結婚したがらない男②
マレスカルコを乗り気にさせるために、乳母は結婚の幸せを熱く語ります。
乳母――しょうがない人ですね。妻ってものをわかってないんでしょう。
マレスカルコ――ああ、わかりたいとも思わないね。
乳母――なら教えてあげます。地上の楽園ですよ、結婚生活は。家に帰ると、善良な妻が笑顔で階段を降りてきて、愛情たっぷりに「おかえりなさい、あなた」と言って上着を脱がせてくれるの。そして喜びに満ちあふれた顔で向き直り、旦那さまの額に浮かぶ汗を清潔な柔らかい布でふき、ワインを冷やして夕食を並べ、少し
マレスカルコ――わはは!
登場人物を機関銃のように喋らせたら、アレティーノは達人です。
乳母――なんで笑うんですか、お馬鹿さん。おしっこが済んだあなたを奥さんは食卓につかせ、死者も生き返るほど美味しい料理を食べさせてくれるんですよ。そして世界でいちばん可愛いらしい態度で、次はこの料理を、次はこの飲み物を、と差し出すの。これをお食べになって、これはいかがかしら、こちらもちょっとお食べになって、どうか味見して下さいな、私を愛しているのなら……と言いながら。こんな甘い甘い愛の言葉で、天国にいるより千倍も幸せな気分にしてくれるんです。
マレスカルコ――で、夕食の後は?
乳母――お皿を片づけてあなたを寝室に連れていき、月桂樹とセージとローズマリーで香りづけした熱いお湯で足を念入りに洗ってあげて、爪を切って水気を丹念に拭き取ったらベッドに入るのを手伝い、テーブルを片づけて室内を整えてお祈りをして、それから嬉しそうに隣に入ってきて横たわり、夫を抱きしめて絶え間ないキスの雨を降らせながらこう言うのよ。ねえ愛しいあなた、マイダーリン、シュガー、スイートハート。私はあなたのベイビーでしょ? 仔猫ちゃんでしょ? お人形さんでしょ? エンジェルちゃんでしょ? ……男がこんなふうにしてもらったら天国でしょうよ。
マレスカルコ――いや、別に……なんでキスなんかすんの?
乳母――甘く神聖な方法で赤ちゃんの種づけをするためですよ。朝になると、しっかり者の奥さんは新鮮な玉子と真っ白いシャツをもってきて、キスして優しい言葉をささやきながら着替えを手伝ってくれるの。そしてキャッキャとたわいないお喋りをするので、あなたはまるで天使に囲まれているように癒されるんです。
マレスカルコ――もうそのくらいで終わりにしてくれない?
乳母――あら、終わるもんですか。はじまったばかりですよ。冬、夫が疲れ切って雪にまみれ、こごえながら家に帰ってくるでしょ。できる奥さんは旦那さまの上着を脱がせ、暖炉の火であっというまに生き返らせてくれるの。体が温まる頃には、熱いスープと大好物のご馳走がテーブルに並んでるのよ。よくあるようにあなたが物思いにふけっていたら、妻はひかえめに「どうなさったの、あなた。何を考えてらっしゃるの? 元気を出して下さいな、神がお助けになります。神がきっとよい解決法を与えて下さいます。」と言うので、あなたの憂いは喜びへと変わるんです。そしてちっちゃな坊やたちがおもちゃを抱え、子犬みたいに走ってきます。ああ! 幼い息子がパパ、ねえパパ、僕のパパ、と言いながら柔らかい手で胸や顔をさわってくるとき父親が感じる喜びといったら。豪傑の男どもが「パパ~」のひと言でデレデレになるのを見たことがありますよ。
あなたのそういう姿をいつになったら見られるんです、と言う乳母に、最後の審判の後じゃね? とウィットで返すマレスカルコ。
しかし、乳母のおせっかいは彼が家族に囲まれているのを見たいからだけではありませんでした。
次回に続きます。
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