第四話 僕のとなりの席の人
二限目の授業が終わり放課の時間になったころ、沢渡雫は教室に姿を現した。
――あ、沢渡さんが来た。どうしよう……。
雫が姿を現したとき、話しかけてみようという先ほどの決心が早くも揺らぎかけていた。
雫は、腰まで届く白銀色のロングヘアーに、透き通るような瑠璃色の瞳。かわいらしくもどこかおっとりとした面差しをしているが、先ほど述べたように、全国模試で100位以内に入るほどの天才少女である。
そんな雫だが、常に自分の世界の中で生きているような、そんな雰囲気を醸し出していて、どこか話しかけづらい。
――でも、さっき話しかけるって決めたんだ。さっきしたばっかりの決心を捨て去るなんて、男として失格じゃないか!今日こそは話しかけるぞ……!!
朋はそう心に決め、朋の隣にある自分の席に座った雫に、
「あっ……。さ、沢渡さんおはよう!!」
と、挨拶した。無意識に声を張り上げて。
――しまった。もう少し落ち着いて挨拶しようと思ったのに……。
いきなり朋が声を張り上げたため、クラスメイトの数人が朋の方に視線を向ける。
朋は少し恥ずかしがりながら、少し赤みがかった顔を手で隠した。
少し経ってから、手の隙間から覗くように雫の様子をうかがってみると、雫は無言のまま、じっと朋の様子をうかがっていた。
そして、朋に向かって、
「……おはよう、ございます」
そう、挨拶をした。
挨拶が返ってきた。
朋は自分から挨拶をしておきながら少し驚き、それと同時に少し安堵した。
しかし、安堵したの束の間だった。すぐさま雫は立ち上がり、
「あの、すみません……。ちょっと用があるので、失礼します……」
そう言って、雫は教室を後にしてしまった。
今日もいつも通り、放課中にどこかへ向かうようだ。
この学校は授業の間の放課が二十分あるのだが、そんなにどこかへ向かう余裕もないはずだ。
――いつも放課の間、どこに行ってるのかな。
ふと、朋はそのことが気になった。他のクラスの友達にでも会いに行っているのだろうか。
「朋、お前頑張ったな!少し微笑ましかったぞ~!」
そんなことを考えていた朋に向かって、和真は振り向き様にそう言った。
「微笑ましかったって……。お前僕のことを馬鹿にしてるだろ」
「そんなことないって~!正直沢渡に話しかけることができただけで、頑張ったな~って俺は思う」
和真は励ますようにそう口にしたが、朋はどこか腑に落ちない顔をしていた。
「……そんな顔してんなよ。今日だってまだ話しかける機会はきっとある。今日が駄目でも明日がある。そんな焦んなくても、ゆっくりやっていけばいいんだよ」
そんな朋に向って、少し落ち着かせるように、圭はそう呟いた。
「……うん、そうだな。まだチャンスはたくさんある!よし、がんばるぞ~!!」
先ほどまでの様子とは一変して、朋はいきなり立ち上がり、勢いよくそう言った。
なんとか立ち直ることができたようだ。
――単純なやつ……。
そんな朋を見て少し微笑みながら、圭は心の中でそう思った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁ……」
放課後。
朋と圭、そして菜月の三人での帰宅途中、朋はため息をはきながらとぼとぼと歩いていた。
あれからどうも、雫に向かってうまい具合に話しかけられなかったらしい。
「へぇ……。そんなことがあったんだ」
事情を知らなかった菜月に、圭が雫との出来事を説明していた。
「沢渡さんとは僕も話したことないかな……。誰かと話している姿も見たことがないかも」
「菜月もないのか……。菜月は女友達も多いし、話したことくらいはあると思ったんだけどな」
圭は少し意外そうな顔をしていた。
確かに菜月は、見た目の女子らしさや温和な性格なところが大きいのか、女子と話している姿をよく見かける。
そのため、菜月なら雫のことを少しでも知っているかもと圭は考えていたのだが、どうやら期待外れだったようだ。
「ごめんね、役に立てなくて」
「いやいや、お前のせいじゃないだろ。気にすんなって」
申し訳なさそうな顔をして謝ってきた菜月に、圭はそう言った。
「で、どうするんだ朋。機会はまだあるにしろ、何か上手くいく方法でも考えたほうがいいんじゃないか……。って、どうしたんだ?朋」
圭が朋へと視線を向けたとき、朋は呆然と前を向いたまま立ち止まっていた。
そんな朋の視線の先には……。
「あ、沢渡さんじゃん」
制服姿でスーパーの中へ入っていく、沢渡雫の姿があった。
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