第十五話 唐突な知らせ

「あぁ、えっと、さ……。お、俺と……。付き合ってくれませんか?」


「……」


 中学二年になってからの五月、僕は校舎裏で告白をされた。

 といっても、これが初めてというわけではない。初めて告白というものを受けたのは中学一年の秋、相手は全く知りもしない先輩だった。

 そして今回も同じ、会ったこともないのになぜ僕を選ぶのか。

 

 ――と、とりあえず冷静に、おちつけ~おちつけ~……。


 もちろん了承する気はさらさらないのだが、相手が冗談ではなく本気だったのは十分伝わってきた。

 ここで肝心なのは、どう傷つけずに断るか。今までは、オブラートという言葉を微塵も感じないほど無言で逃げ去ってしまっていたため、さすがに少しは反省したのだ。

 

 ――そう、すごくいい人なんだよきっと。失礼のないように……。な、なんて言えばいいんだ……。


「あの……。古河さん……?」


「は、はい!なんでしょうか!?」


「えっと……。俺、本気なんです。最初は一目ぼれからだったけど、古河さんが視界に入った時、いつも明るい笑顔で、その笑顔がすごく好きなんです。これから先、大人になってからのことも考えながら、この一生をあなたに捧げたいと思っています!お願いします!!」


 ――え、なんか重くない?すごくなんというか……愛が重たくないですか!?最近の中学生ってこんな真剣に付き合ってるの!?


 なんともいえない重圧感で、僕は冷静になるどころか少しパニックに陥っていた。


「お~い、古河さ~ん」


 そんな時、ふと左後からボソッと僕を呼ぶ声がした。

 恐らく僕が立っているすぐ左の物置の陰、先輩からは見えない場所からだ。

 

 ――いや待て、なんでこんな状況でそんな所から呼ばれるんだ……?


 そろそろと数歩下がってから、ちらっと左へ視線を向けた。

 そこには、ニヤニヤ顔でこっちを見ている圭の姿があった。

 

「ファイト!古河さん!」


 そう満足げにボソッとつぶやくと、先輩の視界に入らないようにそそくさと立ち去って行った。

 

 ――え、なんで圭はここにいたの?まだどっかから見てるの?


 圭にとっては僕を落ち着かせるための行動だったのかもしれないが、なぜか僕は、さらに動揺を隠しきれないでいた。

 

 ――なんか……。圭がどこかで見てるかもって思うと、胸が締め付けられそう……。


 友達にこういった現場を見られることが、そんなに落ち着かないものだとは思ってもみなかった。


「ふ、古河さん?大丈夫?さっきから様子がおかしいみたいだけど……」


「あ、えぁ!あ、いや、その……」


 呂律ろれつまで回らなくなってきた。ど、どうすれば……。


「古河さん!大丈夫!?しっかりして、古河さん!!」


 そろそろ、限界だった。


「す……すみませえぇぇん!!!!」


 大声でそう言い放ち、僕は全速力で校舎裏を後にした。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「お前、ほんとにヘタレな」


 全速力で校門を通り過ぎ、膝に手を付きながらぜぇぜぇ言っていたとき、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ると、見るからに呆れたような顔をしている圭の姿があった。


「やめて!そんな目で僕を見ないで……!!」


 僕は手で顔を覆いながら、懇願するようにそう口にした。


「お、おぅ……。いつになく弱々しいな。ただ誤解を招く言い方はやめろ」


「誤解を招く?どこらへんが?」


「はぁ……。まぁいいや。それにしてもお前、告白あれが初めてじゃないだろ?告白されるたびにあんなにテンパってたのか?」


「ま、まぁ……」


 突いてほしくないところを突かれ、僕は少し縮こまる。


「それにしても、お前ってなんだかんだモテるよな。さっきので通算何回目?」


「た、たしか……四回目?」


「その四回を迷うことなくバッサリなんだろ?もったいないよな~。今までの三人はどんな人かも見たことないけど、さっきの人すっごいいい人っぽかったじゃん。イケメンだったし」


「だから……。僕がなんで男と付き合わなきゃいけないんだよ」


「……えぇっ!?」


 圭が見るからにオーバーリアクションをとり、僕は少しイラッとした。


「このやりとり何回やったっけ?そろそろ怒るよ?」


「すまんすまん!でも何か言わないとお前ずっとしょぼくれてるから、なんか調子狂うんだよ」


 圭は優しい笑みを浮かべながら、僕の方へ視線を向けた。

 告白される度にいつもこのやりとりをするのは、いつも僕に気を使ってくれていたから?

 そう思うと、自分への情けなさと同時に、不思議と心が温かくなった。


「……ありがと、圭。僕はもう大丈夫」


「お、そうか?なら次こそは全速力で逃げたりすんなよ!」


「そうだね……。さっきの先輩には本当になんて謝れば……」


「あ、すまん、俺が悪かったから……。そんな顔で謝られたって先輩も悲しむだけだぞ?もっとシャキっとしろよ!シャキっと!」


「そ、そうだね!シャキっとだねシャキっと!」


 僕は握りしめた両手を掲げ、圭に向かって笑顔でそう言った。

 圭はそんな僕の言葉に「おぅ!」と答え、同じようなポーズをとりながら笑い返してくれた。



 トゥルルットゥットゥットゥットゥットゥットゥ……



 そのとき、僕の鞄に入っていたスマホが唐突に鳴り出した。

 誰からの通話か確認すると、シングルマザーのお母さんに何かとよく手を貸してくれている、親戚の理恵子おばさんからだった。

 

 ――え、おばさん?いきなり僕のスマホにかけるなんて、どうしたんだろ。

 

「あ、ごめん。ちょっと電話出るね」


「了解」


 そして僕は、通話ボタンをタッチした。


「あ、もしもし。理恵子おばさん?」


『……』


 向こう側から声が聞こえてこない。

 通信が悪いのかと疑ったが、少ししてから少し荒い息づかいが聞こえてきた。

 

「えっと……。おばさん?どうしたの?」


『……』


 返答は来なかったが、その代わりに先ほどの息づかいがさらに荒くなっていった。

 そこでようやく僕は、おばさんがすすり泣いているのだとわかった。


「え、おばさん、泣いてるの……?ねぇどうしたの!?何があったの!!??」


 僕はなにか嫌な予感がして、焦るように声を荒げて彼女に問いただした。



『……朋ちゃん。気をしっかり持って、よく聞いてね。その……あなたのお母さんが……じ、事故に会って……。うぅ……!!』



 ……え?

 お母さんが……事故にあった……?

 事故って、何の事故?

 おばさんがここまで取り乱しているなんて……余程の怪我なのかな……。

 ……いや、今僕が混乱してどうするんだ、落ち着け、僕。

 とりあえず、早くお母さんの様子を見に行かないと。


「おばさん、落ち着いて。僕は大丈夫だから」


『と、朋ちゃん……』


「ごめん、おばさん。今お母さんがいる病院、教えてくれない?心配だから、お母さんの様子を早く見に行きたいんだ。あ、それともまだ面会できないの……?それほどに、ひどい怪我なの……?」


『……』


 おばさんは、ふたたび無言になった。


「……ねぇ、おばさん?大丈夫?お母さんの容態、もしかしておばさんもわかってないの?」


『……』


 僕は、先ほどよりもはるかに激しい胸騒ぎを感じた。

 スマホを持つ僕の右手が、小刻みに震え始める。

 なんで?

 お母さんが事故にあったことも、余程ひどい事故だったんだろうというのも、今のお母さんの容態は決してよくはないということも受け入れたのに。

 それなのに、なんで、なんでおばさんは……。

 

 僕に、まだ何か隠しているの?


「――ねぇ、おばさん。念のため確認したいことがあるんだけど……」


 僕は絶対にありえないとは思いつつ、自分が安心するために、聞かずにはいられなかった。

 微かに震える声で、僕は一言、おばさんに問いただす。




「お母さん、生きてるよね……?」




『……』


 おばさんは、再び無言になる。

 少ししてから、おばさんは振り絞るように言葉を発した。


『――朋ちゃん。今から私の家に来て。今後について話し合わないといけないから』


「……え?何言ってるの?病院に行かないと、お母さんの様子を見に……」



『朋ちゃん!!』



 泣き叫ぶ声で、おばさんは僕の言葉を制した。


『……祐くんと涼ちゃんには、まだ伝えてないから。あの子たちには何も言わずに、あなただけ来て』


 

 そう言って、彼女は通話を切った。

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