第九話 お前いったい……どうしちゃったんだよ

「あれ、お前ら……」


「え、なに?」


 朋は不思議そうに、圭を見つめた。


「あ、いや……。そんなに仲よさげだったっけ?」


「あぁ、ちょっといろいろあって……ね」


「そうですね~。いろいろありましたね~!」


 そう言った心葉の右手は、朋の左手を繋いでいた。二人とも、先ほどとは打って変わって、見るからにご機嫌な様子だ。


 ――二人が出てってから、そんなに時間はたってないんだが……。いったい何があったのやら。


「あ、おねえちゃん!無事に朋さんと仲直りできたよ!」


心葉は朋のもとから離れ、雫のもとへ近づいていった。


「よかったね、心葉。がんばったね、えらいよ」


「そ、そんなこと……。こうして仲直りできたのも、おねえちゃんのおかげだよ。本当に、ありがと……おねえちゃん」


 心葉は少し恥ずかしそうにしながらも、笑顔でそう口にした。そして、


 ――なるほど、沢渡さんの妹だったのか。


 そんなことを思いながら、


「えっと……。心葉ちゃん、だっけ?姉妹愛を確かめてるところ悪いんだけどさ」


 圭がそう口にし、心葉はキョトンとした顔で圭の方を振り向いた。そのとき、


「は~い、みなさ~ん。朝のホームルーム始めますよ~。席に座ってくださいね~」


 教室に姿を現した近藤先生は、いつもののんびりとした口調で、そう口にした。


「朝のホームルーム、始まるぞ?」


「もう少し早く言ってくださいよっ!」


「いや、すまん。俺もついさっき気づいたんだ」


「そ、そうですか……。とにかく私は教室に戻るので!ではまた~!」


 心葉は走りながらそう口にし、颯爽と教室を去って行った。


「あ、あの子また来てたのか」


 心葉が去って行ったすれ違いざまに、和真が教室に入ってきた。


「そもそも、朋とあの子はどんな関係なんだ?」


「えっと……。あの子、沢渡さんの妹なんだよ」


「あ、そうなの?」


 和真はそう言って、雫の方へ振り向いた。


「あ、はい……。そうなんです……」


 口調がいつものゆったり口調になった。心葉と話しているときと比べると、その差がはっきりとわかる。やはり、他人と話すのは少し苦手なようだ。


「なるほど。圭は初めて会ったんだろ?どんな子だった?」


 和真にそう聞かれ、圭は「う~ん」と考えた結果。 


「なんというか……。忙しい子だったな」


「あはは……」


 圭の率直な感想に、朋は苦笑いを浮かべていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「それにしても、沢渡さんの妹とまで仲良くなるとはな」


 学校からの帰り道。朋の方へ視線を向け、圭はそうつぶやいた。


「すごい進歩だね、朋くん!」


 圭の左隣りにいる菜月も、うれしそうな顔をしながら朋を見つめている。


「調子に乗るなよ、二人とも……あくまで結果論だからな。たまたまいい方に進んだからよかったものの、最悪プラマイ0どころかマイナスだったからな」


「や、やっぱりまだ怒ってる……?」


 菜月はおそるおそるといった感じで、朋にそう聞いた。


「――いや、怒ってはないよ。まぁ、きっかけとなったのはまぎれもない事実だし……。少しは、感謝もしてる」


 うつむきながら、朋はもじもじとそう言った。


「そっか、それはよかった。実をいうと、沢渡さんとのきっかけを作ってあげようって最初に提案したのは、菜月だったりするからな」


「えっ!?ここでそれ言うの……!?」


 突然圭が発した言葉に、菜月はあからさまに動揺していた。


「そっか……。菜月だったのか」


「え、えっと……。なんとなく朋くんが沢渡さんと仲良くなりたそうなのが、見ててわかったし……。えぇっと……ごめんなさい!」


「いや、だから、もう怒ってないって」


 朋は笑いながらも呆れたような顔をして、そう言った。


「ところで……。僕、そんなわかりやすい感じだった?」


「まぁな。というか、仲良くなりたいというより……付き合いたいの方な気がするくらいにはな」


「はぁっ!?いや、えっと、なっなんでそうなるんだよ!!」


「お前の沢渡さんへの熱い視線がすごかったからな」


「そんな視線送ってないだろ!?え、いや、送ってないよね?ねぇ、菜月!」


「あ、あはは……」


 紛らわすかのように、菜月はあさっての方をむいて苦笑いを浮かべていた。


「そ、そんな視線を送っていたのか、僕は……」


「あれ、勘違いだったか?」


 恥ずかしそうにしゃがみこんで、顔を手で隠すようにしている朋は、少しの沈黙の後……。


「――いや、間違って、ない……」


 手でこもったか細い声で、朋はそう言った。


「まぁ、だろうな。わかりやすすぎるんだよな~お前。なぁ、菜月」


「ま、まぁ……。ちょっとわかりやすかったかな……」


 そんなふたりのやり取りの間、しばらくしゃがみこんだままだった朋は、いきなり立ち上がって。


「こういう時は、開き直って堂々とした方がいいのかな?」


 いまだに赤みがかった顔のまま、朋は圭にそう聞いた。


「いや、知らねぇよ……。まぁ、そっちの方がいいんじゃないの?」


「そっか、じゃあそうしてみるよ」


「まぁ、あまり無理しない程度にな」


「そうだね。もうすでにちょっと無理してるけどね」


「ですよね~」


 そう言って、どちらからともなく、二人は一緒に笑い出した。


 ――あいかわらず、二人はやっぱり仲がいいな……。


 菜月はそう感じながら、二人を見つめていた。


「ん?どうしたんだ?菜月」


 圭が少し心配そうに、菜月に向ってそう口にする。


「えっ?」


「いや、なんか寂しそうな顔してるな~と思って」


 菜月は少しうつむいたが、


「――そんなこと、ないよ」


 そう呟いて、小さく笑った。


「そうか?ならいいんだけどな」


 ――圭くんは、こういうときに気づいてくれるんだね、やっぱり。


 菜月はふたたびうつむいて、そんなことを思う。


「……お~い、菜月」


「ん、どうしたの?朋くん」


「いや、呼んでも返事がなかったから。どうしたんだ?ぼ~っとして」


「あ……ちょっと考えごとしてたんだ、ごめんね。で、何だった?」


「あ、いや、その……。菜月が提案してくれたんだろ?きっかけを作ろうとか、余計なお世話って言いたいところだけど……。まぁ、本当にきっかけになったのは確かだし……」


 朋は漂わせていた視線の先を、意を決したかのように菜月の方へ向けた。そして、


「ありがと、菜月」


 朋はそう言って、ふっと微笑んだ。

 その瞬間、菜月は視線を逸らすかのように、前髪で顔を隠すかのように、うつむいた。そして、


「――ごめん」


 かすかな声で、菜月はそう言った。


「え、今なんて言った?」


「……いや、何も言ってないよ。僕も朋くんが喜んでくれて、とてもうれしいよ」


「あ、あまり調子に乗るなよ!結果的によかったから、まぁ一応?お礼してあげてるんだからな!また今回みたいに余計なことして悪化したら許さないぞ!」


「……そうだね。朋くんに怒られるのはイヤだし、これからは気を付けるよ」


「――なぁ、菜月……」


「あ、ごめん。ちょっと用があるから、僕はこっち行くね。圭くんは先に寮に行ってて」


「あ、あぁ……」


「じゃあ、またあしたね」


 菜月はそう言って、寮とは違う方向へ歩いて行った。


「またあした~!」


 朋は菜月の背中に向って、手を振り続けている。

 

 ――朋は気づいてないのか?俺はさっきまでずっと菜月の隣にいた。朋が聞こえなかった声も、朋の方から見えなかった顔も、全部見えていた。


 圭はうつむきながら、黙々と考える。


 ――なんであんな顔をしていた?ごめんって……何のごめんだ?余計なことしてごめん。のごめんか?……そうだとしたら、なんであんな顔して言ったんだ?まだそれほどまでに罪悪感が抜けてないのか?それとも、また違う理由が……。


「けい!」


「おぉ!?なんだ、どうした!?」


「どうした?はこっちのセリフでしょ!まったく、今日は二人ともぼ~っとしすぎじゃない?」


「あ、あぁ、すまん。ちょっと考え事してた」


「考え事ねぇ~……。また余計なこと考えてないよね?」


「そっちの考え事じゃないから安心しろ」


「ふぅ~ん……。どうだかねぇ……」


 ――朋のこの様子だと、朋はやっぱり気づいてないみたいだな……。


「すまん、朋。ちょっと菜月に用があったの忘れてた。ちょっと行ってくるわ」


「え、菜月に?寮に戻ってからじゃだめなの?」


「菜月とは部屋が離れてるしな。あと、できるだけ早い方がいいんだよ」


「ふぅ~ん。わかった、じゃあまたあしたね」


「あぁ、またあした」


 そう言って、圭は菜月の向かった方へ走って行った。


「――今日の二人、なんか変だったな……。考えすぎかな」


 朋は首をかしげながら、自分の家へ向かって歩いて行った。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ――こっちの方へ歩いて行ったが、こっちには……商店街があったか。見つかるといいんだが……。


 圭は菜月の向かった方角へ、ひたすら走っている。


 ――せめて、行き先だけでも聞いておくべきだったな。まぁ、あの様子じゃ答えてくれたかもわからないか……。そもそも、行き先なんてなかったかもな。

 

 菜月が商店街の方へ向かっていったのなら、もうすぐ商店街につくはずだ。


 ――なぁ、菜月。


 握り拳に、自然と力が入る。




 ――お前いったい……どうしちゃったんだよ。

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