少女C -Request-

まぁ、僕の血液型はいいとして。占いというのは確かに面白いですけど、僕は信じてませんねー。こういう仕事をしていると、事実が大事です。その事実を自身の目で見れば、何よりも信じられるものになりますからね。…まぁ、それよりも信じられる、信じたいと思うこともあるかもしれませんが。

…僕にもあるか、ですか?…さぁ、どうでしょう。



 6時間目の授業終了を告げるチャイムが鳴る。あかねの事件から1週間、虚実の入り混じった噂話が、校内を染めていた。

やっと、金曜日だ…

1週間が終わったことにホッとする。それこそ1週間前までは、週末が来ることが憂鬱だった。あの家にいる時間が、増えるからだ。でも今は、控えめに向けられるいくつもの視線の中から抜け出せることに、安堵を覚える。

 ホームルームが終わり、足早に教室を出る。急いで部活動に向かう生徒以外は、まだ廊下を歩く生徒は少ない。

「あ…」

その中に、私と同じように視線から逃げる人物がいた。

千葉ちばさん…

様々な憶測があるが、大筋はどれも同じだ。

“ 千葉さんたちによる茜へのイジメがあった。”

“ 発狂した茜がカッターを持ち出し、見て見ぬ振りをしていた私を襲った。”

土井どい先生がそれを助けた。”

私をどう見るかは人による。〝被害者〟と言う人も、そうでないと言う人もいる。でも、千葉さんを〝被害者〟と言う人はいない。

本当は、1番の被害者なのに…

 校門を出た千葉さんは、駅の方へ向かう。ホームルームが終わっているとはいえ、既に学校を出ている生徒は、私たち以外にいなかった。

意識的に息を吐き、足を早める。

「千葉さん、」

私の声に肩をビクリと震わた千葉さんが、振り返る。私を認識し、さらにその顔が青ざめる。

そう、だよね。私が直接、何かしたわけではないけど…

出来るだけ怯えさせないように近づくが、千葉さんは少し後ずさる。

「あの…話が、あるの。」

「は、話…?」

千葉さんが、学校の方を気にしている。私と話しているところを見られたくないのだろう。

私としても、また根も葉もないことを言われても嫌だし…

「場所を、移しましょう?どこか、カフェにでも」

「とぅわー!!」

右斜め後ろから聞き覚えのある声と共に、抱きつかれ…いや、これはもうタックルと呼ぶべきだろうか。

「さ、咲良さくら!?どうしてここに?」

「シオンがね!…じゃくて、オホンっ…」

ひとつ台詞のような咳払いをして、咲良が背筋を正す。

「話は聞かせてもらったよ、お嬢さん方。ここはひとつ、私が力になろうじゃないか。」

咲良なりに声を低くし、帽子を取るような仕草を見せる。実際には何も被っていないので、手は空のままだが。

「なに、それ?」

「ジンジンのマネだよ!って、あおいはまだちゃんと会ったことないか。」

ジンジン…じんさんのことだろうか。助手になる前に、一度見かけた。確かに、今しがた咲良がしたような言動が似合いそうな印象だ。

「はっ…咲良さん…ま、待ってください…」

咲良に遅れて、もう1人の人物が近づいてくる。

れんさんまで…どうしたんですか?」

どうやら咲良を追いかけて走ってきたようだ。

「シオンさんが…葵さんを…迎えに行って、ほしいと…」

息を切らしながら、蓮さんは説明する。事務所から学校までは歩いて行ける距離だ。2人して走って来たのだろうか。

でも、どうして迎えを?

「何か、依頼が入ったの?」

「違うよー。なんかね、葵が誰かと一緒にいると思うから、2人を迎えに行ってほしい、って言ってたよー。」

息を整える蓮さんの代わりに、咲良がそう伝える。

私が千葉さんといること、なんでわかったんだろう?

不思議なことに、シオンさんならそのくらいわかるのかも、と思ってしまった。

「ねぇ…」

躊躇いながら、千葉さんが私に話しかける。

「あ、ごめんね。」

彼女からしたら、何が起きているのかサッパリわからないだろう。そろそろ、生徒も学校から出てくる。

「とりあえず、行きましょう。怪しい場所では、ないから。」

“ たぶん… ” と心の中で付け加え、千葉さんを連れて事務所へ向かった。

 事務所に向かう途中も、千葉さんは息を殺すようにして、私と2人の様子を窺っていた。何か言葉をかけようとも思ったが、逆効果になりそうなのでやめた。

「たっだいまー!お迎え行ってきたよ、シオン!」

事務所に入るなり、咲良はカウンターにいたシオンさんに駆け寄る。

「ありがとうございます、咲良さん。」

「どういたしまして!」

「蓮さんも、ありがとうございます。」

「久しぶりに全力で走りました…」

「はは!咲良さん、足速いですからねー。」

シオンさんは蓮さんに水の入ったコップをカウンター越しに渡す。

「どうぞ、座ってください。すみません、急に呼び出してしまって。」

シオンさんが私と千葉さんをソファへ促す。混乱している様子の千葉さんを連れ、ソファに座る。

「葵さんはアイスティーで良いですかね?」

「はい。」

「千葉さんはどうします?」

「…え?」

「コーヒーと紅茶とココア、どれにします?」

「……………なんで、私の名前…」

…そっか。千葉さんはまだ、私がシオンさんに依頼していたことを知らないんだった。

見ず知らずの青年が自分の名字を知っていることは、恐怖の対象にすらなるだろう。実際、千葉さんは身体を強張らせ、声も少し震えていた。

「詳しい話はこれからします。というか、それが目的で来ていただきましたから。」

シオンさんはカウンターに座る咲良と蓮さんに、アイスココアとホットティーを渡しながら、そう答えた。こちらのテーブルにも飲み物が置かれる。シオンさんと私はいつも通り、ホットココアとアイスティーだ。千葉さんの前にはホットティーにミルクと角砂糖が置かれる。

「はじめまして、千葉ちば 千尋ちひろさん。座間ざまナンデモ相談事務所代表の、座間ざま シオンです。」

ソファに座ったシオンさんは、笑顔で名乗る。千葉さんはまたぎこちなく、頭を少し下げた。

「千葉さんに話す、その前に。葵さん、僕との約束、覚えてます?」

「約束、ですか?…………あ、事件のことは…」

そこで気がついた。私は千葉さんに事件のことを話そうとしていた。他の生徒に話すつもりは毛頭無かったため、“ 事件のことを口外しない ” という約束は、私の中で存在感が薄かった。

「もー、あれも一応は〝依頼内容〟ですからね?ウチは “ 解決率100%! ” が売り文句ですから!」

…シオンさん、私が千葉さんに話そうとすることまでわかってたんだ。彼の予測なのか、誰かからの情報なのか。…後者だとしたら、いったい誰が…?

「あっ…」

千葉さんが何かに気づいたような声を上げ、顔を青ざめさせる。

「あの時の…声…」

千葉さんはそう呟いた。彼女は、あのリップクリームから聞こえた声の主がシオンさんだと気づいたようだ。

「葵さん、事件のことを話して良いと承諾してください。守秘義務があるので。」

「あ、はい。話してあげてください。」

私は、校長先生からの依頼によって口外することができない。けど、シオンさんは私との契約に縛られているから、私が承認すれば…あれ?

「さてと、千葉さんは事件の関係者、というか被害者ですね。あなたには、何があったか知る権利があります。ですが、とある事情がありまして。葵さんは事件のことを口外できませんし、事件に関する資料も全て処分する必要がありました。…ですが口外することは契約に反していません。なので、僕の知る限り、話せる限りの事を、あなたにお伝えします。聞きたくないのなら、無理にとは言いませんが…」

契約に、反していない?校長先生との契約にも、守秘義務があるはずだ。

しかし、シオンさんは事件のことを話す。茜へのイジメをめさせる為に、私がシオンさんに依頼したこと。茜が千葉さんたちを脅迫して、イジメいたこと。その脅迫に、千葉さんのお姉さんが使われていたこと。そして、私があのリップクリームを設置したこと。

「あとは見たとおりです。その後、校長先生からの依頼で、事件に関する全データの処分と、葵さんに事件のことを口外させないことを依頼されました。なので、葵さんが話してしまうわけにはいかないんです。」

困惑した様子の千葉さんは、シオンさんが事件の概要を話すという〝違和感〟に気がついていない。

言わない方が、良いのかな…?

「…じゃあ、全部、知ってんの?…お姉ちゃんのことも…」

「千葉さんのお姉さんが被害に遭われていたことは、先ほども話したとおり、こちらでも把握していますが…」

「そうじゃなくて!あのっ、詐欺師のこと!!」

千葉さんは涙を滲ませながら叫んだ。シオンさんは少し驚いた様子だったが、変わらぬ声音で質問を投げかける。

「〝詐欺師〟というのは?」

「あの女のことよ!お姉ちゃんを騙して取り入って!ただでさえボロボロだったのにっ…」

あの一件のせいで、千葉さんも、千葉さんのお姉さんも深く傷ついた。それなのに、いま隣に座る私にその感情をぶつけない。本来の彼女は、イジメなどとはほど遠い存在なのだろう。

「ここ、ってさ──」

少し呼吸を整えた千葉さんが、チラリと私を見る。憎悪の類の感情は含まれておらず、単に疑問を投げかけているような、そんな視線。

「──依頼すれば、なんでもやってくれるの?」

「…まぁ、できる範囲では。」

シオンさんも、いつもよりやや穏やかに答える。

「じゃあ、依頼。」

千葉さんは悔しく涙を流しながら、シオンさんを縋るように睨んだ。

「お姉ちゃんをっ、取り返して…!」

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