第26話

 ザイールの都マヤに到着して、ライカ達と合流することができた。ライカ達の泊まっていたシーラという宿屋に部屋もとれ、久しぶりに野宿から解放されたせいか、ちょっと寝すぎてしまった。

 

 ボクは、ベッドから身体を起こすと、辺りをボンヤリ眺める。まだ頭がしっかりしない。

 相部屋のウルホフとラビーはすでに部屋にいなかった。とりあえず顔を洗おうと、ベッドから下りて、顔を洗う樽の前まできた。


『ユウ様、この男はご存知でしょうか?』

 

 ウィンディが現れて、顔を洗おうとした樽の水に、一人の獸人の顔をうつした。

 かなりゴツイ男で、虎の獸人だろうか?黄色と黒の縞模様の髪色をしている。

「知らないよ。なんで?」


『人間を探している者の一人なんです。では、こちらは?』

 

 毛並みは同じような獸人だが、子供なのだろうか?最初の男に比べるとかなり小さく細い。賢そうな、人当たりの良さそうな顔立ちをしていた。

「知らないなあ。この国に、知り合いはいないもの。」


『そうですか…。では、この少女もご存知ではないんでしょうね。』

 

 樽に写った少女を見て、ボクは一瞬息が止まった。

 

 なんで?

 

 長い少し癖のある黒髪、大きく魅力的な目、薄く引き締まった唇、色素の薄い肌…。

 

 ボクの目から涙が溢れた。


『ユウ様?』

 

 そこへ、ウルホフとライカがやってきた。

「ユウ?どうしたの?!」

「おい、何があった!」

 二人とも、泣いているボクに駆け寄ると、怪我でもしたのか?どこか痛いのか?と身体をさすった。

「あ…、違うんだ。どこも痛くないよ。そうじゃなくて、ウィンディ!なぜ彼女が写ってるんだ?!なんで花梨が…。」

「彼女?」

 ライカが不思議そうに、ボクとウィンディを見る。


『ご存知なのですね?』


「もちろんだよ。花梨だ!幼馴染の佐藤花梨だよ。」

「花梨…って、ユウが前に話していた幼馴染の?」

 ウルホフが、樽の水を覗き込み、そこに写っている花梨を見る。


『ユウ様に害をなす者ではないのですね?』


「当たり前じゃないか。でもなんで花梨が?」


『この三人が、人間を探している者達です。他にもいるようですが、この者達に頼まれて探しているみたいです。探している人間は、ユウ様で間違いなさそうですね。』

 

 頭がパニックになる。

 

 なぜ花梨が?

 

 あの獸人達は?


『話したいですか?』


「できるの?!」


『今ならば。彼女も顔を洗おうと水の前にいますので。』


「頼むよ!ウィンディ。」


『水鏡の前に立ち、話してごらんなさいませ。』

 

 樽を強く掴み、食い入るように覗き込む。

「花梨!花梨!聞こえてる?ユウだよ。」

 水の中の花梨の顔が、顔を洗おうとしたのか近づいてきて、ピタリと止まった。閉じていた目が開き、しっかりと目線が合った。


「…嘘。」


 懐かしい花梨の声だ。

 かすれて、あまりに小さい声だったけど、聞きたくてしょうがなかった、花梨の声!

 

 水の中の花梨の顔が崩れる。

 

 たぶん、花梨が水の中を手で探ったのだろう。

「花梨、ユウだよ!」

「ユウ!ユウ!なんなの、これ??あなた、どこにいるのよ!」

「花梨、水は触らないで。見えなくなっちゃうから。」

「なんで水の中にいるのよ?」

「水の中にいるわけじゃないんだ。これはウィンディが、水の精霊が、ボクと花梨を繋げてくれているんだよ。」

「なによそれ!」

 ボクがさらに説明しようとすると、花梨がそれを遮った。

「何だっていいわ!ユウ、あなた無事ね?怪我はしてない?」

「元気だよ。」

 花梨の目から涙が流れた。

「良かった…。無事で、本当に良かった。ユウ、あなたどこにいるの?あたし、そこに行くから。絶対行くから。」

「ボクはザイールって国のマヤって都にいるんだ。」

「なんですって?!あたしもマヤにいるわよ。花の広場わかる?」

 

 ボクがウルホフとライカのほうを見ると、ライカがわかるとうなずいた。


「友達はわかるみたいだ。」

「今からそこにきて。あたしも行くから!」

「わかった。すぐ行くから。」

 

 花梨が水の中から消えた。花の広場に向かったんだろう。

 ボクは、樽にしがみつくように座り込んでしまった。

「ユウ、何やってる?行かないと!」

 ボクは泣き笑いのような表情で、ウルホフを見上げた。

「足が動かないんだよ。腰が抜けるって、こういうこと言うんだね。」

「馬鹿!ウルホフ、ユウをおぶって!花の広場に行かなくちゃ!」

 ウルホフにかつがれ、ライカを先頭に宿屋を飛び出る。ライカは、マヤの都で聞き込みをしていたおかげか、迷うことなく花の広場に向かう。

 

 中心に花壇のある、花の広場らしき場所に到着した。

 

 そこには、辺りを必死に探す花梨の姿が…。

 ボクはウルホフに下ろしてもらい、花梨に走り寄った。

 花梨もそんなボクに気がつき、猛ダッシュで走ってくる。

 

 ボク達はぶつかる直前で止まった。

 花梨は唇を震わせ、いきなり号泣し始めた。あまりに大きい泣き声に、その場にいた人達がみな注目する。

「花梨…。」

 ボクは、そんな花梨を強く抱きしめた。花梨の両手も、しっかりとボクの背中に回される。

 しばらく、ボク達は泣きながら、お互いの存在を確かめるように強く抱き締め合った。

「あのよ、邪魔するようで悪いんだが、そろそろ離れてみねえか?見物人が集まってるんだがよ。」

 あの水鏡に写った大柄の獸人が、頭をボリボリかきながら、花梨に声をかけた。

「ホラン、ホントに邪魔!誰が見てたってかまわないわ!あたしのユウに、やっと会えたのよ。」

 

 あたしの?

 花梨は、今、あたしのユウって言った?

 

 花梨はボクにしがみついたまま、ホランと呼んだ獸人に振り向いて言った。

「まあ、確かに場所を代えた方がいいかもな。ユウ、もう歩けるか?」

 ウルホフが言うと、いきなり花梨がしゃがんでボクの足をつかんだ。

「怪我したの?!」

「違うんだ。その…、花梨がいるなんて思わなかったものだから、あんまりにビックリして、腰抜けちゃって。」

 花梨は気が抜けたように表情を崩し、立ちあがってボクの手を握った。

「ユウらしい。なんか安心するわ。」

 フワリと笑う花梨は、昔のままの花梨だった。

「あたしはライカ。ユウの友達だよ。こっちのはウルホフ。同じ村の出身よ。他にもいっぱいいるんだ。」

 ライカが手を出しながら言うと、花梨はボクの手を離すことなく、ライカと握手をする。

「あたしは花梨。こっちのばかでかいのはホラン、その横の小さいのはポー。二人は兄弟よ。あたしの…、旅の連れね。勝手についてきたの。」

「勝手についてきたはねえだろ。ほんと、場所かえようぜ。見せ物になった気分だ。」

 確かに、さっきまでは立ち止まってボク達を見ていたくらいだったに、なぜか見物人の輪ができていた。


「花梨ちゃん、その子が探していたって子かい?」

「花梨、会えて良かったな!」

「おめでとう!」

「万歳!」

 

 なんか、口々に花梨が祝福されている。

 

 花梨はここでは有名人なのかな?


「とりあえず、どっちかの宿屋に戻りましょう。ここじゃ、話しもできないわね。」

 とりあえず、ボク達の宿屋に行くことにした。花梨の仲間はこのホランとポーだけみたいだけど、ボクの仲間がまだ宿に残っていたから。


 宿につくと、食堂にみな勢揃いしていた。

「まず、ライオネルの親衛隊のみんなだよ、ドギー、ソロ、キャシイ、ボア、クローだ。こっちの二人はさっき挨拶したよね。同じ村、ボクが最初にこの世界にきたときについた村なんだけど、そこの出身のラビーとプーシャ。」

 みな、なんだ?と不思議そうに花梨達を見ていた。

「あのね、この子は花梨。ボクの幼馴染…人間だよ。」

「人間?!もしかしてあの…。」

 ソロが何か言おうとして、キャシイにおもいっきり足を踏まれる。

「痛ッ…!なにしやがる色ボケ猫!」

「あんたは一言余計なのよ。はじめまして、あたしはキャシイ。こっちの二人はあたし達と同族よね。」

「はじめまして、僕はポー。こっちは兄のホラン。キンダーベルン家の者です。」

「キンダーベルン?あのキンダーベルンですか?伯爵家の?」

「まあ、跡を継いだのは別の兄なので。」

 弟のポーは上品な感じもするし、貴族と聞いても納得できるが、兄のホランは貴族というよりは、盗賊のほうが似合いそうな気が…。かなりの巨体で、筋骨隆々とし、切り傷も沢山ある。

「あの、差し支えなければお聞きしてもいいですか?なぜライオネル国の親衛隊がユウさんと一緒にこの国へ?」

 ポーがドギーに向かって話しかける。ドギーは見た目は若く、人の上に立つようには見えないのに、ポーはボク達の責任者はドギーだと判断したようだ。

 以外と見る目がある。彼もドギー同様、見た目通りではないのかもしれない。


「私達の国では、今、妖魔が大量発生しておりまして、その原因を探った結果、ある人物の存在にたどり着きました。」

「人と妖魔が関係してんのか!?」

「ええ。まだ謎だらけなのですが…。その人物…私達は悪しき黒き者と呼んでいますが、とても強く、我々では歯が立たないだろうとのことです。ただ唯一、ある人間だけがその者と対峙することができるかもしれず、その者を探しにやってきました。また、ユウだけが、悪しき黒き者を見つけることができるらしいです。」

 ドギーは説明しつつ、ホランやポーを観察していた。

「ある人間って?なにか特別な力があるのですか?」

「重力?とかいうらしいのですが、なにやら押さえつける力を持つ者らしいのです。悪しき黒き者を抑えることができるのは、この力のみらしいです。」

 ポーとホランが、顔を見合わした。

「なにか、思い当たることがあるのですか?」

 ホランは、ボリボリと頭をかいた。

「それって、花梨のこった。」

「そうですね。花梨姉さんの力は、それだと思います。」

 みなの視線が花梨に注がれる。

「えっ?なに?」

 花梨は、ボクの手を握ったまま、キョトンとした。

 話しを聞いていなかったらしい。


「花梨、こっちの世界にきてから、不思議な力が使えるようになった?魔法みたいな。」

「ええ、目の前が赤くなって、そうすると物を重くしたり軽くしたりできるみたいね。重力を操る感じかしら?ユウもなにかできるようになったの?」

「ボクは全然…。」

「ユウは、精霊使いの能力があるじゃない。」

 ライカが口を挟む。

「そんな…。ただ、友達になっただけだよ。彼らがボクを助けてくれてるんだ。ボクの力なんかじゃないさ。」

「精霊使い?凄いじゃない!」

「花梨さん、もし本当にその力があなたにあるなら…。」

「疑ってんのか?!花梨、いっちょやってやれよ。」

 花梨は、フワッと笑うと、いきなり黒目が赤くなり、ボク以外の人達が床やら机やらにへばりついた。


「おい!俺らはいいんだよ!」

「花梨姉さん、勘弁してよ!」

「わかった!わかりました。」

「すっご!動けないじゃん。」

 みな、それぞれ悲鳴を上げてジタバタしている。


 花梨の目が元に戻ると、みな首を振ったり、手を回したり、身体が動くことを確認しながら立ち上がった。

「凄いね!あんた、強いじゃんか。」

 ライカは、目を輝かして花梨の腕を叩いた。

「花梨は、剣術や体術も強いぜ。俺は盗賊の頭領をやってたんだが、花梨の強さに心酔して、舎弟にしてもらったんだ。」

 

 伯爵家出身で盗賊の頭領?

 

 でも、盗賊の頭領のほうがホランの見た目にはしっくりくる。

「花梨は、剣道や合気道をやっていたからね。」

「おまえも強いのか?」

 ボクは、ブンブンと首を横に振る。

「まさか!ボクは全然。」

「ユウはいいのよ。なにかあれば、あたしが守ってあげるから。」

「花梨さん、あなたの力はわかりました。ぜひ、僕達に力を貸していただきたい。」

 ドギーが頭を下げ、親衛隊のみんながそれにならって頭を下げた。

「やだ!やめてよ。あたしは、ユウの行くとこならどこだって行くし、逆にユウの行かないとこは行かない。それだけよ。」

 花梨は赤くなって手を振る。

「花梨、ボクからも頼むよ。ボクがこの世界に来て、今までやってこれたのは、ライオネルのみんながいたからなんだ。ボクは、彼らにいっぱいよくしてもらったんだよ。」

 花梨は、ボクの首にギュッと抱きついた。

「わかるわ。あんたが一人で生き残れるほど、この世界は甘くないってこと。生きて、ここまで辿り着けたのは、きっとここにいる人達のおかげね。凄く感謝するわ。本当にありがとう。だから、あたしにできることなら、何だってするわよ。ただ一つ、さっきも言ったけど、ユウと離れない。それだけは譲れない。」

「そりゃ、ボクもだよ。ありがとう、花梨。」

 ボクも花梨を抱き締める。

「あーッ…、ウウン。とにかく、僕達はちょっとでかける用事があるから、ユウごゆっくり。」

「こんなとこじゃなく、寝室に行ったほうがいい…。」

「このバカ!黙りなさい。」

 キャシイがソロのしっぽを引っ張り、笑いながら食堂から出て行く。

 ドギーも、みんなの肩を押して食堂から出て行った。ライカは花梨と話しをしたくてごねていたが、プーシャとウルホフに引っ張られて後に続く。

「ホラン!」

「あー、はいはい、邪魔しねえって。そんじゃ、宿に戻ってるぜ。」

 花梨に睨まれ、ホランとポーも出て行く。

 

 みんなが出て行って、静かになった食堂で、やっとボク達は離れて座った。

 落ち着いてみると、凄く恥ずかしい!


 手を繋いだのなんか、小学校の低学年ぶりだし、抱き合うことなんてなかったから。第一、ボクと花梨は幼馴染で、恋人ではないのだから。ボクの気持ちは…あれだけど。

 

 信じられない再開に、たががはずれて、ついベタベタしてしまった。

「花梨は、どうして…どうやってこの世界に?」

「あんたを追いかけてに決まってるじゃない。」

「追いかけてって、簡単にこれる場所じゃ…。」

「バカッ!簡単なわけないでしょ!あんたが消えて、みんなあんたのこと忘れちゃって、写真からも消えて…。」

 花梨は、ボクと花梨の写った写真を取り出して机に置いた。薄汚れて、ぼろぼろになっている写真。その汚れ方からも、花梨のここまでの道のりが、平坦ではなかったことがしのばれた。

「ボクのことは、みな忘れてるわけ?」

 花梨はうなずく。

「まるで、元からいなかったみたいに。」


 なるほど、やっぱりどちらかの世界からいなくなると、その世界で生きた記憶は、周りの人から消えてしまうのか。

 でも、なんで花梨は?花梨だけがボクを覚えていたのは?


「花梨は忘れなかったの?」

「ほんと、バカ!誰に言ってるのよ。あたしがあんたを忘れるわけがないでしょ。」

「ごめん…。」


 バカと言われても、素朴な疑問だっただけなんだけどな。


「わかればいいわよ。で、あんたが消えた場所を調べたり、神隠しについて調べたり。でもわからなくて、行き詰まって。ユウと同じことをすればいいんじゃないかって思ったの。」

「同じことって…。」

 花梨はニコッと笑った。

「車の前にダイブしてみたのよ。」

「危ないじゃないか?!」

「でも、正解だったわ。この世界に来た途端、ユウが消えてしまった写真に、ユウの姿が現れたんだから。で、色々あって、今はユウの前にいる。」

 ボクは、大きく息を吐いた。

 

 そう、これが花梨だった。

 見た目は可愛らしいのに、性格は男らしいというか…。


「そんな花梨が好きだったんだよな…。」

「エッ?!」

 花梨がマジマジとボクの顔を見る。ボクは、声に出ていたことに気がつかず、同じように花梨を見た。

「もう一回言ってみ?」

 

 もう一回…?

 あれ、声に出てた?


「ボク、なんか言った?」

「言った!」

 花梨が、グイッとボクの衣服をつかんで引き寄せた。

「好きだったって、過去形?!過去なの?!」

「ううん、過去形じゃない。じゃないけど…、ええッ?」

 

 今言うの?今言うタイミング?


「あたしは、あんたを追っかけてこんな世界にくるくらい、あんたが好き!初めて会ったときから、ずっとずっと…。大好き!」

 顔が真っ赤になるのがわかる。

 まだきちんと言ってないのに、先に言われてしまった。

 

 というか、花梨もボクが好き?

 ヤバイ!嬉しすぎて涙がでそうだ。


「ボクも…。」

「ボクも?」


 そうだ、花梨に会ったら、きちんと伝えようと…。

 

 ボクは、真っ赤な顔のまま覚悟を決めた。ボクの衣服を握っている花梨の手を、そっと包み込んだ。花梨の手から力が抜ける。

「ボクは…、ずっと前から…、花梨のことが…、大好きだよ。」

 花梨が体当たりするようにボクに飛び付いてきて、思わず椅子から転がり落ちる。


 花梨の匂い、花梨の体温、花梨の…。


 涙がポロポロ出てくる。我慢できなかった。嬉しすぎて泣くって、本当にあるんだ。

 花梨も、笑いながら泣いている。

 

 自然と顔が近付いて…。

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