雑多なネタ

中世のベッド――時には妻の愛人も

 昔も今も重要な休息の場所、寝室。服飾の章ではそこに衣類収納用の箱があったお話をしました。今回は主役の家具、ベッドです。


 中世のベッドはどんなものだったのか。それが多少分かる描写が16世紀フィレンツェの作家、アントンフランチェスコ・グラッツィーニの小話集『晩餐』にあります。



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 昔(14世紀頃)、フィレンツェにある男が住んでいた。毛織物職人だったが、息子を法律家か何かにし、良い家柄の娘と結婚させたく思っていた。


 しかし、その子は学校へ行っても勉強を覚えられなかった。そのため、マリオットという本名ではなくファラナンナ(無能)と呼ばれた。


 何年かたって両親が死に、周囲の人々は彼をマンテという若い女と結婚させた。


 マンテは貧しい女の娘だった。美しく魅力的で、言い寄る男に事欠かず、なかでもベルナという若者といい雰囲気になった。ファラナンナは全てにおいて役立たずだったので、夫の至らない部分を彼が埋めてくれるようにマンテには思えたのである。


 マンテの母親のアントニアは、娘の欲求を叶えるために一計を案じ、ファラナンナが寝ている間にベルナを家に引き込むことにした。


 ところで、家には古いベッドが1つしかなかった。そのため、彼らはいつもいっしょに寝ていた。太っているファラナンナ、マンテ、母親が3人で寝ても余裕がある大きなベッドである。


 さて夜になり、ベルナが示し合わせたとおりに家にきて布団に潜り込み、音をたてずにマンテと交わりはじめた。


 マンテは夫とでは得たことのなかった歓びを味わった。ベッドが揺れ、声が大きくなった。揺れを感じてファラナンナが目を覚まし、横に手を伸ばす。そこではベルナが汗まみれでにまたがり、目的地に進んでいるところだった。


 ファラナンナは義母が妻の上に乗っていると思った。


「アントニアさん、何してるんです?」


 アントニアは娘が歓んでいるのを見て満足していたので、事態を隠蔽するために答えた。


「お腹をさすってあげてるんですよ。可愛そうに、この子は死にかけてるんです。女によくある病気で少し前から具合が悪くて。ほら、こんなに呻いてるでしょ?」


 実際にそんなふうだった。マンテが悦楽の頂点で叫んだ。

「ああ! ああ! 死んじゃう! 死んじゃう!」


「待て! 待て! 司祭を呼んでくるから死ぬな!」


 ファラナンナは叫んでベッドから転がり出た。キリスト教では臨終に際して聖職者に自分の犯した罪を告白し、許しを受ける。室内は真っ暗だったので、ファラナンナは明かりを灯そうとした。


 マンテは汗だくで言った。

「もう治ったわ、もうどこも悪くないわよ。だからベッドに戻って」


 ファラナンナはそれを聞いて安心し、また寝た。マンテとベルナは夜明けの鐘が鳴るまで上になったり下になったりし続けた。


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 グラッツィーニは家業を営むかたわら劇作家として活動した人物で、この作品は息子を出世させたい父親の野心や、マンテが貧しいせいで嫁ぎ先がなく、条件の点で劣ると思われるファラナンナと結婚する顛末など、当時のさまざまな事情も垣間見えて面白いコメディです。


 物語はまだ続きますが、ここで3人がひとつのベッドで寝ていることに注目しましょう。


 昔は1台のベッドを複数人で使っていたようです。それを裏付けるように、当時のベッドは数人で寝られるよう幅約170センチから最大で約350(!)センチ、平均290センチもあったとか。シーツを整えるには長い棒を使いました。ベッドメイクは重労働だったに違いありません。


 ファラナンナは妻と義母と寝ていますが、結婚前は恐らく両親といっしょに寝ていたでしょう。


 宿や病院でも、ひとつの寝台に4人から6人程度が入っていたようです。家族はともかく、知らない人と隣り合わせに寝るというのはどんな感じだったんでしょうね。



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 中世のベッドも現代と同じようにフレームとマットレスから構成されていました。


 木製のフレームの上に、藁を詰めた袋を置きます。あれば、さらに羊毛のマットレスと羽毛の敷布団を。シーツはリネン製で、柔らかくて肌触りがよく、丈夫で繰り返し洗えます。その上からキルトや毛織のベッドカバーで覆い、寒ければ毛皮をかける。


 寝る時は衣服を脱いで壁のフックやベッドの天蓋にかけ、鏡や櫛、水差し、グラス、食べ物、室内用便器などは手の届く場所に置いておきます。こうすると冬でも寝床から離れずに朝の身支度ができます。寒い朝におふとんから出るのが辛いのは昔も変わらなかったようですね。


 ベッドがない貧しい家では床に藁袋を敷き、それもなければ藁や干し草をひろげて寝ます。


 病院は、現代の病院とは機能が少し異なりますが、環境が劣悪でした。マットレスは麻屑(麻の加工過程で出る粗い屑)が詰まっていて寝心地が悪く、汗や尿が浸み込んでボロボロ。そんなベッドに何人もの患者が詰め込まれていたとなると、状況は察して余りあります。


 いちばん悲惨なのは貧しい家の病人の寝床でした。床に敷かれた藁が悪臭を放ち、視察に訪れた医師や公衆衛生局の職員が思わず顔をそむけたという記録が残されています。



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 妻が隣で恋人と事に及んでいるのに気づかないシチュエーションはフィクションですが、数人で共有することの多かったベッド、他の人に安眠を妨げられたりしなかったのでしょうか。


 ルネサンスの万能人として名高いレオン・バッティスタ・アルベルティは、上流階級の夫婦の寝室についてこんな提案をしています。


「寝室は、お産や病気の時に妻が夫の眠りを妨げることがないよう、また夏の間もお互いが安眠できるよう、別々にするべきである。共有の通路があり、誰にも見られずにそれぞれの寝室を行き来できるようになっているのがよいであろう。」


 召使いなど、家族以外の人間も出入りする上層市民の家ではプライバシーの確保が難しかったのでしょう。


 しかし、そんな贅沢を実現する経済力があるのは一部の支配階級だけ。多くは1つのベッドに家族みんなで寝ていたと思われます。

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