ソーヴ・キ・プ

春風月葉

ソーヴ・キ・プ

 一日の終わり。

 私は湯槽に浸かっておもちゃの舟を浮かべていた。

 なんとなく舟を指で押すと、プカプカと浮いていた舟はくるりと反転して沈んでしまった。

 正直、舟は嫌いだ。

 船乗りだった私の父は、嵐の中暗い海の底に一人沈んだ。

 父以外の船員四人は全員生き延びたらしい。

 私がまだ幼い頃のことだが、その所為もあって、私は舟というものに特別な感情を持っていた。

 今ではこうして湯槽に浸かっているが、水が怖くて今でも海や川を避けてしまっている。

 父の最後の言葉を父の元船員から聞いたことがある。

 ソーヴ・キ・プ。

 沈没する舟で、最後に船員にかける船長の言葉だそうだ。

 意味は、生き延びることができるものは、全力で生き延びよ。

 船員に向けたはずのその言葉が、どうしてか私に向けた最後のメッセージに思えてならない。

 必死に生きろ!と。

 私は沈んだ舟をつまみ上げ、もう一度水の上に浮かせ直した。

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ソーヴ・キ・プ 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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