第八話 本当に、ごめんなさい

「……ん?お~い、朋~?」


 圭は朋にそう呼びかけたが、朋からの返事はない。

 朋の来客のはずなのだが、なぜか朋は座ったまま固まっていた。

 まるで電子機器がフリーズしたかのように。

 その間にも、朋の来客らしい銀髪の小柄な少女は、朋を見据えながらじっと突っ立っている。

 

 ――朋の反応といい、謎の銀髪少女といい、まったくもって状況が呑み込めないが……。とりあえずこのままじゃ、あの子がかわいそうだよな。


 圭はそう感じ、


「あいたっ!」


 ひとまず朋にデコピンした。


 「なんだ?お前誰かに会いたいのか?」とベタながらも聞き返したくなるような見事なリアクションだったが、今はそれどころではない。


「なに固まってるんだよ、お前。あの子ずっと待ってるだろ?」


「……あ、あぁ、ごめん」


「謝る相手、間違えてるからな。早く行ってこい」


「う、うん……」


 朋は立ち上がると、様子をうかがうようにしながら、そそくさと銀髪少女の方へ向かっていった。

 そして「ごめん、待たせて」と謝っていた朋は、「ひとまず場所を変えませんか?」という少女の一言とともに、教室から去って行った。


「……なぁ、さっきの銀髪の女の子は誰だ?見た目高校生には見えなかったんだが」


 先ほどから静かに様子を見守っていた和真は、圭にそう尋ねた。


「さぁな、俺も知らないが……。少なくとも制服はうちの学校のものだったし、同じ高校生だろ」


「おぉ、そうだったか。あまりの小柄さに、制服まで気にしてなかったぜ……」


「まぁ、俺も少しびっくりしたけどな」


 ――それよりも、あの子は朋を連れて何の用だったんだ?朋のあの反応が少し気になるんだが……。あの二人はどんな関係性なんだ……?


 朋たちがいた教室のドアの方を見ながら圭がそんなことを考えていたとき、そのドアから突如、沢渡雫が姿を現した。


「あ、えっと……。私に何か用でしょうか……」


 圭からまじまじと見られていると感じたのか、雫は顔を少し赤らめながらそう口にした。


「あ、すまん。特に理由はないんだ。気にしないでくれ」


「そ、そうですか……」


 雫は少し落ち着いたのか、固まっていた足をふたたび前へ進めた。


「あ、ところで……。古河さんは、まだ来てないのですか……?」


 雫はいつものおっとりとした口調で、教室全体を確認しながらそう聞いてきた。


「あ、朋か?朋ならさっき、小柄な銀髪少女と二人でどっか行ったぞ。俺は知らない子だったけど」


 圭は雫に、そう答えた。すると、


「……そうですか」


 雫はそう言って、うれしそうな笑顔を浮かべた。

 雫の予想外の反応に、圭は少し驚いた。そして、またもや静かに見守っていた和真と顔を見合わせながら、頭上に疑問符を浮かべていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ここでいいですか?」


 心葉は同じ階の空き教室の前に立ち止まって、朋にそう聞いた。


「あ、うん」


 そう答えた朋に心葉は頷いて、二人は空き教室の中を入っていく。

 心葉が教室の扉を閉め、中央のあたりまで歩を進め、そこで立ち止まった。

 朋もそれに合わせて、その場で立ち止まる。

 心葉は背を向けた状態のため、朋からはその表情はうかがえない。


 そして、二人の間に沈黙が訪れた。


 ――き、気まずい……。


 どう声をかけるべきか、朋は決めあぐねていた。


 ――でも、僕が全部悪いんだ。僕から先に、謝らないと。


「あ、あの、心葉ちゃん……」


 そう朋が呟いた、そのとき、


「――昨日はほんっとうにすみませんでしたっ!!」


 心葉が勢いよくそう口にして、深々と頭を下げた。


「え、いや……。心葉ちゃんが謝ることないよ!悪いのは全部僕なんだし……。ひとまず顔を上げてよ……ね?」


 そう言われた心葉は頭を上げるが、まだうつむいたままだ。


「――昨日、おねえちゃんと話し合いました。それで、冷静に考えたら、見た目で勘違いされることなんて珍しくもないことなのに、ましてや初対面の朋さんを責めたてるなんて……。本当に大人げないというか……。いや、大人じゃないのですが、えっと、子供らしいことをしてしまって……。とにかく、すべて私の責任です!本当にすみませんでした!!」


 そう言って、心葉は再び深々と頭を下げる。


「え、いや、だから……!心葉ちゃんが謝ることじゃないんだって!顔を上げてよ!」


 朋は必死に、そう訴えかける。

 少しの沈黙の後、


「――こんな私を……。許してくださるのですか……?」


 顔を上げた心葉は、うるうると涙を目に浮かべていた。


「許すもなにも……。最初から心葉ちゃんが悪いなんて思ってないよ。むしろ、何も考えず心葉ちゃんのすごく気にしているところを……コンプレックスを抉るようなことをして、僕は最低だよ……。本当にごめん」


 朋は、自分が許せなかった。


 すべて自分が悪いことなのに、僕が謝りにいかなきゃいけなかったのに。

 それすらも怖じ気づいて、結局心葉の方から謝りに来る形になってしまった。


 その挙句、心葉にこんな顔をさせてしまったことが、心葉をここまで追い詰めてしまったことが、許せなかった。



「――本当に……。ごめんなさいっ……」



 自分の情けなさからなのか、心葉への申し訳なさからなのか。


 朋の目から、自然と涙があふれてきた。



「朋さん……」


 

 申し訳なさそうな顔で心葉に見つめられながら、朋は流れてくる涙を、抑えきれないでいた。

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