第20話

 兎鹿亭につくと、すでにドギー達はテーブルについていた。 テーブルには溢れんばかりの料理が並んでおり、ボアは水のようにエールを流し込んでいたし、プーシャは両手に肉を持ち、ひたすらムシャムシャ食べていた。

「先に食ってるぞ。おまえらも座れ。」

「ドギー、砂漠の案内人を雇ったんだけど、こいつの話し、ちょっと聞いてくれないか?カイ、砂嵐の話し、詳しく話してくれるか?」


 ソロに押し出され、ドギーの前にでたカイは、身ぶり手振りをつけながら、砂嵐にあったときの様子を細かく話し始めた。何の前兆もなく、いきなり砂嵐が発生し、五つの竜巻があらわれたこと。フェネック族が逃げる方向を塞ぐように、竜巻が不自然な動きをしたことなど、自然現象で説明しがたい内容だった。


「なるほど…。最近竜巻が多くて、砂漠を行く商隊が被害を受けているという話しは聞いたが。」

「あたしらもだよ。荷物が半分も届かないから、物価が上がっちまったって。」

「これもあれかな?黒いローブの奴が関係してんのかな?」

 ライカが言うと、みんなの視線がボクに集中する。

「え…えっ?」


『どうでしょうか?風の精霊の力は感じますが、彼はそう簡単に使役されないと思いますけど。』

 

 あー、そうだよね。ボクなわけないよね。ボクの肩に乗ってるウィディに聞いたんだよね。

 

 旅をしていくうち、親衛隊のみんなにもウィンディが見えるようになっていた。

「でも、黒のローブの奴は、かなり強いんだろう?火の精霊も囚われたみたいだし。」

 ソロが聞くと、ウィンディは考えこんだ。


『そうですわね。勝てるか…と聞かれたら難しいですわね。それくらい邪悪な妖気でしたから。でも、一方的に支配されることもないかと。サラスのように幼い精霊でしたらしょうがありませんが、風のシルフィは成人した精霊です。特に彼は、成人した火の精霊と並ぶほど武に長けていますし、思慮深さは大地の精霊も認めるくらいです。』


「ウィンディみたいに騙されたとしたら?」


『なくはないでしょうが、囚われることはあっても、力を使われるかどうか?』


「炎の杖の風バージョンみたいなのがあるのかもよ?」


『かもしれませんわね。でも、成人した精霊を使役するとしたら、その力はかなりなものです。そんな力があれば、感知できるはずなんですが…。』


「ウィンディは囚われただけで、使役はされなかった?」


『ええ、そうですわ。』


「力が使えない状況だったから、水不足になったってことか。風の精霊も囚われただけなら、風が吹かなくなるだけってことだな。」


『風が吹かないっていうのは、大変なことですのよ。』


「それはもちろんそうだ。今回のように、砂嵐が吹き荒れる状況にはならないってことだ。ってことは、使役されたと見ていいんじゃないか?」

 みな、口々に思ったことを話した。


 カイだけはボク達とテーブルを交互に見ながら、生唾を飲み込んで、テーブルの上の食事に手をつけてよいものか悩んでいた。妹のアイラは、ボクの肩をじっと見つめていた。

「なあなあ、これ、食っていいんだろ?」

 カイはたまらず、悲鳴のような声で叫んだ。

「カイ?だったね、そっちの可愛らしいお嬢さんは?」

「妹のアイラだ。なあ、オイラ達腹ペコなんだよ。」

「そうだった。おなかいっぱいになるまで食べていいよ。アイラもいっぱい食べて。」

 ドギーが言うと、カイは椅子に座る間も惜しんで、両手に肉を掴んでかじりついた。


 アイラは、パンを一きれちぎると、ボクの肩に向かって差し出した。

「これどうぞ。」

「…アイラ、もしかして見えてる?ボクの肩の上にいるウィンディのこと。」

 アイラは首をかしげ、ニコッと微笑んだ。

「あなた、ウィンディっていうのね。最初、お人形さんがいるのかと思ったわ。おしゃべりしたからびっくりしちゃった。」


『お嬢さんありがとう。でも、私達は口から栄養をとることはしないの。それは、代わりにあなたが食べてくれるかしら?』


「わかったわ。いただきます。」

 アイラは、明らかにウィンディが見えていたし、会話もしている。


『純真な子供に、たまに私達を見る能力のある者がいるんです。大人になるとなくなりますけど。ユウ様もそうです。ユウ様くらいの年齢で、まだ能力をなくさないのは珍しいのですが。』


「そうなの?」


『はい。だいたい、アイラくらいの年齢までですね。大人になったときに、あまり記憶に残らない、そんな年齢まで。』


「あたしも見えてたかな?」


『ライカ様は、たぶん…見えないタイプですわね。』

 

 ライカはプーッと頬を膨らませ、チェッとつぶやくと、肉にフォークを突き刺した。


『この中で見えたとしたらは、ラビー様、クロー様ですわね。』

 

 ラビーはなんとなくわかる。おとなしくて、誰よりも優しい気質をしてるから。クローは意外というか…。

「私は…、覚えてると思う。かすかにだが。私が初めて空を飛んだ時、下から風の子供が支えてくれた。」

 最初の挨拶をしたとき以来、初めてクローの声を聞いた。

「うわー、クローの声一年ぶりに聞いたかもだわ。」

 無口なタイプだとは思っていたが、まさか一年とは。そんなに話さなくて、意志疎通する上で問題ないんだろうか?

「ラビーはともかく、クローも純真な子供だったってこと?」

 ライカが肉を頬張りながらつぶやくと、みんな爆笑した。

「一番似合わないな。まあ、それはさておき、まずは最悪を想定して動こう。風の精霊は火の精霊のときと同様、使役されていると仮定して…。ウィンディ、君の力は彼にはどれくらい有効かい?」

 ウィンディは申し訳なさそうにドギーの問いに答える。


『私達にも、得手不得手があるんですの。水は火に、火は風に、風は土に、土は水に優位に働きます。私と風ならば、ほぼ同等。いえ、彼の精霊としての成熟度や、武に優れた属性を考えると、彼のほうが上でしょう。なにより、場所が悪いですわ。砂漠では、私の力は半分以下です。』


「じゃあ、サラスは風の精霊より優位ってこと?」


『まあ、そうですが…、成熟度が追い付きません。まだベビーですから。サラスが急成長すれば、五分五分かもしれませんが、まだ起きる気配すらありませんものね。』

 

 サラス、いまだにボクの短剣で寝ている火の精霊だけど、見た目ひよこだしな。とても竜巻に勝てるなんて思えない。


 手詰まり感がこの場を支配する。プーシャとカイの食べる音のみ、ムシャムシャ響いた。ラビーなどは、話しに参加しないものの、すでに恐怖で水一滴も喉を通らない状況みたいだ。

 ボクはというと、本物の精霊がそばにいるにも関わらず、いまだに実感がわいていなかった。竜巻や台風、ボクの世界では気象現象として存在している。天災と戦えと言われても、なにをどうしたらいいのやら。

「風の精霊か…ボクの世界に、風を使った妖怪に、カマイタチってのがいるんだけど、空気で皮膚を切るんだ。実際には妖怪なんかはいなくて、気圧の変化で起こる空気圧で皮膚が裂けるとか、空気じゃ皮膚は切れなくて、寒暖差で起こるアカギレがカマイタチの正体だとか、色々説はあるらしいんだ。」

「カマイタチ?」

「うん。もし、空気で人が切れるとしたら、風の精霊は獸人を切って殺すことを選ばずに、竜巻で巻き上げることを選んだのはなんでだろう?」

 ボクは、風から連想したことを思うままに話していた。ウルホフはうなずく。

「確かに、風の魔法を使う奴には、見えない空気の剣で切ってくる奴もいるな。」

「クローの攻撃魔法はそうよね。見えない空気の羽で四方から切りつけるの。」

「まあ、致命傷は与えられないがね。」

 今日二回目、クローが口を開いた。

「風の精霊なら、首をとばすくらいはできそうだな。」

「まあ、いっきに舞い上げて、叩き落とすってやり方もあるがな。」

「ボア!!」

 キャシイが、アイラを抱き寄せて、きつい視線をボアにむけた。ドギーは無言でボアの頭をはたく。

 ボアはシュンとして、お皿をつついた。

「でもさ、カイはあっという間に遠くに行ったって言ってたよね。叩き落とすだけなら、その場でいいはずだ。希望的観測かもしれないけど。」

「ユウが正しい!絶対ユウが正しいって!」

「僕もそう思うよ。」

「だよね、ラビー。」

「圧倒的に情報が足りないな。カイ、竜巻がどっち方向へ向かったかわかるか?」

 カイは、肉をゴクンと飲み込むと、うーんとうなった。

「あれは一ヶ月前の夕方で…、太陽があっちに見えてて、ちょうど三番星の方角だったから…。」

「南東だと思うわ。」

 アイラが、すんなり答えた。

「アイラ、賢い!」

 キャシイがアイラに頬擦りすると、カイはブーッと頬を膨らませた。

「オイラだって、今言おうとしてたさ。そうだよ、南東さ。」

「はいはい、カイも賢いよ。」

 キャシイに頬擦りされ、カイは赤くなって抵抗する。

「うっざ!まじ、うっざ!」

「あのさ南東って、大地の精霊ノーマがいる方角じゃ?」

 ボクが恐る恐る言うと、ドギーは大きくうなずいた。

「南東…か。この案件は、避けては通れないみたいだな。」

 ボク達は、大地の精霊ノーマに会う前に、風の精霊シルフィと対峙しないといけないみたいだ。そして妖魔とも…。

 

 とにかくボク達は、兎鹿亭の料理をたいらげつつ、砂漠で起こっている事象について話し合い、対策を練ることにした。そんな中、最終的にでた結論は、かなり行き当たりばったりというか、奇抜というか…。

 向かう方向は南東、竜巻が向かったのも南東、それなら行商のふりをして巻かれてしまえ!というものだった。作戦でもなんでもないよね。

 竜巻に巻かれるのは、第一班の役目になった。第二班は、潜伏追尾(ウィンディに姿隠しの魔法をかけてもらう)し、いざというときまで待機…なんだけど、いざというときって?竜巻に巻かれるって、いざというときに当てはまるんじゃないのかな?

 

 ボクは…第一班…なんだよな。

 生きて、もとの世界に戻れるんだろうか?花梨に、大好きだよって伝えることができるだろうか?

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