「新劇場版エヴァンゲリオン・破 続き」

 一応。破の中身に触れると、うーん、必要あるんかね。


 いろんな人が考察動画とかあげてるし、そもそもそんな深く考えてエヴァ見たことないんよ。

 これが高校生とか、大学生の時なら、すごい設定とか、世界観とかを追求するのだけど、さすがに30過ぎてから「破」を見ると、「うわあ、かっこいい」とか「すげー」という、獣神サンダーライガーみたいなコメントしか出ないわけで。


 劇場版のエヴァンゲリオンは、アニメ版以上にエンタメに寄せた作品なのだと思う。

 さっきも書いたけど、空中から落ちてくるシーンを受け止めに行くシーンは、この作品の一番の見せ場だと思うし、ストーリーとか無視して、本当にかっこいい。ぜひあそこは劇場で、それもなるべく前の方で、迫力のある状態で見るべきであると思う。

 ちなみに映画好きな人は、映画館の後ろに座りたがるが、俺は首がつかれてもいいから最前列で見たい!

 「破」はかっこいい作品、エンタメとして刺激的な作品で完成されてるから余計なことを考えなくていい。これでいい。


 とはいえ、一応「破」の中身を少し考えていこうかあ。

 俺がどんな印象を受けたか。


 とにかく「破」では全体として皆が明るい印象を受ける。

 「序」の時では、シンジ君はアニメ版と同様に内向的な少年だし、夜や雨のシーンが多いから、全体的に儚げである。

 また登場人物にアスカがいないので、カラー的にも青や黒ばっかりになって冷たい印象を受ける。

 思い返せば序での戦闘シーンって夜ばっか? いやシャムシェルは昼間の戦闘か。

 そんなこともあって、序は新劇場版という「beautiful world」な世界を描いたなあという印象を受ける。


 一方で「破」はとにかく明るい。

 戦闘シーンもほとんど昼間だし、そのおかげで夕方の戦闘シーンが映えるわけだが。

 そして新キャラのマリもアスカも明るい。なんとシンジ君までもが手料理をみんなに振る舞うような優しい陽キャラへと変貌している。

 さらには儚さと無機質の象徴であるはずの綾波レイですら、シンジのためにパーティを企画するという謎のキャラチェンジを果たす。

 それを受けてゲンドウまでも「デレ」期に突入するのである。

 個人的にはこのゲンドウのデレが今後のエヴァでもすごい大事なんだと思う。シンジとゲンドウの関係って何かに似てると思ったら、美味しんぼの海原雄山と山岡士郎なんだよね。ひょっとしてシンエヴァでは、究極にデレた海原雄山いや、碇ゲンドウが見れるのではと予想しています。


 とにかく、破は登場人物がみな明るい。

 なんだなんだ、これはエヴァンゲリオンなのか。

 本家鬱アニメとしての矜持はどこに行ってしまったのだ?


 とはいえもともとアニメ版も7話から15話くらいまでは、みんなが明るい状態なのだ。それがあるからこそ19話での絶望がある。


 だから、ギャップを作るために破の序盤では必要以上にとにかく明るい村を作ったんでしょうな。

 そしてやはり劇場版でも絶望は訪れる、3号機が使徒に乗っ取られてアスカが侵食されてしまう。

 そしてやはりやってくる最強の使徒ゼルエル。

 エヴァに乗ることを強い意志で拒否するシンジ。


 この辺の内容はアニメ版と同じなのだが、それでも圧倒的に劇場版の方が明るく感じる。アニメ版のような沈んで重い空気ではない。もちろんシンジが力強く書かれてるせいもあるが、それ以上にアスカが病んでないからだろうなあ。」


 アスカの闇の部分はミサトとの会話で解消されているし、破においてはアスカは庵野によって貶められることなく舞台を降りている。

 いや貶めている部分はあるか、なんだ、あのテスト用のエロいプラグスーツは?

「見え過ぎじゃない?」ってそりゃアスカも言うわ。


 俺の考えではアスカは「ギャル」の象徴で、アニメ版においては、そのギャルを凌辱しまくるという庵野の悪い部分が出てしまったわけだが、劇場版では成長して、いじめない代わりに、完全に鑑賞用になったわけだ。

 それであんなどエロい物を着させた。


 わかるぅ、わかるよ庵野。


 おっさんになるとギャルが本当にいとおしく思えるよねぇ。

 付き合いたいとかそういうのはないんだよ、ただ鑑賞しているのが良い。

 庵野さんあなたさては性癖が変わったんでしょう?


 それはさておき。


 最終的に綾波を助けるために覚醒したシンジ。エヴァンゲリオンは疑似シン化状態になって、ニアサードインパクトを起こしかけるわけだが、最終的にカオルによって止められてしまう。

 まあ皆さんご存知の内容で、ここにきて一気に謎のセリフがいっぱい出てきて、視聴者を混乱させる。これこそエヴァの真骨頂。

 その辺の考察はいくらでもユーチューブに転がってるので、ぜひ見てみてください。エヴァファンチャンネルとかね。


 さて終盤では全員が解せないのはやはり

「行きなさい、シンジ君、誰かのためじゃない、あなた自身の願いのために」

 というミサトの言葉である。


 とはいえ、「破」の段階では、子の成長を望む親のセリフのようにしか思えないのだが、まさかQでこの言葉が鋭いブーメランとなっていろんな人を傷つけもやっとさせるとはなあ。

 これはまあでもQのところで話しましょう。


 さあこれで破の話は終わり。


 しかし予告版を見て、まさかQがあんなことになると誰が思っただろう。

 本当に予告版のやつを見たかったよお俺は。


 ちなみにきっちり予告版見るだけで、空白の14年間に何があったのかわかるようになっているそうであります。考察班は本当にすげえわ、実は考察動画上げてる人の誰かが実は庵野本人という説まであるくらいだからね。

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