少女C -Survey-

 それから2日後、咲良さくられんさんが不在の事務所を訪れた千葉ちばさんは、1人の男性を連れてきた。

瑛太えいたさんよ。お姉ちゃんの彼氏。」

遠藤えんどうと申します。彼氏といっても、フラれて、しまいましたが…」

2日前、依頼を望んだ千葉さんをシオンさんは止めた。“ 原則として、未成年と契約はしない ” と。本当の理由は、お姉さんのことに関して千葉さんが冷静でいられないだろう、とシオンさんが判断したからだ。もちろん、本人には言っていないが。

「本当のお姉ちゃんは瑛太さんをフルはずない!きっと、あの女に言われたのよ!」

「そう、だと良いんだけど…いや、良くないか…」

遠藤さんが一瞬だけ顔を顰める。

「それで、詩乃しのを助けられるって…」

彼が口にした〝詩乃〟というのが、千葉さんのお姉さんの名前だろう。

「はい!依頼を受けるからには、解決しますよ。」

「ほ、本当に…?」

“ 解決する ” と言い切ったシオンさんに、千葉さんが期待と疑念を向ける。

「少し、その…千葉ちば 詩乃しのさんに関わっている女性について調べてみました。名前は菅原すがわら 翡翠ひすい。まぁ、本名ではありませんが。自称、祈祷師。複数の女性を別宅に住まわせ、 祈祷と称して彼女たちから金銭を得ているようですね。」

「その中に、詩乃も?」

「おそらくは。」

いつのまにそんな情報を手に入れてたんだ…

「どうしてっ…」

千葉さんがスカートの裾を握りしめる。遠藤さんは、そんな彼女を気遣うような視線を送った後、シオンさんを見定めるように問いかける。

「具体的に、どうするつもりですか?」

「提示できるような具体案はまだありません。ある程度の目処は付けていますが…まだ不確定な要素が含まれていますからね。」

千葉さんはあからさまに疑った表情を見せる。遠藤さんも訝しげに目を細め、シオンさんの代わりに、出されたコーヒーを見つめた。

無理もない、よね。まさに今、千葉さんのお姉さんは詐欺紛いな事に巻き込まれているんだから。

この事務所、というか、シオンさんの怪しさは認めざるを得ない。馬場ばばさんとの会話から、成人はしているだろうとは思うが、若くしてこの事務所の代表を務めている。卓越した情報収集能力を持ち、様々な組織と繋がりがある。彼自身の言動も恣意的で、謎だらけだ。

「おーっと!そーんな不安そうな顔しなくても大丈夫ですよ?座間ナンデモ相談事務所は、“ 気軽フランク信頼トラスト絶対解決パーフェクト!” が売りですから!依頼料の支払いも解決してから後払いで頂いてますし、契約内容はお客様からの提案や変更も可能です。自由度の高さは、相談事務所、しかも個人経営の〝強み〟ですねー。」

千葉さんと遠藤さんは視線を交わした。悩んでいるようだ。

「んー…そろそろですかね。」

シオンさんが時計を確認した直後、事務所の扉が開く。

「お待ちしていました、じんさん。」

そう言ったシオンさんには、見覚えのある表情が浮かんでいた。

私が助手になることを決めた時と、同じ──


 部屋には6人の女性がいた。皆、白装束を身に纏い、祭壇に向かって静かに、しかし何かに怯えるように座っていた。

「そこに座りなさい。」

緩やかな口調で、私を中央の座布団へ促す。彼女──祈祷師、菅原 翡翠も白い服装だが、クロークのような形状に加え、多くの装飾品を付けている。

「あなたも傷ついて、ここに導かれたのね。もう心配要らないわ。正しき祈りを捧げれば、必ず救われる。」

肩に手を置きながら、彼女は優しくそう言った。

「はい。」

私の一言を聞き、彼女は懐から何かを取り出した。ブレスレットのようだ。小さな球体と立方体がたくさん吊るされているそれを、私の頭上に掲げ、ジャラリ、と一振り鳴らした。

「私の目を見て。あなたのことを教えて?口に出さなくて良いわ。本当の気持ちは、心でしか言えないものよ。」

彼女の目を見つめる。しばらく見つめ返された後、祈祷師は目を強く瞑り、天井を仰いだ。彼女の右手に握られたブレスレットが小刻みに震え、ジャラジャラと音を立てる。

「そう…あかねというのね。素敵な名前。」

彼女の視線に、頷き返す。その様子を見て、周りの6人の女性たちは、畏敬の念を各々で示した。

「でも…そう…その名前には、悲しいことがあったみたいね。その名前がきっかけで親友になった子に、あなたは拒まれた…」

彼女は憐れみを私に向ける。

「でも、あなたも、その素敵な名前も、何も悪くないわ。あなたの魂は、呪いにかかっているの。」

〝呪い〟という言葉が、強く耳に響く。ブレスレットが鳴り、小さな悲鳴が女性の1人から聞こえた。

「どうすれば、良いですか?」

小さく尋ねると、彼女はまた優しく語りかける。

「あなたの魂は、病にかかっているの。身体と同じ。病気は治療すれば良いの。魂の治療は、すなわち祈ること。祈りましょう。あなたの、ここにいる彼女たちの、全ての魂の為に!」

「…素晴らしい思想ですね。 。」

私の言葉を聞いた彼女が固まる。

「…私は翡翠よ、茜さん。」

「いいえ、あなたの本名は菅原 ひなたさんです。そして私は、石川いしかわ あかねではありません。」

彼女は驚愕した表情を見せる。周りの女性たちは、不安そうに私と祈祷師を見つめた。

「そんな…はずないわ。私の能力に間違いはない。あなた…私と彼女たちを惑わす気ね。…出て行きなさい、今すぐに。」

「そうはいきません。私はここに、依頼を果たしに来ました。」

「依頼ですって?」

「はい。千葉ちば 千尋ちひろさんからの依頼です。」

私が口にした名前に、1人の女性が反応する。その女性は私を見た後、祈祷師と目が合うと、怯えたように自分の膝に視線を落とした。

「あなたの能力が偽物とは言いません。ですが、本物ならばなぜ、じんさんと取引をするんですか?」

今度は菅原さんが名前に反応する。

「…………出て行きなさい。あなたの魂は、この聖域を穢すわ。」

「では、私が代わろうか。」

この部屋にあるはずのない、男性の声が響く。

じん…!」

部屋の出入り口には、男性が立っていた。

「いつの日か、私の魂は最も高貴だと言ってくれたね、ひなたさん。であれば、この聖域とやらに立ち入っても良いはずだが、違うか?」

「っ…………」

「彼女を信じる女性たち、よく聞いてほしい。私は、菅原 翡翠──菅原ひなたに、君たちの情報を売った。その情報を元に、彼女は君たちを信じ込ませた。」

「仁!どうしてっ…」

「悪いね、ひなたさん。君は良い商売相手だったんだが、優先されるべき契約があってね。」

「商売相手…?あなたっ、私のことを良きパートナーだと…」

「あぁ、君は良きパートナーだ。いや、“ だった ” と言うべきか。彼との契約が介入した以上、君との関係は今日限りだ。」

彼女の手が震え、ブレスレットが鳴る。

ジャラジャラ、ジャラジャラ…

それに紛れて、仁さんの後ろ──この別宅の玄関の方から物音が聞こえた。ほどなくして、遠藤さんの姿が見える。

「詩乃!」

「え、瑛太…?」

先程、千葉さんの名前に反応した女性──千葉 詩乃さんが、彼の姿を捉え、後退る。

「ダメ…ダメなの…!貴方といたら、私…呪いにかかったまま、死んでしまうの!お母さんも、千尋もいるのに…!」

「詩乃、君に呪いなんてかかっていない。」

「だって、だってずっと、悪いことばかり…!」

胸が苦しくなる感覚がして、意識的に息を吐く。

「…それには、原因があったんだ。呪いなんかじゃないし、詩乃も悪くない。」

遠藤さんが私に少しだけ視線を割く。

“ 君のせいでもない。”

そう言ってくれていると思うのは、私の願望だろうか。

「だから、帰ろう。千尋ちゃんも、お母さんも、待ってるから。俺と一緒に」

「ダメよ!」

菅原さんが声を荒げる。先程までの優しい声音が嘘のようだ。

「詩乃さん。今帰ればあなたは、いいえ、周りの人も全員呪われるわ!それで良いの?呪われたあなたの魂が、皆を不幸にするのよ!」

詩乃さんは身体を震わせ、瑛太さんと距離を取る。

「そう、それで良いのよ。…さぁ、穢らわしい魂は出て行きなさい!これ以上、彼女に関わるのなら」

「関わるなら、なんだ?」

菅原さんの言葉を遮ったのは遠藤さんだ。予定にはない状況が複数起きているが、彼の言葉を止めることができなかった。

「あなたが何をしようと、…俺の魂を呪おうと、構わない。ただこれ以上、詩乃に関わるなら、傷つけるのなら…俺はあなたを」

『はい、ストーーーーップ!』

唐突に、仁さん──ではなく、彼の手の中のスマートフォンから、青年の声が聞こえる。

『遠藤さん、気持ちはわかりますが、その先はグッと心の中で堪えてください。』

「…シオン、少しは空気を読んだらどうだ?」

仁さんがやれやれと、ため息をく。

『人の言葉に力があることは、仁さんもよくわかってるじゃないですかー。』

「…この状況でそれを言われると、痛いねぇ…」

『遠藤さん、その先の言葉を言ってしまうと、それこそ〝呪い〟にかかってしまいますよ?』

遠藤さんはシオンさんの言葉を聞き、菅原さんから視線を外した。詩乃さんに近づき、震える彼女の手を優しく握る。

「帰ろう、詩乃。」

仁さんと目で合図を取り、2人に近づく。まだ私に怯えた様子の詩乃さんを、遠藤さんが宥める。

『さて、菅原さん。ビジネスの話といきましょう。』

2人と共に部屋を出ると、そんなシオンさんの言葉が聞こえた。

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