結婚したがらない男③

 ここで作品の時代背景について。


 ソドミーは社会に浸透していましたが、一方で取り締まりも厳しく、最悪の場合は死刑もありえました。


 通常は18歳以上の大人が、それより年下の少年との関係でリードする側に立ち、役割の逆転は稀です。大人の男がセックスで受け身、つまり抱かれる役割にまわるのは「女性的」であり、恥ずべき事とされました。なので18歳以上同士のカップルは眉をひそめられます。


 ただし、摘発された場合はリードする側がより厳格に罰せられました。


 ソドミーに厳しく対処していたのがヴェネツィアです。1474年、男色愛好者が秘密警察「十人委員会」に集団逮捕され、その中で能動的役割を担ったとされる2名が死刑にされています。

 この時、もっとも重罪とされたのが、シモーネとマリーノという成人同士のカップルでした。

 シモーネが18歳で、受け身の立場として認められる年齢を過ぎていることが問題視され、彼には鞭打ち25回と5年間の追放、さらにマリーノの処刑を強制的に見せるという異例に過酷な罰が下されます。

 マリーノはサン・マルコ広場にある処刑場に引き出され、恋人の見ている前で斬首のうえ火刑に処されました。


 役割や年齢に決まりがあり、逸脱すると処罰される。男色の文化といっても、決しておおらかな自由恋愛が行われていたわけじゃなかったんですね。


 マレスカルコにはパートナーがいました。ジャンニッコという使用人の若者です。舞台はマントヴァなので、ヴェネツィアほど厳しい取り締まりはないでしょう。しかしジャンニッコはもう少年ではなく、関係を続けるのは社会的にまずいのです。どちらにとっても。


 劇中ではこうした時代背景には触れられませんが、乳母が結婚しろとうるさく言うのには2人の先行きに対する心配もあったはず。


 ジャンニッコの意見では、マレスカルコはさっさと結婚するべきでした。彼はこんな台詞を口にします。



――結婚したら、彼はしばらく不貞腐ふてくされているだろう。でも、すぐにハンサムな男どもが彼の妻をめあてに集まる、雌鶏めんどりに群がる雄鶏おんどりみたいに。そしたら彼(マレスカルコ)はその雄鶏たちを、僕は雌鶏(妻)をいただくってわけ。



 マレスカルコは妻に群がる若い男たちと関係をもつようになり、そうなったら自分は彼の妻と楽しむだろう。


 往生際の悪いご主人様を残し、彼は「大人の男」になろうとしているようです。


 冒頭で何も知らないマレスカルコに結婚話を知らせるのは、このジャンニッコでした。「ま、がんばってね」とシニカルな一言を放ち、宮廷が彼の縁談の噂で持ちきりになっていることを教えてやります。

 マレスカルコは自分の挙式の準備が進められていることをそれではじめて知るのでした。


 ところで最初にお伝えしたように、この結婚は茶番です。花嫁に扮するのは宮廷に仕える美しい少年、カルロ。

 彼が女たちにウエディングドレスを着せられて鏡に映った自分の変貌ぶりに驚いている頃、マレスカルコは処刑台に向かう男の心境でした。


 縁談を断れば公爵の寵愛を失い、宮廷にいられなくなるかもしれない。


 劇中には一度も登場しませんが、「公爵」というのは婚約破棄を繰り返したあのフェデリーコ2世・ゴンザーガです。アレティーノがこの人物を起用した理由はのちほど。


 どうするマレスカルコ。次回、クライマックスです。

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