第三話 僕のせいじゃない!

「はぁ……。何とか間に合った」



 圭は膝に手をつきながら、そう呟いた。


 朋と圭、そして菜月の三人が学校の門をくぐったのは、閉門時間ぎりぎりだった。現在時刻を確認しておらず予想以上の時間が立っていたことに、坂を上る途中で気が付いたのである。


 私立春ノ坂高等学校。この学校が、三人の通っている高校である。


 高校の門に辿りつくまでに長い坂があり、春になるとそれは綺麗な桜坂になる。

 しかし、実際にはこの坂を毎日上ることにうんざりしている生徒も多い。

 特に自転車通学者は自転車置き場が坂の下にあるため、坂の上に設置するよう生徒会の方に求められることがしばしばあるらしい。

 

「はぁ……。俺寮生なのに……。なんで遅刻しそうになってるんだ……」


 圭は息も絶え絶えになりながらそう呟いた。


「仕方ないよ……。この学校の寮……。学校から結構離れてるし……」


 対する菜月も、同じような状態になりながらそう口にした。

 いや、朋のせいがほとんどだろ。と圭は心の中で思ったが、確かに菜月の言うことも一理ある。


 この高校には学生寮もあり、圭と菜月はそこの寮生なのだが、寮から学校まで徒歩20分以上かかるほどの距離がある。

 そのため、寮生だからといって遅刻する生徒もしばしばいるのだ。

 この学校には男子寮と、もちろん女子寮もあるのだが、朋は寮には入らず電車通学をしている。

 その理由としては、女子の体であっても心は男子のそれであるため、女子と一緒に生活することが耐えられないから……。というのもあるが、もう一つ挙げるならば、朋の家庭環境が関わってくる。

 

 朋の両親は彼女が小さい頃に離婚し、母親が女手一つで、朋、弟の祐、そして妹のすず の三人を育ててきた。

 しかし、朋が中学二年の頃、母親が交通事故で亡くなってしまい、一時親戚の家に三人ともひきとられた。


 その時になっても、三人の父親だった男は、一度も朋たちの前に姿を現さなかった。


 しばらくの間は親戚の家にお世話になっていたが、朋が中心となった兄弟三人の考えのもと、朋が高校一年になったのを機に、兄弟三人で一緒に暮らすことになったのだ。

 母親が亡くなってしまう前まで、母親と一緒に住んでいた家に。

 そのため、朋はできる限り祐と涼に負担をかけないため、自宅からの通学を選んだのだ。


「二人ともだらしないな~!こんくらいで根を上げてちゃ、この先やってけないよ~!」


 そう口にした朋は、まるで走ってきたかのように思えないくらい、ピンピンしていた。

 そんな朋に、どの先だよ!と突っ込もうとしたが、圭にはそんな余力も残っていなかった。


 ――くそっ……。遅刻しそうになった原因はお前だろうが!


 圭はどうしようもなく、心の中でそう叫んだ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 三人が教室にたどりついたのとほぼ同時に、


「起立!」


 とクラスの学級委員長が掛け声をあげ、朝のホームルームが始まった。


「あら、古河さんに長月くんと……。あら、椎名くんも遅刻ギリギリなんて。珍しいわね~」


 二年三組の担任である近藤佐紀子は、にこやかな笑みを浮かべながらそう言った。

 三人は少し気まずく感じながらも、そそくさと自分の席に座った。

 ちなみに、朋の席は窓際の一番後ろ、圭の席は朋の席の一つ前で、菜月の席は廊下側の前から三番目のところにある。

 


「おはよ~親友諸君!今日はこれまたどういった理由で遅刻しそうになったんだ?」


 ホームルームが終わった直後、圭の右隣に座っている赤座和真が、はつらつとした声で二人にそう声をかけた。

 二人のことを「親友」と呼んでいるが、二人が和真と出会ったのは、二年になってこのクラスで一緒になってからである。

 

「今回は……。いや、今回も、朋が原因だ」


「はぁ!?なんで僕のせいになるんだよ!というかその言い方、遅刻しそうになる原因がいつも僕みたいじゃないか……!!」

 

 朋のせいだと言い切った圭に、朋はさも納得いかないといった表情でそう言った。


「なんでかって……。そんなこと俺にわざわざ説明させる気か?もう俺は疲れたんだよ、もうそんな気力も残ってない。とりあえず少し寝させてくれ……」


 そう呟いた直後に圭は机に体を伏せ、寝る体制に入った。


「こ、こんにゃろぉ……」


「まぁまぁ、朋少し落ち着けって」


 圭に対し静かな怒りを燃やし始めた朋を、和真がなんとかなだめる。


「それに、遅刻したところでそんなに気にすることないんじゃねぇの?現にこちらの方は、今日もまだ当たり前のように学校に来てないしな」


 そう言いながら、和真は自分の後ろの空席を手で示した。


「ほんとなぁ……。この人はいろいろと大丈夫なのかな」


 朋はそう呟いて、自分の右隣の席に目を向けた。

 この席に座っているはずのクラスメイト、沢渡雫は、言うなれば遅刻常習犯だ。

 しばしば一限には出席せず、二限の途中、または三限が始まる頃くらいになって、ようやく教室に姿を現す。

 しかし、先生から注意されているところを見たことがない。

 おそらく、家庭の事情か何かなのだろう。

 また、定期テストで常に学年1位の座についているのだが、全国模試では常に100位以内に入るほどの、いわゆる天才少女だったりする。


 ――隣の席なんだけど、何となく話しかけづらいんだよなぁ……。放課中はいつもどっか行っちゃうし。


 隣の席同士仲良くしたいと朋は思っているのだが、仲良くするどころか、まだまともに話すこともできていなかった。


「は~い、授業始めるよ~」


 そんなことを考えている間に、いつもの国語の先生が、一限目の国語の授業を始めようとしていた。



 ――今日こそは、話しかけてみようかな。



 そんなことを心の中で思いながら、朋は国語の授業の準備を始めた。

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