第25話
遥か数千年前、まだノーマが初老の精霊であった頃。ライオネル国とザイール国の間の砂漠には、豊かな森が広がっていた。ノーマは、その森に静かに暮らしていたらしい。
そこに全身黒ずくめの女がやってきたそうだ。(想像では男だったんだけど、黒い悪しき者は女だったみたい。)
その女は、たいそう美しい顔に大きな傷をおっていた。その傷を癒す薬草が、この森にしか生えていないからと、ノーマの結界に入る許可を願い出たらしい。
女に同情したノーマは、結界を解き、女を迎え入れてしまった。
最初は、多少警戒していたノーマも、一年二年とたつにつれ、女に心を許し始めた。そしてなかなか治らない女の傷を癒すため、ノーマの命の玉の欠片を薬の材料にさせて欲しいと頼まれた。ノーマは承諾し、命の玉を取り出した瞬間、女が豹変したのだった。
女は凄まじい妖気を放ち、彼の命の玉を呑み込んだ。
その命の玉を古木の杖に封印し、蛇の妖魔に渡して女は去って行ったらしい。
そのせいで森は枯れ、砂漠に姿をかえた。ノーマは杖の中で、愛した森が消えていく様を見ているしかなかった。
そんなノーマを助けたのが、伝説の五人の勇者と、二人の人間だった。
太一と静。それが二人の名前だ。
太一は精霊の契約者で、精霊を癒す力を持っていた。精霊達は彼を愛し、彼のために力を貸していた。むろんノーマも彼と契約し、その後は彼らと共に行動するようになった。
静は、精霊力とはまた別の力を使い、彼らはそれを重力と呼んでいた。なんでもペチャンコにしてしまう力で、どんな力自慢も敵わなかったらしい。
最終的に、悪しき黒い者を追い詰め、静の力で押さえ込んだ。しかし、精霊力を無効にする力を持つ悪しき黒い者に決定打を与えることができず、しばらく膠着状態が続いた。
先に動いたのは悪しき黒い者だった。
人間二人を道連れに、奈落の滝に落ちていったのだ。精霊達が助けようと二人に手をのばしたが、なぜか二人に触ることはできず、光の輪の中に消えていった。悪しき黒い者も同じように消えていなくなり、この世界から姿を消した。
◆◇◆◇
ノーマは話し終わると、大きく息を吐き、ゆっくりと目をつぶったように見えた。
『私は、大切な友を救えなかった。それがなによりも悔やまれる。』
みな、言葉なくノーマを見つめた。
語られていなかったところに、二人の人間の犠牲があったことに衝撃を受けていたからだ。
「あの、なぜ二人の人間のことは誰も知らないんでしょうか?」
『…なぜかはわからない。彼らが光の輪に入った瞬間から、獸人達の記憶から消えてしまったのだよ。一緒に戦っていた、五人ですら…。』
死ぬと記憶から消えてしまうのか?
いや、確かザイホップが会った若松という人間は、すでに亡くなっているみたいだけど、記憶には残っている。
その光の輪というのが、なんなのか?自然にできたものなのか、誰か(二人の人間もしくは悪しき黒い者)が故意に作り出したものなのか?
光の輪の先はどこに繋がっているのか?
なぜ記憶から消えるのか?
わかったことも多かったけど、新しい謎が増えてしまった。
もし、光の輪の先が違う次元に繋がっていたとしたら……。
色々仮定してみたが、正解はわからない。
『ユウ、私はもうすぐ自然に帰る。』
「そんなこと…。」
『それが理。…だから、ユウにこれを持っていてほしい。』
ノーマは木の枝から種を一つ落とした。
『これは、次代の我。いずれ時が来たら植えてもらえないか?』
「わかりました。」
種を拾い、プーシャからもらった巾着にしまった。
『良かった…。私はもうここから動くことはできないが、次代の我はお供できる。太一達と旅をし、共に戦ったあの時のようにな。さあ、私は眠りにつくとしよう。最後に、君達に会えて嬉しかった。ありがとう。』
ノーマは、二度と目を開くことはなく、言葉を発することもなかった。
「…亡くなったの?」
キャシイが、木に手を当てて尋ねた。
『いえ、最後の眠りについたのですわ。あとは、ゆっくり自然に戻ります。私達には、生まれて死ぬという概念はありません。』
みな、自然に木に向かって頭を下げた。
「重力とかいう魔法を使う人間を捜さないと、黒い悪しき者は倒せないということがわかったな。第二班と合流して、情報を共有しよう。」
ドギーは、いち早く気持ちを切り替えると、ホスーに騎乗した。
みな、しばらくは無言でホスーに股がり、森を進んだ。森を出て、都へ向かうため高台を登ったところで、初めて森を振り返って見てみる。
もう、あの紫色のモヤはなく、普通の森が広がっていた。
「ドギーさん、やっと見つけた。」
クローが目の前に舞い降りた。
「クロー、報告には早いんじゃないか?なにかあったのか?」
報告は三日ごとと決めてあり、まだ別れてから半日もたっていなかったから。
「なに言ってるんです。もう、十日過ぎてますよ。」
「十日?!」
森の中にいたのは三時間くらいだろうか?その間に十日過ぎているという。
もし数日、森の中で過ごしていたら、浦島太郎になってしまっていたかもしれない。
「そ…そうか、まあ、精霊の森に足を踏み入れたんだ。そんなこともあるかもだな。」
『申し訳ございません。そのことを失念しておりましたわ。』
ウィンディが現れ、申し訳なさそうに言う。
「いや、まあしょうがない。最短で帰ってきたんだから、よしとしよう。それで、第二班のほうはどうだい?とりあえず、都へ向かいながら聞こうか。」
クローはドギーに並走して飛びながら話し始めた。
◆◇◆◇
ザイール国の都マヤ、アインジャとライオネルに挟まれた大国の首都だけあり、自国の農産物、アインジャの海産物や工芸品、ライオネルの武器や金物類などが集まり、活気溢れる市場がいたるところで開かれていた。
人々が集まるということは、それだけ情報も集まるというものだ。
第二班はボアとプーシャ、ライカとラビーがコンビを組み、市場を聞き込みまくった。
クローは、ラインバル王の親書をザイールの王に届け、公になっている人間の人数と居場所を調べた。
ザイール国に戸籍を登録している人間は、三名いた。
渡辺藤五郎、五十三歳、昭和十七年生まれ、茨城県出身。職業は農家。
山田光治、三十歳、昭和四十九年生まれ、北海道出身。職業はサラリーマン。
畠山晃、二十五歳、平成元年生まれ、東京出身。職業は花屋。
なぜか、年齢と生まれ年がバラバラだった。つまり、こちらの世界とあちらの世界、同じ時間軸が存在しないということだ。
また、出身地も違うということは、特定の場所がこちらとつながっているというわけではないのだろう。どこにいるときにこちらにきたか…がわからないから、断定はできないけど。
その三人は、ザイール国から特別に住まいと仕事を提供され、都に住まいがあるということで、クローは三人に面会したらしいが、三人ともボク達が求める力はなかったということだ。
市場の聞き込み組だけど、予想外というか、プーシャが大活躍したらしい。
とにかく、買って食べて買って食べて…。そのとどまることのない食欲に、市場で一躍有名人になったとか。
みな、彼女には気軽に話しかけ、世間話をしていくらしい。ボアは荷物持ちと思われていたらしいが。
その中で、気になった情報が二つ。
一つは、ボク達以外に、人間のことを探している者がいるということ。
いかつい大男の獸人だったとか、賢そうな少年の獸人だったとか、綺麗な妖精族の少女だったとか…。とにかく数人が人間について聞いているみたいだ。しかも探している人間の特徴が同じで、可愛らしい十代半ばの人間の男の子だという。
もう一つは、ザイール国で有名な盗賊団の一つが、たった一人の少女に壊滅させられたという話しだ。少女は不思議な魔法の使い手で、一瞬で相手の動きを封じ、大勢の盗賊を叩きのめしたとか。
他にも幾つかの盗賊団を殲滅したとかしないとか…。
盗賊の間で、綺麗な少女には要注意!と噂が流れているらしい。
◆◇◆◇
「以上が、二日前までの情報です。」
「なるほど、その少女が気になるな。」
「その情報については、さらに集めるように指示をだしてあります。あと、誰がなんの目的で探しているかわかりませんが、特徴がユウに合致するんですが…。」
みんなが、ボクに視線をむける。
「黒髪、黒目、目が大きく女の子みたいに可愛らしい男の子。年は十五。性格はおとなしく、ちょっととろい。」
「それって悪口?」
ボクはプーッと頬をふくらませる。
「ユウのことじゃなく、そういう人間を探しているらしいってことです。」
「黒髪黒目って、日本人ならだいたいそうだよ。ボクが当てはまるのは日本人と年齢くらいじゃない?」
ウルホフがボクの背中を軽く叩く。なにか慰められたようで、納得がいかない…。
「ユウはザイール国に知り合いなんていないんでしょ?」
「いるわけがないよ。」
「あとはですね、探している人間の名前なんですが、スー、ヌー、フー、ユー、ルー…みたいな名前だとか。うろ覚えな人が多くて。」
「なんか、ユウっぽいよな。しかも、人間なんてそうざらにいるもんでもないし。」
「ユウだとしたら、なんのために探しているのか?だよね。」
みな、ドギーの問いかけに首をかしげる。
「クロー、人間を探しているという獸人達の捜索もするように、ボア達に伝えてくれ。」
「わかった。」
クローは、空高く舞い上がり、都の方角に飛んで行った。
「ユウ、しばらくは一人にならないほうがいい。誰かと必ず一緒に行動すること。ウルホフ、ソロ、特に気をつけて。」
「オーケー。」
とりあえず、誰がなんのために人間(ボク?)を探しているかわからないけど、もし本当にボクを探しているのなら、きっといずれ目の前に現れるだろう。
ボクには心強い仲間がいるし、精霊達もいる。
きっとなんとかなるさ。
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