第十四話 僕の幸せ

 僕と圭は、小さい頃からの友達だった。


 まぁ、俗にいう幼馴染というやつだ。


 家が隣同士とまではいかなかったが、子供の足で家から五分くらいで着くくらいには近かった。

 保育園も同じ所へ通い、母親同士も仲が良かったため、よく圭と一緒に遊んでいた。


「ねぇ、圭くん。もうすぐ小学生になれるね!ランドセル早くほしいな~!小学生になったら一緒に毎日行こうね!」


「朋、そう言ってくれるのはうれしいんだけど……登校の時は班で固まっていくんだぞ?ここらへんの同じ学校通うやつらと一緒に通うんだ」


「えぇ~……。そんなぁ~……。で、でも家も近いし、きっと同じ班になれるよね!」


 この時の圭の顔を、申し訳なさそうな、それでいてどこか寂しそうな顔を、僕はよく覚えている。


「……すまん、朋。俺、お前と一緒に学校行けないんだ」


「え?あ、もしかしてもう登校の時の班の人たち知ってるの?そっか……。でも学校についたら一緒に遊べるよね!帰るときも一緒に帰れるし、学校がなくたっていつでも遊べるもん!だから大丈夫だよ!」


「えっと、そういうことじゃなくて……。俺、お前の行く学校とは違うとこ行くんだ……」


「……え?」


 この時の圭の言葉に、僕は耳を疑った。圭と同じ小学校に行けると、僕はあの時、信じて疑わなかったから。


 それから圭は、自分が隣町の双木小学校という学校に通うこと、両親の都合でおばあちゃんの家に暮らすことになること、いろんなことを僕に教えてくれた。


 僕はとても悲しかった。

 一緒に圭と同じ学校に通いたい、そう駄々をこねたくもなった。

 だけどそんなことをしたら、きっと僕の母は困るだろうし、圭だって困ることは分かっていた。

 それに圭の顔を見ていたら、僕も我慢しなくちゃいけないんだと、子供ながら漠然と思った。


「もう、会えないわけじゃないもんね」


「あぁ、もちろんだ。長い休みに入ったら、少しの間だとしても絶対に戻ってくる」


「絶対だよ?戻ってこなかったら僕怒るからね」


「おぉそりゃ大変だ。これはなにがなんでも戻ってこないとな」


 そう言って圭は、やっと笑ってくれた。

 僕は圭が笑ってくれたことが、いつも以上にうれしかった。

 その笑顔につられて僕も笑った。そしてその時、僕は念を押すかのようにこう言った。


「僕、ずっと待ってるからね!」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 小学校に入学してから毎年長い休みに入ると、圭は約束通り戻ってきてくれた。


 圭の元の家には誰もいないため、決まって僕の家に泊まってくれたことが、とてもうれしかった。

 いつも一週間ほどしかこっちにはいられなかったが、帰る日には「また来るからな」って言ってくれたから、僕は我慢できた。


 そして僕はその度に、ありったけの思いをこめて「待ってるね」と返した。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 小四の夏休み、圭は今までと同じように僕の家に来てくれた。


 そしてその頃から、圭の話に必ず出てくるようになった子がいた。

 それは、いつも女装をしていて、他の女子よりもかわいい男の子。


 名前は聞かなかったが、圭がその子の話をしている時、不思議とあまりいい気分にはならなかった。

 恐らくその子の話を聞いて「なんて女々しいやつなんだ」と思ったからだろう。

 ちょうどその頃から、自分は男だという思いが強くなっていたため、女々しい男子というのに少し嫌悪感を抱いていたのかもしれない。


 しかし、その男の子自体が嫌いになることはなかった。

 タイプは全く違えど、その子も僕と同じように、悩みを抱えながら生きていることは伝わったから。

 まぁ、あまりにもその子の話ばかりしていた時に、ほんの少し痺れを切らして、


「なに、圭ってその子のこと好きなの?ホモなの?」


 と返したことはあったのだが。


 あの時の圭の動揺した顔を、僕はまだ鮮明に覚えている。


 そして、僕は圭にあることについて話した。

 それは、僕の母と父の仲が、だんだんと悪くなっていると感じること。


 あの頃の僕にはなぜ喧嘩しているのかわからなかったが、その原因は、僕が小三の頃に父がリストラされ、その後も新しい仕事に就かずに無職でいたことらしい。


 あの頃の僕にとっては、父がいつも家にいてくれたことがただうれしかったのだが、父と入れ替わるかのように、今度は母が家にいることが少なくなった。

 専業主婦だった母がいきなり家計を支えるために仕事を探し、必死に働いているのにもかかわらず、父は仕事に就こうともしない。このことが、母のストレスの原因になったのだろう。


 そんなことも知らず、ただ両親のことを心配する僕に、


「大丈夫だって!お前のお父さんとお母さん、いつもあんなに仲良かったんだから。きっといつの間にかまた仲直りするって!心配すんな!」


 圭はそう励ましてくれた。

 そして僕も、絶対にそのうち仲直りすると信じ、ただその時を待っていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 その年の冬、父と母は離婚した。


 

 悲しみに暮れる僕のそばに、圭は一週間の間ずっといてくれた。


「仲直りするなんて無責任なこと言って、ごめんな。お前が落ち込んでるところ見てたら、なんとかして励まさなきゃって思って……。ほんとごめん」


「……ううん。圭が謝ることなんてないよ。僕のこと心配してくれて、ありがと」


「……頑張れよな。俺もできる限りお前の力になるし、お前のお母さんだって、祐くんと涼ちゃんだっている。お前は一人じゃないんだから。だから……頑張れよな」


「――うん、ありがと。僕、頑張るよ」


 その時、父と別れてから初めて、笑うことができた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 

 小六の冬休み、圭の両親がもうじきこっちに戻ってくるという知らせをお母さんから聞いた。

 そして、圭が泊まりに来たとき、


「俺、中学校はお前と同じところになりそうだわ」


 圭がそうつぶやいた。


 正直、僕はとてもうれしかった。


 今度こそ圭と同じ学校に通える。

 いつでも圭と一緒に遊べる。


 そんな思いが込みあげてきた。

 ただ、そんなありのままの自分を圭に見られるのが恥ずかしくて、


「……そ、そうなんだ。これからもよろしくね」


 素っ気ない感じに、僕はそう口にした。

 僕の言葉に圭は「おう!」と笑顔で返してくれた。

 ただその時の圭の顔は、少し心残りがあるかのように見えた。

 僕の気のせいだったのだろうか。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そして僕たちは、無事中学校に入学することができた。


 圭と一緒に登校できる。僕はそれがすごくうれしかった。

 対する圭も、冬休みの時のあの表情とは一変して、すっきりしたような明るい表情になったような気がした。

 中学校に入ったら女子用の制服を着なければならないことには、いささか不満だったし、正直入学してすぐの頃はスカートが全然落ち着かなかったが、それでも中学校での生活はとても楽しかった。

 僕と圭は部活に入ることはなかったが、その分一緒に帰ることもできたし、いつでも暇なときは圭と遊ぶことができた。

 こんなこと圭には絶対に言えないが、僕にとってはそれだけで幸せだった。


 そう、幸せだったのだ。




 ――あの事故が、起きるまでは。

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