第十三話 転変
「僕が……一体何だって……?」
「……お、お前。いつから……そこにいるんだ?」
なんでここに朋がいるんだ。思わぬ朋との遭遇に、俺は動揺していた。
菜月も俺と同じように、表情から焦りと戸惑いの色がにじみ出ている。
「え、いつからって……。今来たばっかりだけど」
「今って、どのくらいの今だ?」
「はぁ?今は今だよ。今さっき圭たちを見つけてそっちに近づいて行ったら、僕の名前が聞こえた気がしただけだよ」
「そ、そうか……」
どうやら、ついさっきのやりとりは聞いていなかったらしい。それを聞いて俺と菜月は、二人して安堵の息を漏らした。
「何?やっぱなんかまた企んでたわけ?」
俺ら二人の様子に違和感を感じたのか、朋は疑いの眼差しを俺に向けた。
「いや、そういうわけじゃないんだ。まぁ、気にするな」
「ふぅ~ん……。ま、別にいいけどさ」
朋はまだ納得できないような顔をしていたが、これ以上のことは聞かないでいてくれた。
「ところで、なんでお前が俺たちを探してるんだ?」
「そ、それは……。何か二人とも様子が変だったし。帰ってから電話かけても二人とも出ないし。二人の寮の方に行っても、まだ二人とも帰ってないって言われたし……」
「なるほど、それで心配してくれたのか」
「……わ、悪い?」
少し気恥ずかしかったのか、朋はもじもじしながらそう口にした。
「なんでそうなるんだよ。むしろ朋にまで心配かけて、悪かったな。心配してくれてありがとう」
「……うん」
そう頷いた朋の表情は、なぜか少し寂しそうだった。
「朋くん」
菜月がふいに、朋を呼びかけた。
「ん、何?」
「その……ごめんね。あからさまに朋くんに隠し事をしているかのようで、あまり気分良くないよね。だけど少なくとも僕の口からは、そのことを告げられないんだ。ただ、これだけは言わせて」
菜月は真剣な眼差しを、朋に向けた。
「僕たちは、朋くんを仲間外れにしたいなんて思ってない。それだけは信じてほしい。いつかきっと、朋くんにも伝える日が来ると思うから」
「……そっか。ありがと、菜月」
そう口にした朋は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、僕は商店街の方に用があるから、もう行くね!」
菜月はそう言って、俺たちの方へ手を振った。
その後足早に駆け出して行ったが、少し行ったところで再び立ち止まり、こっちの方へ振り向いた。
「ねぇ、圭くん」
「ん、なんだ?」
「……僕、まだ諦めてないから」
夕日で顔を朱色に染めながらふっと微笑み、すぐ近くの角を駆け足で曲がっていった。
「……今のやり取りについても、詳しく聞かないほうがいい?」
「……まぁ、俺の口からは言わないほうがいいかもな」
「ふぅん。まぁいいけどね、隠すことに悪気はないんだろうし。圭はもう寮に戻るつもり?」
「まぁ、そうだな。他に寄るところも特にないし」
「そっか。じゃあ一緒に帰ろ」
そして、朋はのんびりした足取りで歩き始める。
そんな朋の隣に並ぶように、俺も歩き出した。
お互い無言のまま、まっすぐの道を相変わらずのスピードで進んでいく。
やがて、坂と交わる交差点についた。そこを俺たちは右に曲がり、坂を下っていく。
その下り坂に差し掛かった時、朋はふと独り言のようにこうつぶやいた。
「圭って、好きな人いるんだね」
「……え、は、え、えぇ!?」
俺はあからさまに平静さを失った。
「え、お前話聞いてなかったんじゃないの!?」
「そこだけだから!誰が好きとかも知らないし、息を整えるので精いっぱいで、僕の名前は本当に脈略もなく聞こえただけ!」
「そ、そうか……。すまんな、お前にだけ隠してるみたいで」
「いや、いいんだよ。そんなことはいいんだよ……」
そんなことはいい。朋は確かにそう言った。
それは俺らに気を使って、ただ強がっているのだろうか。
それとも、本当に隠していることには気にしていないのだろうか。
そうだとしたら、なんで……。
「――なんでお前は、そんなに寂しそうなんだ?」
「……えっ?」
朋はこちらに視線を向けているはずなのに、まるで何も見えていないかのような、茫然とした表情をしていた。
「え、僕、そんな顔してた?なんで……」
朋は混乱しているのか、うつむきながら立ち尽くしている。
さっき二人の様子がおかしかったと朋が言ったが、最近朋の様子も、どこかおかしい気がする。
菜月と三人で遅刻しそうになったあの日、あの日から沢渡さんに対して、どこか焦るように積極的になったような……。
俺の考えすぎなのだろうか。
「あ、もしかして俺が沢渡さんを狙ってるかもって心配になったとか?心配すんな、別に沢渡さんを狙ってるわけじゃないから」
「……あ、あぁ!そっか、そうだね、それで僕は。うん、きっとそうだよ!」
朋はどこかすっきりとした表情になった。その様子を見て、俺も少し安心した。
「じゃあ、俺はここ左に曲がるから」
そして、俺は素直に思ったことを口にする。
「沢渡さんとのこと、応援してるから。がんばれよ、朋」
「……うん、ありがとう。すごくうれしいよ」
「おぅ。じゃあな、朋」
「うん、また明日」
その言葉を聞いて、俺は朋に背を向け歩き始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
圭が寮へ向かっていくその背中を、僕は見えなくなるまで追っていた。
「……すごく、うれしいよ」
僕は、一体どうしてしまったのだろう。
「すごく、うれしいはずなのに……」
なぜか、瞳から涙があふれてくる。
「ひぐっ、なんで……。なんで僕は……なんで……!」
僕はどうしようもないまま、夕日に背を向け、ただただ立ち尽くしていた。
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