①不知火尊君の事案。― 一粒の麦。―

 いつの間にか眠り込んでしまったのだろうか。けたたたましい目覚まし時計のベルのような電子音で俺は目が覚める。目を開けると、そこには黒髪の長身の男が横たわる俺を見おろしていた。

「ここは?」

 

 病院ですか、と尋ねようとして俺は止めた。なぜかえらくアンティークな部屋にいたからだ。

「天国ですか?」

と尋ねて俺は後悔した。人殺しの俺にはそこへ行く資格はない。


マーリンは俺がビルの弟のロイに殺されたことを告げた。

「なるほど。」

そういう俺にマーリンは不思議そうに尋ねた。

「あなたは納得できるのですか?確かにあなたが殺したのかもしれませんが、それはもとはといえば、彼らが妹さんを乱暴しようとしたからではありませんか?」

俺は首を横に振った。

「納得なんかしないさ。だだ、そこにあるのは事実だけなんだ。ロイが俺を殺したいほど憎んでいることと、俺がビルが死んでしまってでも茉莉を守りたいと思うこと、その気持ちはどちらも正しいんだよ。そして、そのどちらも恐ろしく間違ってもいる、ということもまた事実なんだ。」


 マーリンは微笑む。

「なるほど。それでしたらわたしも今、私たちが直面している『事実』をお話ししましょう。」

 「宮廷魔導士マーリン」と名乗る男は、俺の脳がイザナギに載せられたいきさつと、俺を含むシステムがジャスティンという統合人格プログラムの暴走によって危険にさらされ、移民宇宙船のクルーたちの命が危ないことをつげた。

 

 そして、その暴走をくいとめ、人類を守るための新たなコンピュータ統治システム「アーサー王と円卓の騎士」(King Arthur & Knights of Roundtable)が必要であることを告げた。これは12の人格による合議制によってコンピューターを、ひいては惑星全体を統括するというものだった。いわゆる、コンピューター制民主主義とでもいうのだろうか。


「私のお願いとは、あなたには円卓の騎士の一人となって人類の未来を守っていただきたいのです。」

マーリンの話はどこぞのマンガかアニメの話にしか聞こえなかった。


「自分の身一つ守れなかった俺が?」

俺は自嘲的に尋ねた、というよりはできない、と断ろうとしたのである。


「もう一度チャンスがほしいとは思いませんか?不知火尊君。」

マーリンはたたみかける。

「あなたは妹さんを守れたじゃないですか。りっぱなお兄さんですよ、あなたは。たとえ世界のすべてを敵にまわしたとしても、あなたは茉莉さんのために戦ったでしょう。あなたは人を殺したことを悔やんでいます。それは正しいことです。でもあなたが今やらなければもっと多くの人が死ぬことになります。そして、その責任の一端ははあなたにも生じることになります。いったいあなたはあと何人の命をあやめたいのですか?」


 そうか。俺は祭りが言ってくれた「罪を償う権利と義務、そして自由がある」という言葉を反芻していた。後悔はそのあとでいい。


「そして、あなたは死にました。死ぬことによってあなたは生前犯した罪から解放されたのです。もう、その罪を背負いつづける必要はないのですよ。」


「わかったよ。たいして役に立ちはしないぞ。期待外れとか言うなよな。」

 俺は立ち上がった。すると俺の体は青で縁取られた白銀の西洋甲冑で包まれた。

「尊、今日からあなたはパーシヴァルと呼ばれるでしょう。」


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