじゃ」

「そんな優しい声でわざわざ繰り返さないで下さいよ!?」

 泣き止むどころか、さらに涙の量が増え、くちゃくちゃになった顔を見て空矛祢は「おお、ふう」と意味のわからない言葉を口にしていた。

「ああ!もう!結局俺はどうしたらいいんですか!?」

「妾の指示に従えばいいだけ」

「いきなり服従しろと!?」

「めんどくさいやつじゃのう」

「どの口がいうんですか!説明が不十分なんですよ!?」

「現状態のお主が不幸であるから幸福に変えてやろうと言っているのではないか、なぜ分からぬ。これから仕事を探しに行くぞ、お主にぴったりの仕事を妾が見つけてやる」

「空矛祢さん、ハローワークかどこかの人?」

 その言葉を聞いた瞬間、空矛祢は微笑み「疲れておるからじゃな」と遊鳥にそうであれ、そうであってくれと言わんばかりの顔で見つめる。

 その顔に圧倒された遊鳥は「はい」とだけ答え、空矛祢の言う通りに動き始めた。

「遊鳥よ、お主ぱそこんとかいうやつはできるかの?」

「ええ、まあ、学生時代はパソコンばっかいじってたんで、かるいプログラミングやらは出来ると思いますよ」

「ふむ、今までの会話を元にするとこの会社がお主に一番合っていると思うぞ、きゅうりょうとやらもなかなか入るみたいじゃし、問題はなかろう」

 そう言って、手のひらからポンッと空矛祢の紹介した会社のパンフレットが出てきた。

「えっ、この会社って今急速に成長してて入社も難しいとこじゃないですか!」

「ふーん」

「ふーんって、俺じゃこんなとこ無理ですよ!」

「なぜやる前から決めつけるのじゃ?何事もやらなくてはわからないものであろう?」

「っ……」

 正論を突き付けられ、何も言い返せない遊鳥は渋々空矛祢の言う通りにしようとした。

「一番あってるって言いましたけど、根拠ってなんですか?」

「さっきも言った通りお主との会話での言動、性格、あとは──狐のじゃよ、しっかりとした根拠はないが、神使が言うのじゃ、説得には十分じゃろう?」

 さっきとはまるで別人の顔をしながら堂々と、胸を張って言う。

 口ごもる遊鳥に「どうじゃ?」と再度尋ねる。

「確かに、そうですね、すべて否定してしまってはそれはそれで前に進めないですし、面接、行ってみます」

「うむ、そうするといい」

 なぜだか分からないが、その言葉と微笑みに、遊鳥は安心し、何もしてない、ただ決めてもらっただけなのに胸を張れた。

 翌日、遊鳥は社の面接に行き、部屋には空矛祢一人になっていた。

 八畳一間の小さな部屋をウロウロと回っていると、机に置かれた一つの写真を見つけた。

 それは、遊鳥の大学時代の写真だった。その写真を見ながら空矛祢は一人、呟いた。

「めんどくさいやつに、しまったようじゃのう」

 写真を机に戻し、静かに遊鳥が帰ってくるのを待った。


 〇


 面接を受け数日、会社から一通のメールが来ていた。

 合否のメールだとおもわれ、遊鳥と空矛祢はゴクリと息を呑む。

 そして、メールを開け、一文一文恐る恐る読んでいく。

『面接の結果、採用させていただきたいと思います』

 内容は、採用内定のメールだった。

「やあったあぁぁぁぁあ!!!」

 大声で叫ぶ遊鳥を他所に、空矛祢は落ち着いた様子で遊鳥を褒めた。

「ふむ、よくやったの。ほれ、妾の言ったとおりだったじゃろ?」

「はい、本当にありがとうございます!こんなの、どう恩を返せばいいか…」

「別に見返りを求めてやった訳では無いんじゃ、気にせんでもいいわ。そんなことより、これは終わりではないく、始まりじゃぞ?」

「え?」

 どういうことですか?と続ける遊鳥に、空矛祢は、僅かに苦い顔をして言った。

「少し前に、不幸なお主を幸せにすると言ったであろう?」

「い、言いました…か?」

「言ったんじゃ!──だから、妾はお主が受けた不幸の、その何倍にもして、、そう思ったんじゃ」

 優しい顔で、遊鳥に微笑みかける。

 前とは違い、遊鳥は純粋にその微笑みの顔が可愛く見えた。

「だから、まだ終わりじゃない。お主が本当に幸せだと思うその日まで、妾はお主のそばから離れぬぞ」

「どうして、そんなに…」

「前も言うた通り、諸事情ぷらす修行の一環じゃよ」

 さっきの微笑みとは真逆に、少し曇った表情を浮かべた。

 しかし、そんなこともつかの間、空矛祢は遊鳥に幸せへの第二歩目を提案した。

「さあ!次は家じゃ家!仕事も決まったわけじゃし、家を探さんとな!」

「ええ!?まだそんなお金無いですよ!」

「あー、そんなもんローン組んで頑張ればいいじゃろ」

「適当ですねえ!?」

「では明日どうさんというところに行くぞ!」

「話聞いてます!?」

 自分勝手に決めていく空矛祢を止めようとするがとまらず、結局遊鳥は次の日不動産へ行き、家を探すことになった。


 〇


「十二畳のりびんぐにきっちん、六畳の寝室がついてこの値段じゃ、どうじゃ?悪くは無いと思うぞ」

 遊鳥は、手を顎の方へ持っていき「う~ん」とう鳴り出す。

「部屋自体は全然いいんですけど、やっぱり家賃の方が少し高めじゃないですか?」

「これからのお主のきゅうりょうならここじゃと案外余裕で払っていけるぞ?」

 それを聞いてもなお、遊鳥はうなり続ける。

「家を買うのってそんな簡単じゃないんですよ?」

「では今の家諸共お主も潰れるか?」

「住人諸共潰すとかどんな大家ですか」

「ああ!もう!話がズレておる!お主はこの家を買うのか!買わんのか!」

「あなたがズラしたんでしょうが。んー、せめてもう少し安ければ…家具とかも買わなきゃいけないしなあ」

「──!!」

 その台詞を聞き逃さなかった不動産屋は、あと一押しで倒れそうな遊鳥にトドメの一言を耳打ちした。

「お客さん、決めるなら今ですよ。今なら家具家電付きのダヴォーベット(タブルベット)まで付いてますよ、決めちゃいましょうぜ」

「家具家電付き、ですって!?ベットはシングルでいいけどこの値段で家具家電付き!?新生活にもってこいの部屋じゃないですか!これは──」

 驚きのあまり立ち上がり叫ぶ遊鳥。

 不動産屋は小声で「落ちた♡…」とにやけていた。

 そして、遊鳥は言葉の続きをかたる。

「これは買った。と言いたいけど正直この値段でこの家具家電付きプラス、ベット付きはおかしいですね。危険、詐欺っぽい」

「そうじゃの。べつのふどうさんにいくかの」

 さきほどまでは「ここにしよう!」と強く押していた空矛祢も、流石に怪しいと感ずき、別の不動産屋を探すことにした。

 その後二人は、家賃も手頃で、いい感じの部屋を見つけたのであっさりとそこに決定した。

「いい所が見つかって良かったの」

「そうですね、ありがとうございます」

「ふふっ、これでお主ももう一歩幸せに近づいたの、残るはじゃ」

「俺の幸せ勝手に決めてるんですか?」

「人間の幸せを元にお主の幸せを決めておる」

「適当ですねえ。で、あと一つってなんですか?」

 空矛祢は先程の勢いで「それは」と述べた後、言葉が詰まった。

「どうしたんですか?」

「あ、ああ!何でもない、最後はお楽しみにしておけ!」

「なんですかそれ……」

 数歩早く歩き、遊鳥の前に出て、にんまりと笑った。

 その笑顔に、微笑み返す遊鳥。その微笑みを見るや空矛祢は避けるように前を向いて歩き始めた。

 遊鳥に見えないように歩く空矛祢の顔は、赤くなっていた。

「あの顔は、ずるいぞ…!」

 空矛祢は、遊鳥に惚れている。

 それが足枷になって、言えなかった。最後の一歩───それは

「こんなもの、あまりにも酷ではないか……神」


 〇


 新しい家に引っ越して、数日が過ぎた。

 会社にもすっかりなれ、見事な社畜と化していた。

 そして現在、遊鳥と空矛祢は引っ越した家に新しい家具を置くために出かけると共に、三つ目の幸せを探していた。

「いやあ、引越しまで手伝って貰って、ほんとありがとうございますよ」

「まあ、それが妾の修行じゃからな…」

 誰から見ても、元気がないのはあからさまだった。

「元気、ないですね。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃよ、それより最後じゃ、お主、あの女子おなごがお主の、運命の相手じゃ」

 空矛祢の指さす方向には、一人の女性がいた。ロングヘアで、身長はそれほどなく、遊鳥より十二、三センチほど小さい、小柄でとても守ってあげたくなるような女性だった。

 控えめに言って最高。そんな女性だった。

「あの女性が運命の相手…って、そんなのも分かるんですか?」

「うむ、なんせ神使じゃからな」

「説明適当ですね。それはそうと、どうやって喋りかければ?」

「そんなの肩に手を置いて『Hey お姉さん!お茶行かない?』的なノリでお茶に誘えばよかろう。さすれば好きなだけ喋れる」

「俺にナンパをしろってうんですか!?」

 以前とは別に、空矛祢は適当に流しているように見えた。

「それにしてもあの人美人ですね、あんな人が運命の相手だなんて、嬉しいですね」

「ああ、そうじゃの。ほれ、はやくせんと行ってしまうぞ」

「いえ、今日はいいです。今日の本題はあなたと買い物なんですから。運命の相手ならまた会えるでしょう」

「もし会えなかったらどうするつもりじゃ?」

「その時はその時です」

「お主……探すのは妾なんじゃぞ?」

 ジト目で遊鳥を睨む。しかしすぐにその顔はほぐれ、笑いへと変わる。

 遊鳥は「お手数おかけします」と笑いながら答えた。

 ホームセンターに着いた二人は、机などの必要最低限の家具を取り揃え、帰った。

「運命の相手……か」

 そんな事を呟きながら──。

 次の日の午後。遊鳥は会社から走ってきたかのように、荒い息で空矛祢に話しかけた。

「はっ、はぁ、か、かいっ…に、会社に…はあ」

「お、落ち着け!どうしたのじゃ?また会社が潰れるのか?」

「はあ、はあ。違うんです。会社に、昨日のあの女性が居たんです!」

「知っておるぞ?」

「はぇ?」

 間抜けな顔をして、遊鳥は答えた。

「な、なんで?」

「なんでって、お主の運命の相手と言ったであろう、しょくばくらい一緒に決まっておろう。で、なにか進展はあったのか?」

「え、ああ、まあ、あったと言えばあったんですが、走ってきた意味が…」

「お疲れ様じゃ。ほれ、冷たいお茶を用意したから、これを飲んでゆっくり話すが良い」

 おぼんに置かれたお茶を一気に飲み干し「ありがとうございます」と言ったあと、女性との事を話し始めた。

「彼女の名前は三嶋みしま あずささんと言うらしいです」

「ふむ。それでどこまで進んだのじゃ?」

「帰りにカフェに誘われるくらいまでは…」

「はやいな!予想以上にはやいの!」

「あ、まあ、話が合ったって言うのもありますが、ちょっとした気遣いや、喋り方が上手なんですよ、面白いですし、言った通り運命の相手っているものなんですね!」

「そ、それは良かったの」

 元気に梓との事を語る遊鳥は、少しずつ、分からないくらいに空矛祢の心を傷つけていった。

 しかし空矛祢はそんな顔を一切遊鳥に見せることなく、笑い、遊鳥の幸せを願うように言った。

「上手く、行くといいの!」

「はい!俺頑張ります!」

 そして、その日は突然やってきた。

 遊鳥が梓と知り合って一週間ほどが経った。

 会社を終え、家に帰ってきた遊鳥は、食器を洗っている空矛祢の肩を勢いよくもち、揺さぶった。

 空矛祢の手についた水が四方八方に飛び散った。

 そんな事など気にせず、遊鳥は目を輝かせて空矛祢を見ていた。

 その顔を見て、空矛祢は悟った。

 と。

 知り合って一週間、毎日梓の話を聞かされ、そろそろどちらかが告白をする頃だろうと思っていた。それが、今日だった。

 確信だった。しかし空矛祢は、分かっていないような素振りで遊鳥に話しかける。

「ど、どうしたのじゃ?何かあったのかの」

「梓さんに告白されました!やりましたよ俺!」

 分かっていたこと。それに、こうなるように自分がした。修行において、一切の私情を持ち込むなど許されない、ましてや人間を好きになるなんて、言語道断である。

 空矛祢は、自分の気持ちを押し殺し、今一番言いたくない言葉を、口に出したくない言葉を、しかし今一番遊鳥に言ってあげなくてはならない言葉を、求めている言葉を──言った。

「良かったの、おめでとう」

 涙が溢れた。一切の嬉し涙などではない、悲しみの涙。

 遊鳥はすぐに気づいた。それが嬉し涙でないことに。

「な、どうしたんですか!?」

 心配する遊鳥の声が聞こえてくる。

「どこか痛いんですか!?」

 その優しさが。

 空矛祢の押し殺していた気持ちを解放させた。

「いやじゃ…」

「え?」

「遊鳥、妾はお主が好きじゃ。誰にも渡したくないほどに……」

「え……」

「修行など、神の決めたおきてなど知らぬ。どうでもいい。妾はお主と一緒に、これからの道を進みたい…」

 だんだんと声は弱くなっていき、いつの間にかその声は途切れていた。

 本心をすべて言い放った空矛祢は、その場に座り込み、嗚咽混じりに「あすかあ」と何度も言った。

 遊鳥は、「信じられない」そんな顔をしたまま、泣き崩れる、空矛祢を見ていた。しかしそれも数秒。遊鳥は泣いている空矛祢に手を回し、抱いた。

「!?!?」

 状況が把握出来ない空矛祢は顔を真っ赤にしながら遊鳥に抱かれている。

 すると耳元から、優しい声が流れ込んできた。

「空矛祢さん、俺は、梓さんの告白は断るつもりで話をしようとしてたんです」

「な、なぜじゃ!?せっかく幸せになれるチャンスだったに!」

「そんなもの、じゃないと、ダメです」

「どういう事じゃ?」

「俺が好きなのは梓さんじゃない。あなたです。空矛祢さん」

「なっ……」

 言葉をつまらせ、頬を真っ赤にする空矛祢。

 それにつられ遊鳥も顔を赤くする。

 しかし空矛祢はすぐにその口を開き、遊鳥に文句を言う。

「お主は、馬鹿なのか!?目の前に自分の運命の相手がいるというのに、幸せを目の前にして、馬鹿にも程があるぞ!」

「それを言われたら弱るんですが、やっぱり、本当に好きな人とじゃないと、幸せになれないと思いまして」

「な、な……」

 照れる空矛祢に追い打ちをかけるように遊鳥は言う。

「空矛祢さん、俺と、付き合ってください」

「遊鳥、妾は八百の歳を超えた狐じゃぞ?お主なんて童子に見えるほどにおばあさんじゃぞ?」

「それがどうしたって言うんですか、とてもそうは見えないし、むしろ子供のような体型です」

「狐と付き合ってるなんてしょくばで言ったら笑われるぞ?」

「そんなの無視すればいいじゃないですか」

「本当に、妾でいいのか?」

「そう言ってます。何度も、あなたが好きで、あなたと一緒にいたい。空矛祢さんと気持ちは一緒です」


「これからの人生、辛いことや悲しいことも全部ひっくるめて、俺と一緒に歩んでくれませんか?」


 遊鳥のプロポーズに、空矛祢は涙しながら答える。


「まだまだ未熟で、見た目通りの不束者じゃが、お主がいいと言ってくれるなら、そばにいさせてほしい──」


 大粒の涙を流し、にこりと笑う空矛祢は、今までで一番の笑顔だった。

「さっき言ってた神様の掟ってどうするですか?」

「ん?まあ、なるようになるじゃろ」

「適当ですねえ」

「気にするでない、そんなことよりも、今、この時間を大切にしていかんか」

 二人はベランダで、星空を見上げながら夜更けまで、話をした。

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