第23話

 それ以降の砂漠の旅は順調だった。灼熱の砂漠も、ウィンディのおかげで快適に過ごせたし、シルフィのおこすそよ風もまた心地よい。


 最初は両親に会える喜びで興奮気味だったカイが、実際にザイール国が近づくにつれ、口数が少なくなっていった。

「カイ、どこか痛いの?」

 ソロと仲良く口喧嘩をしていたキャシイが、そんなカイに気がついて声をかける。

「いや…、どこも。」

「おなかがすいているんじゃないの?」

「プーシャじゃないんだから。カイ、話してごらんよ。なにか心配事があるとか?」

 ラビーの優しい問いかけにも、

「…まあ、うん…。」

 と、 なんとも歯切れが悪い。

「男の子だろ!ぐだぐだ悩んでないで話しな!」

 ライカが御者台の横にラクをつけて、カイの背中をバシンと叩いた。

「いってえよ。いやさ、たいしたこっちゃないんだよ。」

「いいから話しな!」

 カイは、大きくため息をつくと、諦めたのか話し出した。


「オイラの父ちゃんさ、すげー厳しいんだよ。曲がったことが大嫌いでさ、子供だろうが容赦ないんだ。前もさ、ちょこっとアイラのお菓子を取っただけで、朝まで縛り付けられたりさ、木の枝でしこたま殴られたり…。」

「まあ、取ったカイが悪かったわけだしな。」

 ウルホフがカイの父親を擁護するようなことを言うと、カイは目をむいて言い返した。

「たった一口だぜ!他にも、砂漠に埋められたり、一日水しかくれなかったり、ズボンいっちょで放り出されたり…。」

「あんた、どんだけ悪さしてるのさ。」

 キャシイが呆れ顔で言う。

「いや、まあ、それはいいんだけどさ。ほら、オイラさ、オアシス村にいたとき、盗みやってたじゃんか。あれがバレたら…って考えたら…さ。」

 カイはブルブルっと震える。

「ばれる前に、自分で話しなよ。でもさ、ああでもしなきゃ、生きていけなかったろ?アイラもいたしさ。」

「そりゃそうなんだけど…。ユウは父ちゃんの凄まじさを知らないから、簡単に言えんだよ。」

 

 それからカイはずっと黙ってしまった。

 会ってしまえば、きっと問題は解決するはず。みなそう思ったのか、それ以上カイにかまうことはなかった。

 プーシャが、こっそりとカイの横に干し芋のお菓子をおく。彼女が自分の常備食を分けてあげるのは、かなり珍しい光景だ。彼女なりの慰め方なんだろう。

 カイはチラッと干し芋を見ると、ムシャムシャと食べ始めたので、まあ体調は本当に問題なさそうだ。

 

 夜はテントを張り、昼間は砂漠を進む。本当は昼間に仮眠し、夜の涼しいうちに進むのが正しいらしいんだけど、ボク達には砂漠の灼熱の熱さが関係なかったから、逆転生活をしないですんでいた。

 

 オアシス村を出てから一週間たった頃、ボク達はようやく砂漠を抜け出し、ザイール国の外れの村に到着した。

 シルフィの話しでは、カイの両親や仲間はこのオワム村にいるらしい。

 この村も、オアシス村と同様活気に溢れ、商いが盛んらしく、村外れからすでに露店がひしめいていた。

「この村も、かなり人口が多いみたいだから、手分けしてカイの両親のこと聞いたほうがいいだろうな。」

「そうね。みんなであたれば早いわよ。」

「ドギー、キャシイ、ちょっと待ってくれよ。そこまで世話になれないぜ。みんな、やることがあって砂漠越えしたんだろ?オイラは地道にゆっくり捜すから、みんなは先へ進んでくれよ。」

「バカだな、気にするな。」

 ソロがカイの頭をくしゃっと撫でる。


『今、風の乙女達に頼みましたので、すぐに見つかるはず。お待ち下さい。』

 

 シルフィの声だけが頭に響く。

 こんなに人がいるところで、さすがに姿は見せられないよね。

「シルフィが捜してくれるって。すぐに見つかるだろうから、ちょっと待ってって。」

「そうか、シルフィなら僕達が動くより早いな。じゃあ、僕達は今日の宿捜しと、情報収集しようか。そうだな、ユウとソロ、キャシイでカイについていてもらおうか。僕とプーシャ、ラビーで宿捜し。あとはペアでバラけて情報を集めて。」

「イエス、サー!」

 みなばらばらに散らばって行く。

 ボク達は、荷馬車に全員分のラクを繋ぎ、村外れの木に縛り付けると、思い思いに時間を潰した。

 カイは緊張し過ぎて瞬きすらしなくなったし、ソロは素振りを始め、キャシイは化粧直しに念を入れる。

 ボクは、ボーッとそんな三人を眺めていた。

 

 絶対に交わることのないはずだった人達が、今ボクの目の前にいる。こんなに、密に人と関わったことはなかったから、不思議でしょうがない。

 

 実は夢だったりして。

 あのとき、ボクはトラックにひかれてて、植物人間になってたりして、これが全部病院で寝ているボクの夢なんてね。実際は、寝ているボクの手を、花梨が泣きながら握ってたり…しないね。

 花梨なら、怒り狂ってそうだ。

 そして、確実にボクをひいた相手に仕返しを考えているだろう。考えるだけじゃなく、100%実行する奴だ。

 

 ボクは自分の空想に、思わず笑ってしまった。

「どうした?」

「いや、ここに今自分がいるのが不思議だなと思って。ボクの夢だったりして…って創造してたら、なんか色々考えちゃってさ。」

「ああ、確かに不思議ね。ユウの生きてきた世界と私達の世界、本来は往き来できないのよね。」

「そうだね。というか、もしかしたら、一方通行かもしれない。」

「一方通行?」

「うん。あっちからはこっちにこれても、こっちからはあっちに行けないみたいな。だって、君達とボクは見た目が違うだろ?君達があっちの世界にきたら、大ニュースになると思うんだ。でも聞いたことないし…。」

 

 本当にそうだろうか?

 

 そこまで言ってから、UMAの存在 を思い出した。未確認動物。もしかして、UMAは獸人だったりして。

 

 可能性ありかも。

 こっちからの道もあるなら、帰れる確率もあがるよな…。


「来れたんだから、帰れるでしょ。大丈夫よ。」

「うん、そうだよね。」


『ユウ殿、見つかりました。案内しますから、ついてきてください。』

 

 シルフィが目の前に現れた。

「出てきちゃって大丈夫?」


『ユウ殿達にしか見えないようにしてますので。』


「OK。カイ、ご両親が見つかったよ。行こう!」

「ソロ、あんたがついて行くだろ?ラク達を置いていけないからね。私は留守番してるさ。」

「わかった。ほら、カイ。呆けてないで行くぞ。」

 ソロはカイを引っ張って歩きだす。

 

 シルフィの案内で、 村の中心にある青空市場についた。市場は、人にぶつからずに歩くのが難しいくらい混んでいて、店も雑多に並んでいた。

「ユウ、はぐれるなよ!カイ、自力で歩け!」

 大声を出さないと聞こえないくらい、いろんな店の呼び込みの声や、客の値切りの声が半端ない。


「カイ?…カイ、カイ!!」

 女性の声が響いた。

 野菜を売っていた露店の女性が、よろけながらもカイに走りより、おもいきり抱きついた。

 両手でカイの顔を挟み、頭を撫で、手足をさする。

「幻じゃない!カイ!ああ、なんてことだろう!カイが生きていたなんて!!」

「…母ちゃん、母ちゃん!」

 カイも、ワンワン泣きながら母親に抱きつく。

 

 カイとアイラにそっくりで、一目でこの女性が母親だとわかった。

「母ちゃん、母ちゃん、オイラ、母ちゃん達は死んじまったと思ってたんだ。竜巻にのまれてさ。だから、アイラと二人、オアシス村に行ったんだよ。」

「アイラ、アイラも生きているのかい?!ああ…。」

 カイの母親は、あまりの嬉しさに腰が抜けたのか、ヘタヘタと座り込み、両目から滝のように涙を流した。

「あ、あ、そうだ。父ちゃん、父ちゃんに知らせなきゃ。」

 カイは、母親の腕を支え立ち上がらせた。

「母ちゃん、父ちゃんに会う前に言っておきたいことが…。」

「父ちゃん!父ちゃん!!カイが、カイが!!」

 母親の声で、店の奥から男がでてきた。

 

 黒く日焼けしており、筋肉隆々で厳つい顔つきをしている。確かに、カイの言うように厳しそうな感じだ。

「なんだ、店の前で騒ぎやがっ…。カイ、カイじゃねえか!」

 父親も走り寄ると、カイを抱き上げ、抱き締めた。

「父ちゃん、痛い、痛いってば!」

 カイは泣き笑いのようになりつつ、父親の頭をバシバシ叩いた。

「本当にカイだ!」

 厳つい顔が、涙でグショグショになっている。

「父ちゃん、アイラも生きているんだって!二人とも無事だったんだよ!」

「マジか!アイラは?アイラはどこだ?」

「アイラは、オアシス村のタイラスの宿屋に預かってもらってる。元気だ。」

 ソロが前に出て言うと、カイの父親は怪訝そうにソロを見た。

「あんたらは?」

「ソロとユウだよ。オイラ、すげー世話になったんだ。他にもいるけどさ。この人達がいなかったら、オイラ…、オイラ、オアシス村で盗人になってたかも!父ちゃん、ごめん!ごめんなさい!」

 カイはワーワー泣き出した。

「何だって?!」

 ソロがカイの代わりに説明してやる。

「子供二人で生きていかないといけなかったんだ。金もない、食べ物もない、住む家もない。庇護してくれる大人がいない状況で、妹と生きていくためにしたことだよ。どんなに辛かったか、わかるだろ?」

「ああ、わかるとも。俺だって、こいつらを守るためなら、何だってするだろうよ。カイ、アイラを守ってくれたんだな。ありがとな。」

 カイは、号泣しながら父親の首にしがみついた。

「それじゃ、カイ。良かったな。俺らは行くぞ。」

 カイとカイの両親との再開を見届けたボク達は、これ以上邪魔しないように立ち去ろうとした。

「ちょっと待てよ!」

 カイが父親から飛び下りると、ソロの前で通せんぼした。

「そっか、砂漠の案内をしてもらった礼をしないとだったな。」

「金なんていらねぇよ!」

 ソロは困ったようにカイを見る。

「じゃあなんだ?」

「まだ、帰り道の案内があるじゃねえか。」

「いや、だって、お前の両親は、早くアイラに会いたいだろうし、俺らはこれからやらなきゃなんないことがあってだな。しばらくは帰れないんだぞ。」

「男が一度受けた仕事だ!最後まできっちりやらあ!なあ、父ちゃん?」

「確かに!その通りだぜ、カイ。俺らは先にオアシス村に行く。おまえはきっちり約束を守りやがれ。そして、おまえが戻ってきたら、また砂漠の生活に戻ろう。地に根付いた生活ってのは、やっぱり性に合わねえや。」

「父ちゃんね、いづれあんた達がくるんじゃないかって、仲間が砂漠に戻っても、ここにいたんだよ。放浪してたら、あんた達に会えないからって。」

「だから会えたじゃねえか!」

「本当に、本当にね。」

 母親は、また泣き始めた。

「カイ、俺らは今日はまだこの村にいる。たぶん、タイラスさんのラクを預けられる宿を捜してるはずだ。ここから内陸はラクの移動はむかないからな。だから、俺らが一仕事終わるまで、ラクの世話をして待っていてくれるか?」

「任せろ!」

「じゃあ、宿が決まったら、まだ知らせにくるよ。」

「俺らは、仕事が終わったら、ここにテントをはって寝てるからな。」

「了解した。じゃあ、カイ、ご両親にいっぱい甘えろよ。」

「うっせえよ!」

 ソロは笑いながら歩きだし、ボクはカイの両親に軽く会釈をしてからソロを追った。


「カイ、良かったね。」

「そうだな。」

 ソロは、チラッとボクを見ると、クシャクシャとボクの頭を撫でた。

「おまえもさ、すぐだよ。」

「…うん。」

 本当にそうだといいけど…。

 ただ、今は前みたいに帰りたいってだけじゃなく、みんなと離れたくないって気持ちもでてきて、凄く微妙な感じだ。帰りたい、帰りたいんだけど…。


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