第22話

 親衛隊が向かいあっていたのは、さっきの蟻の妖魔など小粒に見えるほど大きな、女王蟻の妖魔だった。

 背中には透明な羽が生えており、ゆっくり飛びながら大穴から現れたのだ。


「ワタシの可愛い子供達を殺したのはあんた達だね。」

 蟻の顔をした口から、鈴をころがしたような美しい声がもれた。

「超美声ね。見えないとこでこの声がしたら、スケベなジジイとかは騙されて呼び寄せられそうだわ。顔はいまいちだけど。」

 キャシイは、からかうような口調で言った。真剣な感じがないのは、こういった場面に慣れているからか、親衛隊のメンバーを信頼感しているからか。

 

 飛んでいる状態で、どんな攻撃をしてくるんだろう?

 毒を飛ばすのかな?飛びながら直接攻撃かな?

 

 女王蟻ようまは、低いうめき声のようなものをあげると…。

 

 ボトボトボトボト…。

 

 大量の蟻の妖魔を産み落とした。

「ウゲッ!」

 かなり気持ち悪い。卵や幼虫、蛹をすっ飛ばして、いきなり成虫ででてきたから。身体は体液でヌメヌメしているし、次から次にでてくる!

 親衛隊プラス二人は、かなり善戦し、危なげなく妖魔を倒しているものの、女王蟻ようまが絶え間なく産卵(産虫?)するものだから、数が減らない。

 それどころか、蟻の妖魔がジワジワ増えているかもしれない。

 

 女王蟻ようまは上空にいるため、直接攻撃が届かず、ウルホフの氷の剣も、かするくらいまでしか届かない。

 クローが翼を広げて飛ぼうとすると、その大きな羽で強風を起こし、近づくことができない。

「さてと、小腹も落ち着いたし、私もちょっと行ってくるね。」

 そんなみんなの戦いを見ていたプーシャが、ちょっとそこまで散歩に行くというような気軽さで言った。

「プーシャ、危ないよ!」

 ラビーが慌ててプーシャを押さえる。

「大丈夫、近寄らないから。ほら、私の矢、風の守りがついてるから、強風でも届くと思うんだよね。」

「…わかった。」

 ラビーはカイを肩から下ろすと、キャシイに渡した。

「接近戦は、ぼ、僕が。」

 ラビーは槍を手にして、ガタガタと震えながら言う。

「そう言ってくれると思った。」

 プーシャは、ニッと笑う。

「あんたらは無理はしないだろうけど、ダメならすぐ戻るのよ。」

「それはもちろん!一目散に。」

 

 プーシャ達が出ていくと、水の守りの中はキャシイとカイとボクだけになってしまった。

 

 なんか、カイは子供だからしょうがないけど、ボクはただの足手まといで申し訳ない。


「ウィンディ、ボクらもなにか手伝えないかな?」


『申し訳ありません。砂漠では私の力は最小限しか使えないのです。空気中の水分が少な過ぎて。』

 

 ウィンディは姿を表すこともしないから、本当にしんどいんだろう。


『あ…、風がやってきます。』

 

 ウィンディが言った途端、南東の方角から竜巻が現れた。

 竜巻は全部で五つ。ボク達を囲むように急速に進んだかと思うと、周りを回るように移動し始めた。

「これ、これ、こんな感じだよ!仲間を吸い上げたやつ。」

 カイが興奮したように叫ぶと、外に飛び出そうとしてキャシイに抱き止められた。

「ダメよ!あんたは中!」

 竜巻はみんなを巻き上げるでもなく、見定めるように旋回している。

「あれ、風の精霊なの?」


『シルフィですわ。使役はされていないようですわね。』


「話しはできる?」


『できると思います。ちょっと呼んでまいりますわ。その間、水の守りがなくなりますので、キャシイ様、ユウ様をお守りくださいませ。』


「オーケーよ。」

 水のカーテンがなくなり、ムワッとした空気が戻ってきた。

 竜巻のうちの一番大きな一つが二つに分かれ、その一つがつむじ風のようになってこちらにやってきた。


『彼が風の精霊シルフィですわ。』

 

 つむじ風は、クルッと回ると銀髪の男性の姿になった。

 涼しげな目元、通った鼻筋、薄くシニカルな口元。凄い美男子だ。

「ヒューッ!」

 キャシイは口笛を鳴らす。

 シルフィは、軽く会釈すると、ボクの額に手をかざした。


『精霊の契約者殿、お初にお目にかかります。』


「ユウです。ユウと呼んで下さい。」


『ユウ殿、あなたにお願いがあるのですが、よろしいか?』


「ボクにできることなら、なんでも。」


『実は、あの女王蟻ようまですが、私の命の玉の欠片を呑み込んでいるのです。』


「命の玉?」

 シルフィが説明するには、数ヶ月前、彼の前に黒いローブの旅人が訪れ、言葉巧みにシルフィを騙し、彼の命の玉を奪おうとした。

 けれど、シルフィが騙されなかったことから、黒いローブの旅人は実力行使にでた。

 その妖力は凄まじく、戦いは均衡した。が、女王蟻ようまも加わり、命の玉の一部をかじりとられてしまった…ということだった。

 ちなみに命の玉については、精霊の根源でもあるとかで、説明はしてもらえなかった。

 ただ、それを奪われると、自分の意思とは関係なく、風の力を使われることになるらしい。

 今回は一部だけなので、使役されることはないが、女王蟻ようまが風の力を使えるようになってしまったということだ。

 それが羽から繰り出される突風で、繰り返し羽ばたくことで砂嵐を起こせるらしい。


「なんとなくわかったけど、ボクにできることなんてあるの?ドギー達にならわかるけど。」

 プーシャの弓矢の攻撃は功を奏し、女王蟻ようまの羽を傷つけることができたらしく、しだいにウルホフやクローの攻撃が当たるようになっていた。

 地面にさえ落とせれば、女王蟻ようまを倒すことは可能だろう。彼らはそれくらい強かったから。


『あなたにしかできない。火の精霊を起こしてほしいんです。』


「サラスを?」


『はい。彼の浄化の炎が必要なんです。女王蟻ようまを浄化し、飲み込まれた私の命の玉も浄化することで、新しく再生できるから。これができるのは彼だけです。』


『ユウ様、今のサラスは成長の過程にいます。ユウ様から英気を受けながら、使役された疲労を回復させつつ、ステップアップしてるんです。』


「じゃあ、どうすれば彼は起きるの?」


『サラスの赤い石、あれが彼の命の玉になります。あれを強くお握りください。』

 

 ボクは、短剣の柄にある赤い石を握る。

 石はポワンと温かくなり、赤い光が強くなった。

「握ったよ。で、どうすればいい?」


『それだけで大丈夫です。しばらくお待ち下さい。』


 たったこれだけ?

 

 拍子抜けしてしまう。

 が、どんどん石は熱くなり…。

「あの、やばいくらい熱いんだけど。そろそろ限界かも!」

 赤い石が強く輝いた途端、熱さが引き、目の前に赤い髪の少年が現れた。


『よ!おひさ。』

 

 わんぱくそうな黒い瞳を輝かせ、赤い髪の少年はクルクル飛び回る。

「サラス?」


『他にだれがいんだよ!』

 

 前見たときはヒヨコだったし。


『あ、なんか失礼なこと考えたろ?!レベルアップしたんだよ。あれもオイラ、これもオイラ!』


『久しいな、サラス。』


『おう、シルフィ兄。石の中で聞いてたぜ。あの女王蟻ようまを丸焼きにすりゃいいんだろ?』


『できるかい?』


『だれに言ってんだよ!』

 

 サラスはニマッと笑うと、空高く飛び上がった。


『おまえら、巻き沿いくらいたくなかったら引っ込んどけよ!』

 

 ボクは慌ててみんなのいるほうに叫んだ。

「離れて!!」

 女王蟻ようまをあと一息まで追い込んでいたが、ボクの一声にみんな反応してくれた。バラバラと女王蟻ようまから離れる。


『せーの!』

 

 サラスは両手を広げると、大きく振りかぶってから、おもいきり前に突き出す。その手から青い炎が現れ、螺旋をかくように女王蟻ようまへ延びていった。

 女王蟻ようまは甲高い叫び声をあげ、炎に包まれる。みるみる小さくなっていき、そこにはなにもいないように見えた。

 いや、よく見ないとわからないくらい小さくなったのだ。本来の昆虫の女王蟻の大きさに。

 女王蟻は土に戻って行った。

 そして、空中に青いなにやらキラキラ光る物体が…。


『ありがとう。』

 

 シルフィが上空に舞い上がり、その光る物体を回収する。

 戻ってきたシルフィは、艶やかさが増したように見えた。

 みな、ボク達のところに集まってきた。ライカはブーブー文句を言っている。

「あと少しでやっつけられたのに!」


『悪かったな、姉ちゃん。手柄を横取りしちまってよ。』


「なにこれ?」


『失礼だぞ、姉ちゃん。』


「ライカ、サラスだよ。火の精霊の。」


 今までのことを簡単にみんなに説明した。


「これが、あのヒヨコ!?」


『だから、失礼だぞ!わざとだろ?わざとだな!』

 

 ライカとサラスのおいかけっこが始まる。

 まあ、サラスが本気なら、一気に丸焼けだろうから、二人ともふざけているのだろう。

「ところで、風の精霊シルフィ、あなたに尋ねたいのですが、いいでしょうか?」

 ドギーの丁寧な物言いに、シルフィはゆっくりとうなずく。

「この砂漠で、多数の者達が竜巻に巻き上げられているはずなんですが、あなたは関係していますか?」

「オイラの父ちゃんや母ちゃんもいるんだ!フェネック族の仲間も!」


『彼らは元気だよ。ザイール国にいる。さっきの妖魔に襲われる前に、保護して運んだんだ。怪我一つしていない。』

 

 カイはペタンと地面に座り込み、声を上げて泣き出した。

「カイ…。」

 ボクはカイの肩を抱いた。

「し…死んじまったと、死んじまったと思って…た。」


『君もフェネック族だね。君もあのときあそこにいたんだね?申し訳なかった。でも、助かっていて良かった。』


「ウワーン!良かったよー!生きてたよー!」

 キャシイがカイを抱き上げ、赤ん坊をあやすように背中をさすった。

「その他の商隊とかも、ザイール国に?」


『もちろん。彼らは、災害に巻き込まれて、偶然助かったと思っているみたいだが。』


「なぜあなたは、獸人達を助けたんです?すみません、僕の興味本位な質問です。」

 シルフィはクスッと笑った。


『まあ、私の力を使われたというのもあるが、獸人が好きなんだと思う。単純にね。ところで君達、その靴には風の力を感じるが?』


「いや、竜巻に巻かれるかもって思ったものですから…。」


『フム、君達の行きたい場所まで送ってもいいが。もちろん竜巻でね。』


「気持ちだけお受け取りします。」


『フフ。そうかい?まあ、冗談はさておき、ユウ殿、もう一つお願いがあるんだが。』


「はい?」


『私もね、仲間に入れてほしいのだよ。サラスのように、休む時間が必要でね。君のそばなら、無防備に休むことができそうだから。』


「そんなことなら、いくらでもどうぞ。」

 シルフィはニッコリ微笑むと、フワリと姿が空気に溶けた。そして、ウルホフからもらった頭飾りに青い石の飾りがついた。

 どうやら、頭飾りを住みかとしたらしい。

 

 ペンダントには水の精霊、短剣には火の精霊、頭飾りには風の精霊。

 なんか凄いな。 完全防備だ。いや、防備どころか…。

 ボクも気を引き閉めなくっちゃ。彼ら《せいれい》がゆっくり休めるように。

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