第十話 君の名前は?

 僕、椎名菜月は、少し変わった子供だった。

 

 ――あそこにいるの、あいつだよな?


 小学生の頃……。

 いや、もっと前からかもしれない。


 ――あんなところにいやがったか、女男。


 とにかくかわいいものが大好きだった。

 女の子のかわいい服、かわいいスカートが、大好きだった。


「やぁ、おじょうさ~ん!こんなところで何してるんだ~?」


 ある日お母さんに、女の子の服やスカートを買ってとお願いした。

 最初は、もちろん断られた。

 当たり前のことだ、僕は男なのだから。


「えっ……」


 それでも必死にお願いした。

 どうしても欲しかった。

 自分も、かわいくなってみたかったのかもしれない。

 そしたら、お母さんはしぶしぶ買ってくれた。


「だから~。公園の砂場なんかで、一人でなにしてるんだっていってんの~」

 

 家に帰ってすぐさま着てみた。

 かわいい服とかわいいスカートを着た僕は、自分ながらとてもかわいいと思った。

 そんな僕を見て、両親もかわいいと言ってくれた。


「お、お城、つくってるの……」


 それから僕は、学校のみんなもかわいいって言ってくれると思った。


 そして次の日、女の子の格好をして登校してしまった。


「ふ~ん……」


 そして、それ以降……。


 

「きもちわりぃんだよっ!!」


 

 僕は、男子にイジメられるようになった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「きもちわりぃんだよっ!!」


 一人の男子はそう吐き捨てるかのように言い、砂の山を僕の方に向かって蹴り崩した。


「ぐふっ……。ごほっごほっ……」


「なぁ……。そんな格好して何が楽しいの?」


 僕はイジメを受け始めてからも、女の子の格好を続けていた。

 意固地になっていたのか、どうしてもこの格好でいたかったのか……。やめなかった理由はよく覚えていない。


「男がそんな格好して、恥ずかしいと思わないの?気持ち悪いと思わないの?」


「……」


「なぁ、おい……」


「……」


「無視してんじゃねぇ!この女男!」


「……」


 僕は何も言い返さなかった。

 無視していたというよりは、ただ言い返す勇気がなかったのだ。


「……」


 そいつは、静かに拳を強く握りしめた。

 殴りかかってくる合図だ。

 何度も経験したからわかる。


「……まじでむかつくんだよっ!!」


「……!!」


 僕は歯を食いしばって、目をつむった。

 体を震わせながら立ち尽くしていた。


「……」


「……?」


 なぜか、顔に衝撃が走らない。

 今までこんなことはなかった。

 僕の正面から、うめき声が聞こえる。


 僕は少し混乱しながらも、おそるおそる目を開けてみた。



「……え?」



 今にも殴りかかろうとしていたそいつは、地面に崩れ落ちていた。


「大丈夫か?」


 状況が呑み込めていない僕に、見知らぬ一人の男子がそう声をかけてくれた。


「え、あ、えっと……」


「……いってぇなぁ!なにすんだよ!」


 崩れ落ちていたそいつは、顔を手で押さえながら立ち上がった。


「おまえこそ、女の子に殴りかかるなんて男としてどうなんだよ」


「……はぁ、こいつ男だぞ?男なのにこんな格好してるなんて、気持ち悪いだろう?だからいいんだよ。お前も気持ち悪いと思うだろ?」


 そいつはそう言いながら、見知らぬもう一人の方へ歩み寄っていく。


 今日もいつもと変わらない。


 この男子も、僕を気持ち悪いと思うだろう。

 イジメる人数が一人増えただけ……。


 そう、思っていた。


「ぐあっ!」


 僕の目の前で、そいつは顔を殴られた。


「男だとしても関係ないだろ。そもそも、こいつが女装男子だったところで、お前がイジメていい理由にはならないんだよ」


 ――僕を……助けてくれるの……?


 あまりに想定外だったため、うれしさよりも驚きが先に出た。

 今まで女子に助けてもらったことはあったが、男子に助けてもらったのは初めてだったのだ。


「お前、双木小なみきしょうだろ?」


「う、うん……」


 双木小は、僕の通っている小学校の名前である。

 僕の学校を知ってるということは、同じ学校の生徒なのだろうか。


「今度またこいつをいじめてたりしたら、俺が許さないからな」


「……チッ!」


 そいつは舌打ちをし、顔をおさえながら逃げるように去って行った。


「あ、あの……。ありがとう……」


 僕はうれしさと気恥ずかしさが入り混じり、伏し目がちにそうつぶやいた。


 ――あれ?


 返事が何も返ってこず、疑問に思いながら顔を上げると。


「ジ~……」


 その男の子は、まじまじと僕の顔を見つめていた。


「えっ!?な、なに……!?」


 驚いて少し声が裏返ってしまった。顔が少し熱い。


「あ、いや……。実はお前のこと知ってたんだ。学校ですれ違ったことがある程度なんだけどさ。かわいい子だなぁ~って思ってたんだけど、まさか男だったとはな」


「か、かわいいっ!?」


 顔が焼けるように熱い。完全に声が裏返ってた気がする。


「ここでまじまじと見ても、ほんとに女にしか見えないもんな……。お前4年4組だろ?俺4年1組なんだ!あ、お前のクラス知ってるのは、たまたま入ってくとこ見たからだから」


 そして、その男の子は手を差し出し、こう言った。



「俺たち、友達になろうぜ!」



 その瞬間、僕の目からボロボロと涙が溢れてきた。

 涙を抑えようとしても、全く抑えられなかった。


 この言葉を、どれほど誰かに言ってほしかっただろう。

 この言葉を、どれほど聞きたかっただろう。


 涙を流しながら、うれしさがこみあげてきた。


 ――今の僕の顔、すごいことになってるだろうな……。


 そんなことを思いながら、僕はその男の子の手を握り返し、


「うんっ!」


 満面の笑みで、そう答えた。


「よし、それじゃ!また明日学校で!」


 そう言って、その男の子は走って帰ろうとしていた。


「あ、ちょっと待って!」


 僕がそう声をかけ、彼は足を止めこちらを振り向いた。


「僕、椎名菜月!君の名前は?」


 彼は、笑顔で体をこちらに向け、


 

「俺は長月圭!じゃあな、菜月!」



 そう言って、元気に走り去って行った。

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