少女C -Solution-

 笑みと共に、シオンさんが立ち上がる。

「お待ちしていました、じんさん。」

「やぁ、シオン。今回は、私の商売を潰す話し合いだそうだね?」

柔らかい口調で少し物騒な事を言いながら、仁さんはシオンさんの右手のソファに座った。

「さて…その祈祷師の方──菅原すがわらさんについてですがね?」

シオンさんは仁さんに深く触れずに、話を続ける。

「彼女の〝占い〟って、結構当たるらしいんですよー。あぁ、いわゆる〝血液型占い〟みたいなものじゃないですよ?〝千里眼〟と言うんですかね。その人のプロフィールや過去をズバリッ!と言い当てるらしいんです。そして、これから先どうすればいいか、助言するんだそうです。菅原さんの別宅に住んでいる女性たちは、何か辛いことがあってあそこにいる。そして、彼女たちを不幸にしている要因を取り除くために、〝祈祷〟をしているんだとか。」

「そんなのデタラメよ!!」

千葉ちばさんが声を荒げる。

「 “ デタラメか ” というのは、難しい判断基準ですね。しかし、菅原さんが告げた情報が正しかったからこそ、彼女たちは〝祈祷〟を受けているのでしょう。それもそのはず。菅原さんの持つ情報は、ですから。」

「本物…?」

遠藤えんどうさんが聞き返す。

「はい。つまり、情報を。祈祷を受ける女性についての情報を予め入手しておけば、ことも可能でしょう?誰にでも当てはまるようなことではなく、自分やごく身近な人しか知り得ない情報が祈祷師の口から出れば、信憑性は跳ね上がります。何かに縋りたい、精神的に傷ついた人であれば、狂信的になってしまうのも不自然ではないでしょう。」

「…その情報は、〝本物〟ですか?」

遠藤さんは、静かにそう返す。彼はなかなかに鋭い人のようだ。

「それは彼に聞いてください。」

目で仁さんを示し、シオンさんはココアに口をつける。

「…少なくとも、菅原すがわら 翡翠ひすい──本名、菅原 ひなたは、別宅に住まわせている女性の情報を買い取っていた。正確な情報だ。取引の様子も、音声データとして記録してある。」

え?その…言い方だと…

「…あなたが調べた結果、手に入れたんですか?」

「手に入れたわけじゃない。。」

つまり、仁さんが──

「…菅原に、情報を?」

「そうだ。」

遠藤さんの言葉を、仁さんは肯定した。戸惑うことも、悪びれることもなく。そんな彼に、千葉さんが摑みかかる。

「なんでそんなことしたのよ!!」

千葉さんを止めようとしたが、仁さんに手で制された。遠藤さんは拳を強く握り、座ったまま。シオンさんは驚いた様子もなく、またココアを口に含んだ。

「理解できないだろうが、これが私の仕事だ。菅原 ひなたに情報を渡したことは、千葉ちば 詩乃しのが今の状況になった大きな要因だ。君にとっては理不尽なことだろうが、私にとっては理に適った行動だ。一方で、君が私に摑みかかる理由もわかる。こういう事態は覚悟の上で、この仕事をやっているからね。」

「ふざけんな!あんたのせいでお姉ちゃんがあいつのところから帰らなくなったって、わかってんの!?」

「わかっている。その上で、悔いも過ちも私の中には無いと、今しがた説明したんだがね。」

「なっ…!あんた」

「千葉さん、」

千葉さんの言葉をシオンさんが遮る。

「言いたいことがあるのはわかりますが、とりあえず座ってください。落ち着いて、とは言いませんが、僕の話を聞いてもらえますかー?」

シオンさんに意識が向いた千葉さんを、遠藤さんが座らせる。しかし、何かあれば今にも掴みかかりそうだ。

「菅原さんと取引をしている仁さんの情報は確かなものです。その情報から察するに、菅原さんはマインドコントロールを悪用しているのでしょう。浸食の程度は違えど、少なくとも菅原さんの能力を本物だと思っているのは確かです。そこで、その能力が情報に依るモノだとバラしてしまいましょう!ただ、マインドコントロールを解くには、それだけでは足りません。そこで、遠藤さん。あなたに協力をお願いしたいのですが、どうでしょうか?」

「…俺に、できることなら。」

「ありがとうございます!あとは、あおいさん。」

「は、はい?」

これまでずっと蚊帳の外だったため、急に話しかけられて少し驚く。

「葵さんには、1番大変な役回りをしてほしいのですが、どうでしょうか?」

千葉さんと目が合う。

私に、断る権利はない。少なくとも私自身は、そう思う。

「もちろん、やります。」

シオンさんは美しく笑う。

「これで作戦は固まりました!1つのアクションで彼女たちを取り戻せるとは思えません。ということで、3段構えで行こうと思います。1つ。葵さんに祈祷を受けると言って、その別宅に潜入してもらいます。仁さんからの紹介であれば、疑われることもないでしょう。その際、嘘の情報を菅原さんに流します。そうすれば、彼女の千里眼はますからね。2つ。仁さんにもその場で情報を売っていたと、発言してもらいます。音声データがありますから、それを開示したら、3つ。遠藤さんに、千葉 詩乃さんをその場から連れ出してもらいます。彼女はやはり、菅原さんに言われて遠藤さんとの接触を拒否したようです。彼女の助言を破ることは、他の女性たちにとっても、インパクトが大きいでしょう。細かい指示は通信によって出しますが、葵さんにはそれができません。装飾品は身につけられないようなので。大まかにはこんな感じですかね。どうでしょうか?」

少しの沈黙の後、遠藤さんが口を開く。

「俺は、彼が信用なりません。」

そう言って、仁さんに目線を向ける。

「もし彼が、あちら側の味方をしたら?」

「…なるほど、そんなこと1ミリも考えてませんでしたよ!」

えっ!?

シオンさんらしからぬ発言に、心底驚く。遠藤さんと千葉さんも、そのようだ。

「あー、それはだな…」

仁さんが困ったようにシオンさんを見る。

「私は必ずシオンの味方をする。そういうだ。残念ながら、形としてそれを証明できるものは無いがね。」

契約…?

「そういうことです。僕がこの件を解決しようとする限り、彼があちら側につくことはありませんので、ご安心を!」

その言葉を聞いて、遠藤さんの雰囲気が少し柔らかくなる。答えは、出たようだ。

「…自分でも、その、詩乃を惑わしている人物について、調べていたんです。でも、女性だということとしかわからなくて。彼女が罪を犯しているという証拠もなくて、警察にも行けなかったんです。俺自身も、会うことを拒否されましたし…実際、手詰まりだったんです。」

遠藤さんは、祈るように組んでいた掌をほどき、姿勢を正した。

「お願いします。詩乃を、助けてください。」

「承りました!」

シオンさんの指が、パチンッと鳴った。


 事務所に戻ると、甘い香りが出迎えてくれた。

「葵、おかえりー!大活躍だったんだってー?」

咲良さくらが駆け寄ってくる。

「おつかれさまです、葵さん。」

カウンターの向こうから、れんさんも声をかける。

「…シオンさんは?」

「まだ奥の部屋に篭ってるよー。」

詩乃さんを連れ出した後は、シオンさんと仁さんが菅原さんと〝交渉〟をしているはずだ。

“ 詩乃さんに関わらないと誓うのであれば、菅原さんをそれ以上問い詰めません。ただ、こちらには別宅にいる女性たちの情報があります。このまま〝祈祷師〟を続けるのであれば、彼女たちの家族が僕のところに依頼に来るでしょう。それこそ、彼女はそうならないよう〝祈る〟しかないわけです。彼女が賢明な判断をしてくれると、ありがたいのですが。”

シオンさんはそう言っていた。心配は要らないだろう。

「咲良さん、できましたよ。」

「わーい!」

「葵さんも、どうぞ。」

甘い香りの正体は、チョコレートのマフィンだ。

「いただきまーす!」

「いただきます。」

マフィンをフォークで切ると、中から溶けたチョコが溢れる。

「なにこれー!フォンダンショコラみたーい!」

私も同じ事を思った。甘いマフィンと、ほろ苦いフォンダンショコラがよく合う。

「中に生チョコを入れてあるんです。〝フォンダンマフィン〟と言ったところでしょうか。」

チョコを楽しんでいると、事務所の扉が開く音がする。

「お邪魔するよ。」

「ジンジン、久々ー!」

「やぁ、咲良。良い子にしてるかい?」

「また子供扱いしてー!私、18!エイティーン!」

「シオンはまだ後処理中か?」

仁さんは咲良を軽くあしらい、蓮さんに聞く。

「はい、まだ出てきてなくて。甘いものは…ダメでしたね。コーヒー、淹れます。」

「ありがとう。」

仁さんは私の隣に座った。

「ちゃんと話すのは初めてだね、阿部あべ あおいさん。神野じんのだ。いわゆる情報屋をやっている。よろしく。」

「よろしくお願いします。」

「しかしまぁ、面白いこともあったもんだね。あの夫婦の娘が、シオンにつくなんて。」

仁さんも、事情は知っているのだろう。情報屋であるなら、両親や私のことも彼がシオンさんに教えたのかもしれない。

そんなことを考えていた私をどう見たのか、仁さんは態とらしく口角を上げた。少しだけ、シオンさんと似ている気がした。

「私のことが信用ならないかい、お嬢さん?」

「…いえ…」

「 “ 他人を信用するな。知人を信頼するな。自分さえ疑え。 ” 」

「?」

「古い友人の言葉でね。つまりは、君にとって私が信用ならないのも当然、ということだ。しかも、私は君の身辺を嗅ぎ回った張本人だからね。」

…つまり、

「そのお詫びと言ってはなんだが、何か知りたいことがあればぜひ依頼を。初回は安くしておくさ。君とは長い付き合いになると、情報屋の勘が叫んでいるんでね。」

知りたいこと、か…

いつか思ったことが、ふと浮かんだ。

「…………シオンさんって、どうしてこの事務所を開いているんですか?」

言った後に、的を外していることに気がついた。

「はは、面白い〝依頼〟だね。」

出されたコーヒーを飲み、仁さんが笑う。少し恥ずかしくなって、紅茶を飲んだ。

「それならお代は要らないが…それで良いのかい?」

「はい…それこそ、良いんですか?答えても。」

「契約違反にはならないだろう。…シオンは嫌がるかもしれんがね。取引先を1つ潰されたお返しだ。」

「契約?」

「そう。私がシオンに肩入れするのは、そういう契約だからだ。この事務所の、前のオーナーとの契約だ。」

「ここって、シオンさんが開いたんじゃないんですか?」

「彼は2代目だ。ここを開いたのはシオンの父親で、シオンはそれを引き継いだというわけだ。そして私は、父親の方と長らくの友人でね。頼まれたんだ、“ シオンをよろしく ” と。私は情報屋で、お前のようなナンデモ屋じゃないと言ったんだが…なんやかんやで押し切られてしまった。」

シオンさんの、父親…どんな人なんだろう。

「…さっきのも、奴の言葉だ。」

「 …“ 自分さえ疑え ” ?」

「そう。随分と卑屈に聞こえたかもしれないが、実は続きがあってな。」

「続き?」

「 “ ただ友は、しるべとなる。”」

奥の部屋の扉が開く。シオンさんが出てきたみたいだ。

「お待たせしました、仁さん。…何をお話ししてたんすかー?」

「君が父親に似て、憎い奴だという話だ。」

納得いかない様子のシオンさんと、目が合う。

「憎い親子に好かれるなんて、仁さんは徳が足りてませんねー。」

意地悪く笑ったシオンさんの表情は、先ほどの仁さんのそれに似ている気もする。

なんだろう…心の奥底が、モヤモヤするような…

「こんな仕事をしていると、返す言葉が無いな。」

「はは!それもそうですね!」

空になっていた仁さんのカップに、蓮さんがコーヒーを注ぐ。その香りを、紅茶で流し込んだ。

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ようこそ、座間ナンデモ相談事務所へ。 鈴木 千明 @Chiaki_Suzuki

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