第19話

 タブのおかげで、山越えは順調にいった。途中、妖魔にも山賊にも会わずにすんだ。熊には遭遇したが、ソロとウルホフが瞬殺し、そのときたまたま水汲みに行っていたライカは、かなり本気で悔しがっていた。

 

 ソロとウルホフは気が合うらしく、休憩中はよく剣の手合わせをしていた。ソロは最初のイメージとは正反対で、全然クールでも怖くもなく、どちらかというとお喋りで、単純で、アツイタイプの性格らしかった。どことなく、女版ライカっぽい。

 ドギーは実は大雑把で細かいことに無頓着であったり、女を最大の武器にしてそうなキャシイが、けっこう純情で見た目と内面のギャップが激しかったり、見た目厳ついボアは、かなりKY《空気読めない》な性格をしていたりと、旅をしていくうちに、色んな面が見えてきた。ただ一人、クローだけはさっぱりつかめなかったけど。


 砂漠の手前の村、オアシスに到着したのは、昼少し前くらいだった。かなり大きな村で、ザイール国との国境にあるせいか、商業が盛んで、店も多く活気があった。

「それじゃ、分担していこか。食料担当は僕とボア、プーシャ、ラビー。装備の補充がクロー、キャシイ、ライカ。今日の宿と砂漠の足の確保はソロ、ウルホフ、ユウで頼む。ついでに、砂漠やザイール国について情報収集もすること。一時間後、…そこの兎鹿亭に集合。」

「イエス、サー!」

 ドギーの指示で、みな バラけて行動を開始する。


「とりあえず宿だけど、そこの兎鹿亭に入って聞いてみるか。ウルホフはタブを見ててくれ。」

 兎鹿亭は村のほぼ中心にあり、朝昼は食堂、夜は酒場になるらしい。まあ、時間に関係なく、酒は提供されてるみたいで、扉を開くとプーンと酒の臭いがして、赤ら顔をした獸人達がけっこうな人数テーブルを囲っていた。


「いらっしゃい!二名さん?」

 元気のいい女の子が、店の奥からでてきた。酔っぱらいから伸びる手を笑顔でかわしつつ、お盆片手にやってくる。このお盆が彼女の最強の武器らしく、うまくブロックしたり、いなしたり、たまには頭をパカンと叩いてみたりと、酔っぱらい相手に大活躍だ。

「いや、後で十人で昼飯食いにくると思うけど、今はちょっと尋ねたいことがあるんだ。」

「なにかしら?」

「宿を探してる。できれば、タブを長期預かってくれるとこがいい。ザイール国に行って戻ってくる間だ。むろん、報酬はだすから、信用できる宿屋がいい。」

「なら、タイラス姉さんの宿屋がいいよ。宿屋はこざっぱりしてるし、砂漠へ行くラクの貸し出しもしてるから、借りてる間、タブを預かってくれるだろうさ。砂漠行くなら、ラクは必要だろ?」

「もちろん。それも尋ねるつもりだった。」

「ウフフ、気が利くだろ?タイラス姉さんの宿屋は、この裏の路地に入って、右に真っ直ぐ行ったところさ。五分も歩かないよ。赤い猫の看板がでてるからね。兎鹿亭のルイズの紹介って言えば、よくしてくれるはずだよ。」

「ありがとう。後で、俺と同じ紋章のついたマントを着た奴がくるから、よろしく頼む。」

 ルイズは、ピューッと高らかに口笛を鳴らした。

「十人全員紋章持ちかい?!」

「ああ、そうだ。頼んだよ。」


 ボク達は兎鹿亭をでると、ルイズに教えてもらった通りに裏路地を進んだ。タブから下り、看板を捜しながら歩いていると、小さな子供がボクにぶつかってきた。

「ごめんよ!」

「あ、ごめん。」

 子供はマントをすっぽりかぶっていて、顔は見えなかった。

 走っていこうとする子供の真上から、ピンポイントでスコールのような雨が降った。あまりの水圧に、子供はおもわず転んでしまう。


『ユウ様、ひったくりですわ。』


 ウィンディだった。

「えっ?」

 ウルホフが素早く動いた。

 子供の腕を捻り上げるように掴んで立たせる。子供は悲鳴をあげた。

「ウルホフ、やめて。離してあげて。」

 子供の捻り上げられた手には、プーシャからもらった巾着が握りしめられていた。

「それ、返してもらえる?友達からもらった大切なものなんだ。お金は入ってないよ。」

 子供は、諦めたのか巾着を投げ捨てた。ウルホフが手を離すと、子供はふてくされたように地面にアグラをかいて座り、びしょ濡れになったマントのフードを脱いだ。

「今の雨はなんだったんだよ!チェッ!オイラを役人に渡すのかよ。好きにしろよ!」

 

 逆ギレ?

 

 子供は横に長い大きな耳を持ち、クリクリした大きな目が特徴的だった。見た目は凄く可愛らしいが、顔は薄汚れていて、マントの下の衣服もボロボロっぽかった。

「親は?」

 ソロが厳しい口調で問う。

「…。」

「いないのか?その耳、砂漠のフェネック族じゃないのか?」

「そうだよ!オイラはフェネック族の生き残りさ!」

「生き残り?何があった?」

「砂嵐さ。なんだか知らないけど、スゲー砂嵐に襲われたんだ。大型の竜巻が五つくらいあってよ、追っかけてきたんだ。みんなを巻き上げて行ったさ。信じられない動き方してよ。あんなの見たことない。あっという間に遠くに行っちまった。オイラと妹のアイラは、たまたまあった窪みに潜って助かったけどよ。」

「妹?」

 子供は、しまった!という表情をした。

「盗みをしてるのはオイラだけだ!アイラはやったことないからな。」

「おまえ、名前は?」

 ソロが子供を抱き上げると、タブの上に乗せた。

「…カイ。」

「OK、カイ。おまえは親衛隊第三小隊隊長ソロ預りとする。」

 カイは、キョトンとソロを見下ろすと、恐る恐る聞いた。

「役人には引き渡さない?」

「ああ。おまえ、フェネック族なら、子供でも砂漠に詳しいよな?」

「あったりまえだろ!オイラは砂漠の狐だぜ。」

「じゃあ、おまえを雇うことにする。おまえを雇っている間、妹の生活も保障しよう。」

「マジ?」

「マジだ。」

 ソロはニヤリと笑うと、カイの乗ったタブをウルホフに渡した。

「ウルホフ、こいつを連れてって、妹を保護してくれ。俺らは先にタイラスの宿屋を探すから。」

「わかった。」

 ウルホフは、カイの後ろに股がった。

「タイラスの宿屋なら、ほらあそこの紫の屋根の建物だよ。」

 カイが指差した先に、確かに紫の屋根の建物があり、赤い猫の看板もついていた。

「カイ、妹はどこにいるんだ?」

「村外れの橋の下だよ。」

「了解。じゃ、行ってきます。」

 ウルホフは走って行ってしまった。


「さてと、宿屋に行くか。」

「はい。 」

 タイラスの宿屋は、そんなに大きくはないが、玄関には寄せ植えの花が飾ってあったり、庭の花壇には季節の花が咲いていたりして、清潔感溢れる外観をしていた。

 門をあけると、カランカランと音がした。タブをどこにつなごうか思案していると、二階の窓が開いて、太った女性が顔をだす。

「おや、珍しいね、タブじゃないかい。あんたらはお客かい?動物は裏に小屋があるから、裏につれておいき。」

「タイラスさんの宿屋ってのはここかい?兎鹿亭のルイズさんの紹介で、十人…いや十二人なんだけど、泊まれるかな?タブは八頭だ。」

 

 十二人?二人多いのは、さっきのカイと妹のアイラのことだろうか?


「タイラスはあたしさ。大丈夫、泊まれるよ。右側の小屋は今は空だから、そこに入れておくといいよ。後で水と餌を準備しとくからね。」

 言われた通り裏に回り、タブを小屋に入れると、飼い葉桶を持ってタイラスがやってきた。

「うちは前金だけど、大丈夫かい?」

「もちろんだ。泊まるのは一泊だと思うが、砂漠を越えてザイール国に行くんだ。その間、ラクを借りたいのと、タブを預かっていてもらいたいんだが。」

「ああ、ラクは人数分必要かい?それともタブと同じ頭数でいいのかい?」

「八頭でいい。」

「わかった。用意できるよ。」

「あと、期間だが、どれくらいになるかわからないんだ。たぶん、一ヶ月はかからないとは思うんだが。」

「そうだね、なら半月分もらっておくよ。あんたらは紋章持ちみたいだからね、踏み倒しはしないだろう。」

「了解だ。」

「部屋だけど、今空いてるのは二人部屋三つと大部屋二つだ。大部屋は五人は泊まれるよ。」

 

 タイラスは、タグから荷物を下ろすと、水や餌をやったり、ブラシをかけたり、耳や目や鼻の状態をチェックしたりと、世話しなく動きながら、ソロと会話していた。

「じゃあ、大部屋二つに、二人部屋一つで頼む。」

「はいよ。この荷物は部屋に運んでおくよ。」

「大部屋のほうに頼む。」

 

 そんな話しをしていたら、ウルホフが子供二人を乗せてやってきた。その後ろに装備を補充してきたライカ達もいた。

「買い物も終わったようだし、途中で会ったから連れてきました。」

「宿はここに決まった。砂漠の足も確保できたぜ。 」

「あら、痩せ狐のわりに仕事が早いじゃない。センスも悪くないわ。」

 キャシイがタブをタイラスに預けながら言う。

「あんだと!」

「褒めてるんじゃないの。」

「うるせー、色ボケ猫!」

「二人とも、子供達がびっくりしてるじゃない。キャシイ姉、なんでソロにだけいつも毒はくのさ。」

 ライカが、カイと妹のアイラをタブから下ろしてあげながらたしなめると、キャシイはペロッと舌をだした。

「やあねえ、そんなことないわよ。たまたまよ、たまたま。」

「全く、仲良くしてよね。昔は仲良かったじゃない。」

「ちょっと、ライちゃん、大昔の話しを持ち出さないでちょうだい。黒歴史よ、黒歴史!そんなことより、ソロ!クエストの途中でなに拾い物してんのさ。犬猫じゃないんだから、軽々しく獸人拾わないでよね。」

「いいじゃないか、砂漠の案内にはもってこいだろ。子供でもこいつは砂漠の狐なんだから。」

「おう、任せろ!」

 カイが鼻をこすりながら言う。その後ろで、カイにそっくりな女の子がオドオドと回りを見上げていた。五~六歳くらいだろうか?凄く愛らしい。

「アイラちゃんだよね?ボクはユウ。よろしくね。」

 しゃがんで挨拶すると、ハニカミながら笑いかえしてくれた。

「ほら、ドギー達も戻ってきてるかもしれないから、早く兎鹿亭に行きましょ。」

「そうだな。タイラスさん、仲間と合流したらまたくるから。」

「タイラスでいいよ。この辺ではタイラス姉さんで通っているからね。あんたらが戻ってくるまでに、部屋の用意をしておくさ。兎鹿亭なら、肉料理だよ。あそこの肉の煮込みは最高さ。ただ、酒には気をおつけ。安いやつは駄目だ。明日役に立たなくなるよ。エールくらいにしておきな。」

「ありがとう。そうする。」

 

 ウルホフとカイを先頭に、ソロはアイラを肩に乗せて、ぞろぞろと宿をでて兎鹿亭に向かった。

「実はさ、ウルホフがアイラを迎えに行く途中でうちら合流したんだよ。」

 ボクとライカは後ろを歩いていたんだけど、ライカが小さい声で話し出した。

「ああ、そうだったんだ。」

「あの子ら、ひっどいとこに住んでたんだよ。橋の下に藁を敷いただけで、雨とかも駄々漏れだろうって感じのとこ。衣服とかもボロボロのしかなくてさ。今着てるの、キャシイ姉が買ってあげたの。カイはいらないって突っぱねてたんだけどね。キャシイ姉がカイが着ないとアイラも着ないでしょって無理やりね。」

「キャシイさんって、実は世話好きだよね。」

「そうそう。捨て犬とか捨て猫とかほっとけないタイプ。ソロもそうなんだけどね。」

「そういえば、さっきキャシイさんが言ってた黒歴史って?」

 ライカはクスクス笑って、さらに声を小さくした。

「ソロとキャシイ姉、付き合ってたんだ。」

「えっ?!」


 あんなに仲が悪いのに…。


「結婚すると思ってたんだけどな。」

 お互いにまだ意識してるから、逆にあれだけ仲が悪いのかもしれない。ボアには可哀想だけど、あの二人、もしかするともしかするかも…。

 わざわざソロの横に並んで、喧嘩を吹っ掛けているキャシイを見ながら、予感のようなものを感じた。




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