第18話

 皇宮での生活も四日が過ぎ、明日の日の出と共に、大地の精霊ノーマを探しに、南東に向けて出発することになった。地図により、詳しい場所を割り出したところ、ライオネル国の南東、山を三つばかり越え、砂漠を横断した先の、ザイール国国境を過ぎてすぐの場所らしい。

 ザイール国、ザイホップが若松という人に会ったって言っていた国だ。ザイール国やアインジャ国なら生きた人間性がいるかもしれない。もしかすると、悪しき黒き者を倒せる能力を持つ人間も…。

 ボク達は、大地の精霊ノーマに会うということ以外に、そんな人間がいないかを捜すこともクエストに追加された。

 

 今回ザイール国に向かうのは、ボク達五人と親衛隊の五人で十名のパーティーになる。一人に一人、サポート役としてついてくれるらしい。


「ユウ、まだ寝てないのか?」

 隣りの部屋からウルホフの声がした。

「ごめん、ごそごそうるさかったよね。荷造りに手間取っちゃって。」

 たいして荷物があるわけではないが、山越えと砂漠越えがあるから、持って行く荷物を決めるのに頭を悩ませていた。

「荷物なら、ここにきた時と同じで大丈夫。砂漠越えの前に、装備は変えるから。」

「そっか、そうだよね。」

「食料や医療品は親衛隊の人達が用意してくれるらしいから、主に衣服だけだな。」

「わかった。ありがとう。」

「昨日ラインバル王からもらったマントを忘れないようにな。」

「うん。」

 

 焦げ茶色のマントは男性用で、淡いラベンダー色のマントは女性用。どちらも、背中にライオネル国の紋章である龍のような生き物が描かれていた。大きな翼が生えているから、龍ではないのかな?

 このマント自体が、ライオネル国からの使者であることの証明になるらしい。また、魔法効果も付与されているらしく、暑さや寒さをある程度しのげるらしい。本来は、親衛隊員や警備兵隊長など、上位階級の者にだけ配られるものだが、特別にボク達にもラインバル王がプレゼントしてくれたのだ。


「あと数時間だ。寝れるようなら寝といたほうがいい。じゃないと、タブの上で眠ってしまって、転がり落ちる…なんとことになりかねないからな。」

「だね。頑張って寝るよ。おやすみ。」

「おやすみ。」


 タブとは、見た目は大きなヤギのようで、馬ほど速くは走れないけれど、崖やある程度道のない山のような場所も進んでいける動物だ。希少動物のため、一般市民の手にはまず入らない。

 ボク達五人は、この四日間タブの乗り方を習っていた。牧場育ちのライカはもちろん問題なく、一発で乗りこなしていた。ウルホフやラビーもさほど問題はなく、一日で走るとこまでクリアした。

 問題は、ボクとプーシャだった。馬ほど高さはないものの、鞍があるわけではないので、まずどこを掴んで乘ればいいのかわからない。歩き方、走り方も独特で、振り落とされそうになる。結局、なんとか乗るくらいまではできるようになったが、崖などで落ちたら洒落にならないとのことで、ボクとプーシャは親衛隊の人と一緒に乗ることになっていた。

 

 少しうとうとした頃、朝から元気いっぱいのライカが起こしに来た。

「ほら、もう日の出だよ。」

 ライカはズカズカと部屋に入ってくると、窓のカーテンを開けた。確かに外は明るくなりつつあり、鳥の声も聞こえてきた。

「おはよう。ウルホフは?」

「とっくだよ。ユウに声をかけたけど、起きなかったって。だから、あたしが来たの。ほら、荷物はこれ?運んどいてあげっから、あんたは顔洗いなさい。」

「わかった。ありがとう。。」

 睡眠不足のせいか、頭がボーッとする。

「急ぎなよ。王様ももう庭にきてるからね。」

 

 一気に目が覚める。

 

 慌てて顔を洗い、身支度を整えると、マントを羽織って部屋を出る。

 庭には、すでにラインバル王とクシャナ王妃を筆頭に、執事のヤコブに文部大臣のピジョン、タイホップにエレファン、あと見たことのない獸人達が数名見送りに来ていた。

 タブの手綱を握っているのが五名、彼等が同行してくれる親衛隊隊員だろう。みな同じ紋章がついたマントを羽織っている。

「やあ、ユウ君。体調はどうだい?」

「すみません、遅くなりました。」

「いやいや、まだ時間ではないよ。同行する親衛隊隊員を紹介しないとだね。彼等は、タイホップの部隊の精鋭だよ。君達、自己紹介してあげてね。」

 ラインバル王が言うと、隊員は敬礼して一人づつ名乗りをあげた。


「親衛隊、第一小隊隊長、ドギーであります。」

 真面目そうな黒目がちの瞳が印象的だ。童顔なのか、実際に若いのかわからないが、私服で歩いていたら、ボクと同じくらいに見えるだろう。まあ、ボクも人のことは言えないけど。身長も同じくらいかな?親近感が湧く見た目をしている。


「親衛隊第三小隊隊長ソロだ。」

 細身の 長身で、整った顔つきのせいか、冷たい印象を受ける。怒らせてはいけない人…、教室とかにいたら、まず近寄らないタイプかも。

 ソロが挨拶したときに、彼の茶色いしっぽが三本揺れた。

 

 三本?!

 

 ボクは、思わず凝視してしまう。

「三尾が珍しいか?」

 ソロは、ニヤリと笑い、しっぽをフサフサ振った。笑うとかなり印象が変わる。

「いや、あの…、はい。初めて見ました。」

「だろうな。二尾だってなかなかお目にかかれないからな。うちの種族でも、俺くらいの若さで三尾は稀なんだぜ。数が増えるほど、魔力も高くなるしな。」

 得意気に話すソロを見ていると、見た目のイメージほど怖くないのかもしれないと思えてきた。


「いつまでしっぽ自慢してるのさ。あんたのしっぽなんて、何本あったってたかがしれてるわ。」

「なんだと!おまえこそ、バカみたいに胸強調した服着やがって!誰も見てねーよ。この色ボケ猫が!」

「あら、しか自慢するとこがない痩せ狐よりはましだと思うわあ。」

「まあまあ、王の御前だぞ。少しは控えろ。」

 ドギーが諌めると、色ボケ猫と呼ばれた女性がペロッと舌をだした。赤い豊かな髪をかきあげて、つり目がちの大きな目を細めて艶やかに微笑む。

 ソロの言ったように、大きな胸や細いウエストを強調した服を着ていて、どこを見たらいいのか悩んでしまう。

「ウフフ、初めまして。私はキャシイ。第五小隊隊長よ。あら、こっちの大きい子、可愛いわね。よろしくね。」

 しなやかな動きでラビーに近寄ると、ラビーの顎をスルッと撫でた。ラビーは真っ赤になって、ワタワタしている。

「キャシイさん、そんなガキに!俺も触ってもらったことないのに…。」

「妬かないの。ほら、あんたの番よ。」


「…、第二小隊副隊長、ボア。」

 拗ねたように言うボアだったが、なんとも見た目とギャップがある。体格が良く筋肉隆々、ごっつい顔つきに立派な牙。見た目は厳ついのに、キャシイの前では子犬のようだ。短いしっぽを千切れんばかりに振っている。


「私は第四小隊副隊長クロー。よろしく。」

 ギャンギャンやっているソロ達をガン無視し、最後の一人がボソッと言った。今までの四人と違い、表情が読みにくい。髪も目も真っ黒で、知的な雰囲気が漂っていた。背中に折り畳まれているのは、もしかして翼だろうか?鳥類系の獸人らしい。

 ボク達のことは、タイホップが まとめて紹介した。事前にボク達のことは伝えていたのだろう。名前を呼ばれるだけの簡単なものだった。ライカなどは顔見知りらしく、キャシイと親しげに話している。

 

 タイホップが咳払いをすると、みなピタリと喋るのをやめ、背筋を伸ばして整列した。

「クエストについては今さら言うこともないと思うが、おまえらにはザイール国に向かってもらう。そこで二手に別れてクエストを実行する。第一班ドギー、ソロ、キャシイ、ウルホフ、ユウ。おまえらは大地の精霊に会いに行く班になる。残りの者は第二班だ。ザイール国の王都へ向かい、人間についての情報収集にあたれ。クローは第一班第二班の伝令だ。では騎乗!」

「イエス、サー!」

 親衛隊の五人が、タイホップに向かって敬礼しながら踵を派手に鳴らした。親衛隊の挨拶の仕方なんだろう。

「みな、気をつけてね。ユウ、君を第二班に入れてあげたかったんだけど、第一班には精霊ウィンディの力添えが必要だと思ったんだ。ごめんね。」

 ラインバル王が申し訳なさそうにボクの手を取った。

「とんでもないです。どちらも、ボクには必要なことですから。」

「そう言ってもらえると助かるよ。じゃあ、本当に気を付けて。みな、ユウのことを頼んだよ。」


 プーシャはキャシイの前に、ボクはソロの前に乗せてもらい、みなタブに股がった。

「出発!」

 ドギーの号令とともに、みなタブに鞭を入れた。タブが急発進する。

「ウワッ…。」

 ボクは思わず後ろにのけ反りそうになり、ソロに寄りかかってしまう。

「すみません!」

「想定内だ。かまわん。鬣を束にして掴むんだ。落ちそうなら、一回巻き付けろ。そうだ、両手ともだ。走ってるときは、内腿に力を入れて膝で挟む感じだ。膝から下は曲げて、タブの腹をそわせるんだ。うまいぞ!その調子だ。」

 ソロの言う通りにすると、体が安定し、タブの動きに同調しやすくなった。

「ありがとうございます。」

「すぐに慣れるさ。おまえに教えた奴が下手くそだったんだよ。俺様が教えてたら、一日で乗りこなせるようになっただろうよ。」

 若干毒舌かもしれないけど、 根はいい人なんだろう。

「青木ユウです。ユウって呼んでください。よろしくお願いします。」

「おう。俺のこともソロでいいぜ。これから長い旅だ。よろしくな。」

「はい!」

 

 一列になって、王宮の表門を通り、王都のメインストリートを駆けた。家々はまだ寝静まり、店はまだ閉まっている。パン屋だろうか?一軒だけ、煙突から煙があがり、香ばしい匂いが漂っていた。

 東門にたどり着くと、すでに伝令がいっているのか、開門の時間には早いはずだが、門は開いており、門兵が敬礼して立っていた。ボク達は特に止められることもなく、タブに乗ったまま門を走り抜ける。

「このマントをつけていれば、この国のどこでも顔パスで通れるんだ。通行証もいらない。」

「じゃあ、なくしたら大変じゃないですか!もし盗まれたりしたら…。」

「大丈夫なんだな。個人識別魔法が付与されているから、他人が使えないようになってる。他人が着ると、ただのマントだ。背中の紋章も消える。」

「へぇ。生体認証みたいなものかな?」

「生体認証?」

「個人の身体的特徴や行動的特徴でその人を特定すること…だったかな。例えば、指先。指紋はみんな違うから、指紋から誰かわかるんです。指のはらのとこに、渦巻きみたいな模様がありますよね?それが指紋です。他には静脈とか、虹彩とか。」

「へぇ、おまえ物知りだな。」

 ソロが感心したように言った。

「いや、これはボクの世界の話しなんで。第一、生体認証は魔法じゃないし。」

「おまえの世界…か。なんか実感わかないけど、別の世界からきたんだよな。…寂しくないか?会いたいやつとかいるんだろ?」

 

 花梨…、どうしているだろう。

 

 ソロに言われて、真っ先に思ったのは花梨のことだった。思わず、言葉が溢れて出た。

「そうですね。…会いたいなぁ。花梨に会いたい。」

「花梨?女か?」

「ええ、幼なじみなんです。ボクとは正反対のタイプで、しっかりしてるし、元気で明るくて、友達がいっぱいいて…。かなり負けず嫌いで気が強すぎるとこもあるけど、実は怖がりな面もあったりして。…こんなに長い間会ってないのは、初めてかもしれない。」

「初恋ってやつか?」

「…。」

 答えられなかった。

 涙がでそうだったから。

「戻れるといいな。いや、きっと戻れるさ。」

 ソロは、黙ってしまったボクの頭をクシャクシャと撫で、明るい口調で話しをかえた。

 

 その後の会話は、あまり頭に入らなかった。ソロの故郷の話しだったり、親衛隊での笑い話だったり。ボクを気遣ってだと思うけど、ソロはよく喋った。ボクは相づちを打ちながらも、頭の中は花梨のことでいっぱいだった。

 

 もし…いや、必ず、帰る方法を見つけて、そしたら…、言えなかった言葉を花梨に…。

 会えなくなるなんて思わなかったんだ。隣りにいるのが当たり前で。でも、全然当たり前じゃなかった。こんな状況は考えもしなかったけど。


 花梨に伝えなきゃ!

 

 君が好きだって…。



 

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