第五話 ありがとう、ございます

 前を向いたまま、茫然と立ち止まっている朋。

 その視線の先には、クラスで朋の右隣の席に座っている、沢渡雫の姿があった。


「……お~い、なに呆然と突っ立ってるんだよ」


「へっ?」


 立ったまま硬直していた朋に圭がそう呟いたが、朋は何事かという顔をしている。


「いや、だから……。沢渡さんさっきスーパーに入ってったじゃん。話しかけなくていいのか?学校よりもこういったところの方が、逆に話しかけやすいかもしれないだろ」


 圭にそう言われた朋はなるほどと思ったが、それでも話しかけるかどうか決めあぐねていた。


「……おい、菜月。ちょっと耳かせ」


「えっ?」


 そんな朋を見かねてか、圭は菜月にこそこそと耳打ちした。

 そして、菜月が頷いたのを圭が確認した後、


「「せ~のっ!」」


 二人は同時に掛け声を出し、朋の背中を押し始めた、雫が入っていったスーパーの店内へと。


「えっなにっ!?なんなのっ!!??」


 周りが見えていなかった朋はされるがままに背中を押されつづけ、三人で店内の中へ入っていった。

 その店内に入った途端、ちょうど会計を済ませ、店内から出ようとしていた雫と鉢合わせした。

 朋はおろおろとして、助けを求めるような視線で二人を見たが、


「じゃあな、朋!また明日!」


「がんばってね~」


 二人はそれぞれそう口にして、そそくさと朋のもとから立ち去って行った。


「ちょっえっ!?はぁっ!!??」


 朋は全く状況が読めないまま、雫と二人きりになってしまった。


 ――あ、あんにゃろぉ……。


 朋は二人に対して少なからず怒りがこみあげていたが、今はそれどころじゃない。


「……」


 こうしている間も、雫は何も口にせず、ただ朋へと視線を向けたまま立ち止まっている。


 ――とりあえず何か話しかけないと、沢渡さんにも悪いな……。でも、何を話しかければ……。


 朋がそうしてふたたび考えあぐねていたとき、


「――古河……朋……さん?」


 雫が確認するように、朋に向ってそう口にした。


「あ、そう!沢渡さんの左隣の席の古河朋だよ!」


 朋はこの機会を逃すまいと、努めて明るく自己紹介した。

 その後、入口の目の前で話すのもよくないと思い、ひとまず雫をつれて朋は店の外へ出た。


「ごめんね、いきなりこんなことになっちゃって……。すべての原因はさっきの二人にあるから」


 申し訳なさと同時に圭と菜月への怒りを滲ませながら、朋はそう言った。


「私は、別に大丈夫ですけど……。私に、何か用ですか……?」


「あ、いや、その……。沢渡さんと隣の席だしさ、沢渡さんとも仲良くなりたいな~……って、思ったりしてですね……」


 雫からの質問に、視線を泳がせ、カタコトになりながらも、なんとか朋は答える。

 朋は視線をふたたび雫の方に戻すと、なぜか雫は不思議そうな顔をしていた。そして、



「――ありがとう、ございます」


 

 そう言って、雫は小さく微笑んだ。


 ――沢渡さんが、笑ってくれた。


 朋は、雫の笑顔を初めて見た。

 あまり顔を合わせたことがないからかもしれないが、少なくとも朋自身が見た中では初めての笑顔だった。


 その笑顔のおかげで、朋は少し安心した。

 もしかして雫は、朋と出会ったことに迷惑していたかもしれない。朋はそう思っていたからだ。

 しかし、それは杞憂だったのかもしれない。


「私、人付き合いがあまりうまくなくて……。いつも一人だったので」


「え、そうなの?いつも放課中どっか行っちゃうから、てっきり他のクラスの人と会ってるのかと思ったよ」


 いつも一人だった。

 最初はこの言葉を、朋は少し真剣に受け止めたが、あえて軽く受け止め直し、努めて明るくふるまった。

 あまり重い雰囲気になるのも、雫自身望んでいないだろうと思ってのことだ。

 

 ――だけど、じゃあ沢渡さんは放課中いったいどこに……。まさか、誰かに呼び出されて何かさせられてるとか……。イジメの類じゃないよな……。


 朋は少しだけ嫌な予感がした。

 雫は、少し深刻そうな顔をしている朋に気づいてか、


「古河さん、何か誤解してませんか……?放課の時は、いつも図書館に行ってたんです……。私、本が好きなので……」


 少し様子をうかがいながら、そう言った。

 雫にそう言われてから、自分が少し険しい顔になっていることに、朋は気が付いた。


「あ、ごめん……。そうだったんだね!本いいよね!僕はあまり読まないけど……」


 慌てて取り繕うかのように、朋はそう口にした。そんな朋の顔は、どこかバツが悪そうだ。

 そんな朋を、雫はどこか不思議そうに見つめている。


「あ、スーパーには何しに来たの?親から頼まれたおつかいとか?」


「――えっと……」


 朋は流れを戻そうと話を切り替えたが、そんな朋からの質問に、雫はなぜか歯切れが悪そうだった。

 そんなとき、


「あ、おねえちゃん!」


 朋の背後から、明るく元気そうな、女の子の声が聞こえた。

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