第七話 思わぬ再会

「――とは、言ってもなぁ……」


 雲一つないすがすがしい青空が広がる中、朋はそう言ってため息をつきながら、学校に向ってとぼとぼと歩いていた。

 昨日の兄(実際のところは姉なのだが)としての決心はよかったものの、心葉との出来事が頭から離れず、昨晩はあまり眠れなかったらしい。


「へぇ~、そんなことがあったのか」


「それは大変だったね……」


 圭と菜月は、朋の隣をのんびりと歩きながら、それぞれそう呟いた。

 先ほど朋が二人に会った後、昨日の出来事について話したのだ。


「いや……ちょっと待て。なんだ、その、いかにも他人事ですよ?みたいな反応は……」


「は?いや、だって他人事だし」


 圭は不思議そうにそう口にしたが、菜月はなにかを察したのか、少し縮こまりながら朋の様子をうかがおうとした。そのとき、


「はぁ!?元はと言えば、お前ら二人が僕の背中を押してったのがそもそもの発端だろ!?僕はもう少し慎重に距離を縮めていこうと思ってたのに……。どうしてくれるんだよ!!」


「ひぃぃ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!!」


 急に怒りを爆発させた朋に対し、菜月はペコペコしながら必死に謝っている。

 そんな二人を見ながら、圭は納得いかないような顔をする。


「いやいや、俺と菜月のせいにするなよ。お前のためを思っての結果があれだっただけで、お前の邪魔をしようとしたわけじゃないんだしさ」


 その圭の発言に対し、菜月は涙目になりながらこくこくと頷いている。


「それにお前、もし俺らが昨日何もしなかったら、いつ沢渡さんに話しかけるつもりだったんだよ。どうせ"ヘタレ"のお前のことだし、まともに話す機会すら、一向にないままだったかもしれないだろうが」


「ヘ、ヘタレゆうな!」


「へぇ~、自分はヘタレじゃないと。ならお前、今日沢渡さんに会ったら、すぐに、自分から、声をかけるんだぞ?」


「ぐっ……」


 ヘタレと言われたことには納得がいかないようだったが、圭に出された条件に対して、朋は少し怯んでしまった。

 今まで話す間柄ではなかったにもかかわらず、ましてや昨日、あのような出来事があったのだ。話しかけづらいというのも無理はない。

 しかし、


「……わ、わかったよ。じゃあ僕から話しかけたら、"ヘタレ"って言ったこと、取り消せよな!」


 昨日の兄としての決心も後押ししてか、朋は力強くそう言い放った。


「もちろん。ちゃんとお前から話しかけたらな」


 圭は笑顔で親指を立てる。


「よし、じゃあさっさと行くぞ!」


 朋はそう言って、意気揚々と歩いていった。




「……圭くん」


 歩いていく朋を見ていた圭に、菜月はコソッとそう話しかける。


「ん、なんだ?」


「……話逸らすの、上手だね」


 菜月は困ったような笑顔を浮かべながら、そう呟いた。


 そんな菜月に対し、圭は無言で親指を立てた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「なぁ、圭……。朋のやつ、どうしたんだ?」


 和真は不思議そうに朋を見つめながら、そう尋ねた。


「あぁ。まぁ、ちょっとな」


 そう言った圭も、朋の様子をうかがうように見つめている。


「おはよ~、沢渡さん。いや、おはよ、沢渡さん!……いや、なんか違う気が。おはようございます!沢渡さん!――いや、敬語にしてどうするんだよ……」


 対する朋は、先ほどからブツブツと独り言を呟いている。

 雫が来た時の挨拶の練習だろうか。どこか固い表情をしながら、黙々と挨拶言葉を繰り返していた。


「はぁ~……。お前、そんなに緊張してどうする。もっとリラックスしろよな」


 呆れたように、圭は朋に向ってそう言った。


「い、いや、だって……」


 そんな圭に向かって朋が何か答えようとした、そのとき、


「古河さ~ん。この子が古河さんに用があるみたいだけど~」


 クラスの女子が教室のドア付近で、朋にそう呼びかけた。


「え、僕に用?いったい誰が……!?」


 そう言ってそちらの方を向いた朋は、瞬時に愕然とした。


 

 そこにいたのは、昨日の出来事があったためもっとも会いづらかった少女。

 

 雫の妹の、沢渡心葉だった。

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