第21話
「まかしておくれ。この子はあんたらのタブと同様、きちっと面倒見るから。」
宿屋の女将のタイラスが、分厚い胸を叩いて、アイラの肩に手を回した。
昨晩、アイラのことを預かってくれる家がないかと、タイラスに相談したところ、うちでいいじゃないかと即答してくれたのだ。
「兄ちゃん、気をつけてね。アイラ、いい子で待ってるから。」
アイラは、ポロポロ涙を流しながら、カイの衣服の袖を掴む。
「すぐさ、すぐに戻るよ。父ちゃんや母ちゃんを連れてな。だから、タイラスさんの言うこときくんだぞ。」
アイラはコクコクとうなずく。
「じゃあ、お願いします。では、第一班出発!」
「イエス、サー!」
第一班は、ラク二頭に荷車を引かせ、行商のふりをしていた。ラクの手綱を握るのはドギー、カイが案内役にその隣りに座る。ボクとウルホフは荷台に乗り込んだ。
荷台には、水の入った大樽が五つと、食料が積み込んである。ソロとキャシイは護衛の役で、荷台の両脇をラクに乗ってかためた。
ボク達はみな、砂漠を行く行商達が着るような茶色いマントを頭からかぶり、足には風の魔法を付与したショートブーツをはいた。
この靴は、高いところから飛び降りても衝撃を吸収してくれるという代物らしいけど、竜巻に巻き上げられて、はたして無事に飛び降りることができるのか?かなり謎だ。
「本当に竜巻が現れるかな?」
「どうだろう。五分五分だよな。最近、竜巻の被害が多いといっても、砂漠を行く商隊が全員被害にあっているわけじゃないだろうし。」
「そうだよね。」
「そうだ、情報収集のために朝市に行ってきたんだけど、大量の妖魔に商隊が襲われたって話しでもちきりだった。」
ドギーが前を見ながら言った。
「妖魔が?!」
「ああ。なんとか逃げきれたらしいけど、毒系の妖魔だったみたいだ。ラクが一頭刺されて死んだとか。」
砂漠で毒…。
蠍、蜘蛛、蛇…くらいしか思い付かないな。
大量にいるといえば蟻?確かちょっと前に毒を持つ蟻が話題になったような。
「竜巻だけじゃなく妖魔もか。第二班は知ってるんですか?」
「ああ、親衛隊の朝ミーティングで話したからね。君達の友達には、今頃話しているんじゃないかな?出発前に話すと、怖がって出発時間に影響すると思ったから。ごめんね。」
「ああ、まあ、ラビーなんかはそうかもしれませんね。ライカは敵が増えて喜んでいるかも。」
「妖魔?…あれかな?」
カイが後ろを振り返って言った。
「あれって?」
「竜巻に遭う前、バカデカイ蟻の大群に追いかけられたんだ。そいつら、あんまり足が早くないから、ラクで逃げきれたんだけど、逃げた先に大穴があいてて、そこを迂回しようとしたら竜巻が現れたんだ。」
「おいおい!なんで昨日それを話さなかった?」
ソロが荷台に近付いてきて言った。
カイは、プイとそっぽをむく。
「だってよ、竜巻について話せって言ったじゃないか。だから、竜巻について詳しく話したろ!」
確かに、そうだったかもしれない。
とにかく、蟻の妖魔ということはわかった。
蟻といえば…、蟻酸、毒、スズメバチ、女王蟻、社会的昆虫、マーキング、自爆する蟻がいるってのも読んだな。
蟻についての記憶を掘り起こしてみた。
もしかすると、蟻の妖魔の大群は、女王蟻のいる巣穴に、餌とするべく獸人達を追い込んだんじゃないだろうか?
そこを竜巻に巻き上げられた?
女王蟻から助けた??
わからないけど、可能性としてあるかな?
「蟻の妖魔なら、多分その大穴の中に女王蟻がいたかも。蟻はお尻から蟻酸って汁を飛ばしたり、蜂みたいに毒針で刺したりするんだ。スズメバチと祖先が同じだから、何度も刺してくるよ。」
「へぇ、ユウは物知りね。」
「そうなんですよ。前の妖魔のときも、色々教えてくれたんです。」
「たいしたことないです。それに、ボクの世界での特徴だから、もしかしたら当てはまらないかもしれないし。」
本好きが、こんなとこで役にたつとは。
「蟻なら、シナモンの香りを嫌うらしいです。あとは、触角を切れば方向感覚がなくなったり、変な行動したりするみたいです。一番危ないのは、お尻の針と鋭い顎でしょうか?」
「了解した。キャシイ、今の話しを第二班に伝えてくれ。」
「イエス、サー。」
キャシイはラクに鞭を入れると、きびすを返して走って行った。
しばらくすると、キャシイではなくクローが戻ってきた。
「左後方から砂煙が近寄ってきています。」
「妖魔か?!」
「多分。」
一分ほどすると、目で見てもわかるほど砂煙がたって、近寄ってきていた。
「なるほど、確かに大量の蟻の妖魔だな。」
目のいいウルホフが、砂煙のほうを目を細めて見ながら言った。
「どうします?戦いますか?」
ドギーはしばらく考えていたが、首を横に振った。
「いや、ギリギリのラインで逃げてみよう。もしかすると、竜巻が現れるかもしれないし。」
ドギーも、竜巻が蟻の妖魔から獸人を助けたと思っているのかもしれない。
「イエス、サー!」
「あ、多少応戦してもいいよ。毒に気をつけて、ユウの言う通り、触角を切ってみて。」
蟻の妖魔の大群が近付いてくると、ドギーは速度を調節しつつ逃げ出した。
ソロとクローは、言われた通り触角を狙って剣をふるう。
触角を切られた蟻の妖魔は、その場でグルグル回ったり、検討違いの方角へ走って行ってしまったりした。
お尻…正確には腹…の先には鋭い針がついていて、毒液を噴射したり刺したりできるみたいだ。
今は距離があるからか、毒液をボク達に向かって浴びせようと、走りながらお尻を突き上げて、針の先をボク達に向けている。
以前戦った蜘蛛の妖魔ほど知能はないのか、喋ることもなく、動きも単調だった。妖魔というより、大型の昆虫に近いかも。
「妖魔って、喋ったり変身したりするんだと思っていたよ。」
「上位の奴だけだな。大抵はこいつらみたいに知能はあまりないな。ただ、集団で向かってくるのはやっかいだ。」
ウルホフは、荷台から弓矢を構え、妖魔の頭に矢を撃ち込んでいく。
ボクは、矢なんか射て、ソロ達に当たったら大変だから、邪魔にならないように静観する。
妖魔達を見ていると、ただ追いかけてきているだけじゃないことに気がついた。
ある方角に誘導するように、妖魔は動いているようだ。
もしかして、女王蟻のいる大穴かも。
「ドギーさん、穴がでてくるかもしれないから気をつけて!」
「わかった!」
小山を駆け登った先で、 ラクが急ブレーキをかけて止まった。荷台が横に振られる。
「ウワッ!」
荷台から転がり落ちそうになるのを、ウルホフが咄嗟に腰紐を掴んで止めてくれた。
「あ、ありがとう。」
「これ、こんな穴だったよ。」
ドギーに首根っこを捕まれ、なんとか転落を免れたカイが叫び、前方の大穴を指差す。
ちょうど小山のようになった真下に、十メートルくらいの穴が開いていた。小山を走って乗り越えたら、穴に気付かずに落ちてしまっていただろう。
「ユウに声をかけてもらっていたから助かったよ。」
ドギーが御者台から飛び降りると、大穴を覗きこんだ。
蟻の妖魔は、ソロとクローであらかたやっつけたようで、近くには一匹もいなくなっていた。
「ずるーい!あたし達出番なしじゃん!」
姿隠しの魔法で気がつかなかったが、すぐ近くまで来ていたらしい第二班がいきなら姿を現した。
ライカは剣を片手に、ブーブー文句を言っている。
「どうかな…。これから大活躍かも。」
大穴を覗きこんだまま、ドギーがニヤリと笑う。
「一同構え!」
ドキーの号令で、みな戦闘体制をとる。
「え?」
ドギーはカイを後ろに放り投げ、キャシイが絶妙にキャッチする。
「ユウは自力で下がって。ウルホフ、ユウを護衛。」
「はい。」
ウルホフは、ボクを小脇に抱えると、荷台から飛び降りて、後方に下がった。
「ユウ、こっち!」
ラビーとプーシャが小山の陰に隠れていた。
『水の守り中に入りなさいませ。』
ウィンディの声だけする。
水のカーテンみたいなのが引かれた。
「この中にいると、姿が見えなくなるんだって。涼しいしいいよね。」
プーシャは、相変わらずムシャムシャと口を動かしながら、冷静に周りを見ていた。ラビーは、ビクビクしつつも、カイを肩に乗せ、いつでも逃げれるようにスタンバっている。
キャシイは、ライカを止めるのに必死だ。
「あの四人がいれば大丈夫だから、ライちゃんはここでみんなを守っていよう。ね?」
「嫌だ!あたしも戦いたい!」
「邪魔になるだけだ。大人しくしてような。」
「嫌ったら嫌!邪魔なんてしないもん。」
ウルホフはため息をついた。
「キャシイさん、みんなを頼めますか?俺とライカ、ちょっとでてきます。」
「でてきますって、あなた達!」
「大丈夫、危なくなったら、絶対引かせますから。」
キャシイは、ウルホフをじっと見ると、肩をすくめた。
「好きになさい。引き際は大事よ。引き際を間違えると、仲間を危険にさらすことになるのを忘れないで。」
ウルホフとライカは、水のカーテンから飛び出して行った。
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