②不知火尊君の事案。―二度目の高二と二度目の人生―

「そうだ、もう一つあなたにプレゼントがあります。」

マーリンが俺にリンゴをのような果物を渡す。

「これは?」


「ええ、禁断の果実、『知恵の実』ですよ。」

たっぷりとワックスがかけられたような果実は、まるでプラスチックでできたイミテーションのようだった。


 俺がそれをまじまじと見つめると突然、その実が上下に別れる。中は空洞だったようだ。しかも、小さな猫がその蓋を二本の前足で持ち上げ、後ろ足で立って懸命に腰を振っているではないか。


「たまーーーーー?」

俺は驚いて花火が打ちあがった時の掛け声のような大声を出してしまった。

「驚きましたか?これがかつて聞いたあなたの国のお茶の間の30%を支配していた猫です。おそるべき支配力です。」


いや、たぶん日曜の夕方だけだろう、それは。そうつっこもうかどうか迷っているうちに「たま」は飛び出すと煙のようなものに巻かれ、そのシルエットは大きくなっていく。

やがて煙の中から現れたのは「茉莉」であった。ただ、それは初めて俺たちが出会った11歳の頃の姿であった。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」

おい、それも違う。違和感だらけの茉莉は屈託のない笑顔を浮かべた。それは、まるで俺が初めて作ったゼリーを味見してもらった時のような。


「わっちの名はベリアル。ぬしの脳にインストールされた知恵の実の番人じゃ。」

そう言って手を差し出す。俺は握手をすると、ひんやりとした女の子の手の感触が伝わってくる。


「我が民の知恵を司る4人の巫女の一人です。彼女の担当はナノマシンの制御です。あなた方が入植のためにこの惑星に散布した膨大なナノマシン、それを支配するのがあなたの役割です。ただ、範囲が『惑星規模』ですので、分子運動から気象すら制御できますので、大気のあるところでは最強の力を発揮できます。あなたに与えられた能力『ラファエル』と対をなすものです。」

 マーリンは得意げだ。ベリアルは胸を張った。

「そうじゃ、人一人どころが都市まるごとの殺戮も可能だ。なにしろ、大気を『一酸化炭素』に組み替えてしまえばよいのだからな。夜中にやればまず死ぬ。みんな簡単に死ぬぞ。あはははははは。」

おい、なんか茉莉の顔ですごい物騒なこと言ってるんですけど。


「ええ、そうなんです。『チート』な能力ですけど、他人の痛みを知るあなただからこそ委ねることができるのですよ。滅多なことはしないだろうというね。」

あなた方、つまり俺以外にもいるということか。


「嫌ですね。だから先ほども言ったはずです。『円卓の騎士』なのですから、あなた一人に全責任を押し付けるわけじゃありません。さっそく『円卓の間』にご案内します。こちらへどうぞ。」

そう言って扉の方につかつかと歩き出す。いやいや、『全責任』じゃないけど責任の『一端』は押し付ける気、満々じゃないですか。


「ほれ、尊、いくぞ。」

ベリアルが手を差し出す。そういえば、茉莉とこうして手をつないだことなんかあったっけ?

 誤って人を殺した俺が、再び立ち上がる、今度は誰も死なせないために。

歩き出した俺はふっと笑みをこぼした。


「どうかしましたか?」

マーリンが怪訝そうに尋ねる。

「いや、展開がほら、中二だな、って。」

「あなた、高二でしょ?」

俺の答えにマーリンがまじめな顔で切り返す。俺は笑いながら

「その通りだ。俺は高二だ。ただし、二度目のな。」


かつて昔の救世主はこう云ったという。

「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」


 俺は死んだ。そして俺の死はだれかの救いにつながった、ということなのだろうか。そうであれば、俺は自分のすべてを人のために活かそうと思う。それがこれから俺が新たに背負う十字架だというのであれば。


 それからおよそ1000年後、俺は再び人の姿で地上に降り立つことになるとは、この時は夢にも思わなかった。


(作者より)

彼の活躍、人類解放戦争のあらましは「はるかかなたのエクソダス」で読むことができます。「なろう」で完結済み。機会があれば「カクヨム版」として加筆修正して投稿する予定です。

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先生、この事案は異世界転生(or転移)に入りますか?ー星守たちの翼ー 風庭悠 @Fuwa-u

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